第2話 いきなりのピンチ


『──すごい! ご覧、僕たち、空を飛んでいるんだよ!』

『なんて素敵なのかしら! ああ、これが夢なら、醒めなくてもいい!』

『フフ、僕はキミと一緒なら、ここが夢だろうと何処だろうと、関係ないさ!』

『ロミ男!』

『ジュリ恵!』



 ――ふと、昔に見た劇を思い出した。

 貴族の少女を平民の少年が連れ出して、いろいろな場所を冒険するという劇。睡眠導入剤としては有用だったけど、娯楽としては取るに足らない三流劇だったが……俺は今、こうして思い出している。

 いままで一度も思い出した事なんてなかったが、たぶん現在の俺と重なる部分があったからだろう。


 ──俺は今、空を飛んでいる。

 無論、俺には翼もないし、物体を浮かせる魔法も習得していない。

 なら、なぜ俺は飛んでいるのか。

 答えは簡単。俺は今、魔物に〝餌〟として運ばれていたからだ。

 魔物の名はエンドドラゴン。

 鋼鉄をも凌ぐ硬度を誇る漆黒の竜鱗に、硬い岩壁をも穿つ太く、鋭く尖った爪を持ち、口からは人間が一瞬で溶けてしまう程の熱線を吐く、最大最強種のドラゴン。

 俺は今、この絶対的捕食者によって、巣に連れ帰られている途中だった。


 ちなみに、エンドドラゴンなんて呼ばれてはいるが、それは正式名称ではない。勇者の酒場(世界最大の冒険者組織)はおよそ、人の手に余る魔物を総称して、エンドほにゃららとつける。

 たとえば、すごく強いゴブリンだったら、エンドゴブリン。トロールだったらエンドトロール。ドラゴンだったらエンドドラゴン。えんどう豆だったらエンドえんどう豆、という風な感じだ。

 怠慢だろ! ……と、ツッコミたくなるけど、実際、こんなモンスターと遭遇して生き残る確率はゼロ。まさに出会ったが最期! エンド! はい終了! ……という実に安直で、もはやツッコむ気すらなくなる、どうでもいい理由なのだ。

 そう。だからこの状況、普通の人間だったら念仏を唱えながら来世に想いを馳せたりする場面なのだが、俺はそんなことはしない。

 なぜなら俺は……俺のパーティは、たとえ相手がエンド級の魔物だとしても、普通に倒してきたからだ。

 実際、今オレを咥えているドラゴンなんて、俺の付与魔法がかかった一般人でも倒せてしまうほどのザコなのだ。したがって、俺にとってこの状況は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なもの……なんだけど、問題は周りに誰もいない事だ。

 生憎、俺は俺自身に付与魔法をか・・・・・・・・・・けることが出来ない・・・・・・・・・のである。この妙な制限は、さっきの勇者バカが俺に課したもの。たぶん、俺があの勇者カスを裏切っても、この能力なら大した抵抗はされないと思ったのだろう。まあ、実際はこうやって俺に裏切られてるわけだが(ざまあない)。

 この制限と勇者の血・・・・が合わさって、俺は今、世界最強の付与術師と呼ばれている。

 ちなみに、なぜ俺があの勇者クズのパーティを抜けたのかというと──



「あっいででででで!?」



 エンドドラゴンの俺を掴む力が強まった。出来るだけ傷つけないよう優しく運んでいるつもりだろうけど、爪が肉に食い込んで血が滲み出ている。泣きそうなくらい痛い。



「こ……こんのォ……バカ! おまえ! 体が真っ二つに千切れたらどうすんだ!? なに? 土下座したら許してくれるの? してほしいならするから! とにかく地面に降ろしてくれ!」



 当たり前だが、俺の必死なお願いも無視される。


 ぴィー! ぴィー! ぴィー!


 小鳥のような鳴き声……いや、小鳥ほど音程は高くなく、むしろおっさんがさえずっていると錯覚してしまうほど低い声が聞こえてきた。

 まさかと思い、すこし身をよじっておそるおそる下を見る。

 雛だ。

 エンドドラゴンの。

 雛が大口を開けて、の登場を今か今かと、心待ちにしている。

 なんてハートフルで心温まるワンシーンだろう。……まあ、それも餌が俺でなければの話だが。



「ふんぬぬぬぬぬぬぅうおおおおォォォォォ……はーなーせェェェ……!」



 さきほどから、なんとかしてこのドラゴンの爪から脱出しようと試みようとしているのだが……もがけばもがくほど爪が肌に肉に食い込んでくる。痛い。ものすごく痛い。泣きそう。なんというか、もう動きたくない。

 諦めようかな。

 痛いだけなら死ぬよりはマシだろうと言われるかもしれないけど……確かにそうだ。死ぬよりはマシだ。だけど、痛いのも嫌なんだ。わかってくれ、俺は我儘わがままなんだ。


 かといって、このまま何の抵抗もせず、ドラゴン共の血肉になるのも嫌だ。

 なら、どうする。神に祈るか?

 ……いや、この世界に神なんていない。つまり頭を使う以外に、生き残る道はないのだ。考えるんだ。ここから脱出する方法を。


 そうこう考えている間にも、雛ドラゴンたちが近づいてくる。


 ──雛を杖で殴り倒すか?

 いや、ダメだ。いくら雛とはいえドラゴンはドラゴン。むしろ、殴った反動で俺の貧弱な腕が折れてしまう。


 ──魔法で片付けるか?

 いや、ダメだ。俺には火球や氷柱といった、気の利いた魔法ものは扱えない。俺が出せるのは最強の付与魔法と、汗と涙と鼻水だけだ。けど、周囲には俺以外の人間はいない。万事休す。俺も諦めて来世に想いを馳せながら、念仏を唱えるしかないのか? こんな事になるんだったら、せめて一小節だけでも覚えていればよかった。


 ――いや、待てよ? 本当に一か八かだが……いっそのこと、ドラゴンを強化すればいいんじゃないか?

 そうだ! ドラゴンを強化すればいいんだ!

 そうと決まれば、タイミングは一瞬。このドラゴンが、雛たちに俺を食べさせる瞬間――つまり、俺を手離した瞬間だ。その一瞬が勝負の分かれ目。その一瞬が生死の境目。

 見極めろ!

 集中しろ!

 ……でないと、明日にはあの雛の排泄穴からブリブリいかれてしまう。


 グググ……!

 杖を持つ手にも力が入る。この杖はあの勇者クソ野郎が俺にくれた杖。とある理由から、かなり希少な杖である。

 どこで手に入れたのかはわからないが、この杖をくれたという、その一点においては、あの勇者ボケナスに感謝しなくもない。


 バサッ! バサッ! バサッ!

 エンドドラゴンが両翼を大きくはためかせ、巣に降り立った。

 ドラゴンは翼を綺麗に折りたたむと、そのまま雛たちに一歩、また一歩と近づいていった。


 ドクン──ドクン──

 ドラゴンが一歩踏み出すたびに、俺の心臓が大きく跳ねる。汗は滝のように流れ、呼吸は荒くなる。

 雛まであと3──2──1……手の拘束が解かれ、俺の体が宙に浮く!

 ――今だ!!



「くらえ! 成長加速グロウブースト!!」



 杖から青い光が放たれ、雛のうちの一体を包み込む。

 雛は苦しむように唸りだすと、みるみるうちに成長し、俺を咥えていたドラゴンと同じくらいの体躯まで成長した。

 

 ──ドサッ。

 俺は雛の口の中ではなく、エンドドラゴンの巣の中に落とされた。



「あいたっ!?」



 尻に鈍痛。

 普段なら、しばらく悶絶したまま動かなくなるほどの激痛だが、俺はその痛みを我慢しつつ、素早く跳ね起きて、ドラゴンたちから距離をとった。

 タイミングは完璧。魔法も成功。

 俺の予想が正しければ、親のドラゴンが成長した雛の姿を見たら──



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 よし、親ドラゴンが雛ドラゴンを威嚇し始めた!

 あの親ドラゴンは今、自分の子どもを〝突然現れた敵〟として認識しているのだ。他の雛たちも俺を食うのを諦め、あたふたと逃げまどっている。

 あとはこの混乱に乗じて、この巣から降りるだけだ。俺は気配を殺すと、巣の縁まで移動して、下を覗いた。



「高っ!?」



 下が……地面が全く見えない。ここは──雲の上か。

 途中気を失ってて、状況を確認する事できていなかったが、俺は俺が思っているよりも長い間、エンドドラゴンと一緒に旅をしていたようだ。

 とにもかくにも、こんなところから落ちたらひとたまりもない。

 どうにかして降りる方法を――


 ドン!



「へ?」



 視界が揺れ、宙に投げ飛ばされる。

 何が起こった?

 俺は──宙に浮いて──



「――あ」



 落ちていた。

 浮いているのではなく、俺は真っ逆さまに落ちていた。

 見ると、激しい親子喧嘩により、ドラゴンの巣は見るも無残に崩壊していた。

 やってしまった。

 まさかドラゴンの巣が雲の上にあって、親子喧嘩で巣が崩壊するなんて考えていなかった。


 そんな事を考えている間にも、俺は雲を突き抜け、加速しながら落ちていく。まずいな、このままいけば間違いなくぺしゃんこになってしまう。


 ──よし、とりあえず寝よう。

 俺は考える事を放棄すると、目を瞑って適当な念仏を唱え始めた。

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