第62話 腹の探り合い
「チ……、若造がいい気になりやがって。おい、おまえら、アレ、持ってこい」
「ヘイ!」
バッジーニが、自分の背後にいた、部下二人に指示を飛ばす。
部下たちは頷くと、そのまま
「……いけ、ユウ。
「了解」
ユウは一瞬にして、部下二人の目の前まで移動すると、そのまま首を撥ねた。
「な……何しやがる……! てめえ!」
「ヤレヤレですよ。全くもって、ヤレヤレです。わざわざ、奥の手を使わせるわけがないでしょう。サインも号令も、なにもかもがバレバレすぎる。……悪いですが、このまま奥の手は、お披露目されないまま終わらせます」
「ふ、ふざけやがって……! クソガキ!」
「お、いいですね。その表情。化けの皮が剥がれたというか、本性が剥き出しになったというか……、よっぽど、その奥の手とやらに信頼を置いてたんですね。こりゃあ、是が非でも使わせるわけにはいかなくなりましたよ。……ユウ!」
「うん?」
「ここにいる構成員たちを、絶対に、ここから外に出すな」
「了解」
「て、テメェ……!」
「さあ、真正面からドンパチやり合いますか」
「け……、じゃあ、まずはおまえから先に、殺してやるよ!」
バッジーニが号令をかけると、銃を持ったやつらが一斉に俺を狙ってきた。
理解が遅い。
頭を先に潰すのが定石だっての……。この人、やっぱり現場での経験は皆無か……?
「ヘハハハ! ……わかるか? こいつらが、何をしてるか? どんな武器かもわからねえだろ? このまま殺してやる!」
もちろん知ってるよ。
ネトリールの武器だろう。そもそも、ヴィクトーリアが持ってたし、対策も分かってる。
俺は傍にあったテーブルクロスをグッと掴むと、上に乗っている皿やグラスなどはお構いなしに、そのまま力任せに引っ張った。
パリンパリンと、机上にあった食器が地面に落ち、割れていく。
俺はテーブルクロスをギュッと握りしめ、「
俺は視線を感じると、すこしだけ頷いてみせた。
「なんだあ? 神にでも祈ってやがるのか?」
「ははは……、そう見えますか?」
「チ……、どこまでも人をコケにしやがるガキだぜ……!」
「……アーニャ、悪いんだけど、ちょっとだけ我慢してね?」
「え? えっと、なにを――ひゃっ」
ギュ……。
俺は
俺の腕の中で、アーニャの潤んだ瞳が、俺を見上げてくる。
不思議そうな顔はしているものの、なぜか、その頬は紅く染まっている。
「あ、あの……、ゆ、ユウトさん?」
「シー……、じっとしてて……」
「は、はい……あれ? あ、えっと、これは……」
まあ、いきなりこんなことされて、不審に思わない人はいないよな……。でも、説明してるヒマもないし……。
「……ごめん。アーニャは、俺を信じてくれるか?」
「え……」
アーニャは少しだけ、すっと視線を落とすと、すぐに俺の目線に合わせてきた。
「……はい。はい、もちろんです。わたし、ユウトさんを信じております」
天使かな?
……やばいな。こうしているだけで、動悸息切れ眩暈がやばい。
鼻をスンと動かすだけで、クラクラするような良い香りが、俺の脳を揺さぶってくる。
『おいおいおいおい……』
クロスを一枚隔てて、すこし籠ったような、バッジーニの声が届き、俺は正気に戻る。
『んな、布っ切れ一枚に引き籠って、この攻撃を防げると思うのかい? ったく、これだから無知はいけねえ……』
バッジーニの声につられ、まわりの構成員の笑い声も聞こえてくる。
笑いたければ笑え……、無知はお前のほうだよ。
ただ、
ここは、なるべく無知に、それでいて
「あんたらが、何しようとしてるかはわからないけど、どうせハッタリでしょ? これで十分ですよ」
『言うじゃあねえか……、バカにしてんのか? ガキ風情が』
「……そんなことより、はやくその……、何かよくわからないやつ、使ったらどうです?」
『く……、ハハハハハハ!』
「な、なに笑って――」
『いやあ、バレバレだと思ってよ。誘ってんのがな』
「な……!?」
『やっぱりおまえさん……、この
「………………」
『フン、そこで沈黙ときたか……、やっぱりな。……たしかに、戦闘の場数はおまえのほうが踏んできただろうよ。だがな、こと、取引や腹の探り合いとなると、俺のほうに軍配が上がる。……当ててやろうか? おまえさん、そのテーブルクロスに、魔法かなにか仕掛けてんだろ? ……おおよそ、この武器から身を守る魔法か、もしくは跳ね返す魔法がよ』
「そ、それは……!」
『く……、ハハハハハハ!! 図星かよ!?』
「いや、それは違うんだ! これは、これは……」
『フ、苦しい、苦しいねえ……。いやぁ、若ぇ若ぇ。ガキの考えてることは、手に取るようにわかっていけねぇよ。まず、面白味がねぇんだよ! もうちっと練り直して――』
「これは、ただの時間稼ぎだから!」
『は?』
「みっちゃん!」
ガバァ!
俺は被っていたテーブルクロスを勢いよく引きはがした。
「おうさ!」
疾風迅雷の加護を受けていたみっちゃんは、すでに、バッジーニの取り巻きの、すぐそばまで迫っていた。
「な――!?」
突然のことに、バッジーニは目を丸くさせ驚いている。
銃を持った構成員は、銃口の向き――照準を俺たちから変え、高速で動き回るみっちゃんを狙った。
しかし、銃から放たれる無数の銃弾は、かすりもしない。
みっちゃんはそのまま、ひとり、またひとりと、バッジーニ組の構成員を斬り捨てていく。
「どうなってやがる!? 人間がこんな速度で動けるはずが――も、もしかして、おまえ……!」
気づいたな。
さっき付与魔法をかけていたのは、テーブルクロスではなく、みっちゃんだ。
テーブルクロスにだけ付与魔法をかけるなら、脚力強化は必要ない。
しかし、俺が見え見えのところで、悠長に、魔法なんかかけてたら、その効果が表れる前に、みっちゃんは銃の餌食になってしまう。
だから、バッジーニたちの視線を、俺に固定する必要があった。
それが、あのパフォーマンスだ。
手元を隠し、あたかもテーブルクロスに魔法をかけている風に見せて、あとは、みっちゃんと、なんらかのコンタクトを取ればいい……のだけど、ここで、俺がみっちゃんに視線を移してしまったら、それだけで相手に悟られてしまう可能性があった。だから、俺はみっちゃんの視線を感じると、ちょっとだけ頷いてみせた。
あとは、みっちゃんが行動を起こしてくれるのを信じるだけだったけど……、そこはさすがみっちゃん。
俺の作戦を一発で理解してくれたようだ。
「俺の考えが、手に取るようにわかるって? 取引はあんたのほうが
「き、貴様……!」
「バーカ。俺の掌の上で踊ってたのは、あんただろうが」
「クソ……がァァァァァ!!」
でも――
「まだ、これで終わりじゃない! ……いける? アーニャ?」
「はい。さっき、テーブルクロスの中で受け取った、この加護で、あの親分さんを止めればいいんですよね?」
俺はテーブルクロスに隠れながら、アーニャにも付与魔法をかけていた。
『
だから、やましい気持ちなんて、これっぽちもなかったのだ。
本当だ。
やむを得なく、不可抗力だった……というやつだ。
……ちなみに、皮膚鋼化はあくまで保険。
本命は疾風迅雷で、任務の即時遂行。
そして正直、四肢をぶち折って、動けない状態にしてほしかったが……、そんなことをアーニャに頼めるはずもなく――
「ああ。いま、皆の視線は、高速で動き回るみっちゃんに向かれてる。この間が勝負だ。いくらみっちゃんでも、銃弾を躱しながらバッジーニに到達するのは、至難の業。そこで、アーニャ、きみの出番だ。あいつを無力化するだけでいい。それで、これは終わりだ。もう一度聞く。出来るかい?」
「はい! がんば――できます! わたし、やりますとも!」
「よし、行け! アーニャ!」
「はい!」
そう言ってアーニャを送り出すと、アーニャは脇目も振らず、まっすぐバッジーニへ突っ込んでいった。
その刹那――俺は、バッジーニと目が合った。
逼迫した状況だというのに、相も変わらず、張り付いたような
しかし、どことなく焦りを感じるような、そんな表情。
勝った。
やはり、組長とはいえ、この程度か……。
そう、胸を撫でおろしていると、ヤツの、そんな無表情が、ニヤリと大きく歪んだ。
俺が
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