史上最強のエンチャンター、パーティがブラックだったから独立する~俺を騙して散々こき使っておいて後から都合よく戻ってこいと言われてももう遅い。おまえらに復讐しながらハーレムを作って魔王をぶっ倒す

水無土豆

第1話 決裂、そして脱退


「――おまえ、俺を騙してたのか?」


 

 カラカラに乾いた風。

 ザリザリと乾燥した砂。

 ジリジリと肌を焼く陽光。

 あたりには植物どころか、緑色の物体すら確認できない。そんな不毛な土地。

 そこに、はいた。俺は静かな口調で、それでいて腹に一物があるような言い方で、目の前の男に問うた。



「はぁ……やれやれ。今更かよ。相変わらずトロいんだな」



 目の前の男──つまり、勇者は俺の問いに対してわかりやすく肩をすくめて見せた。



「おまえ言ってたじゃないか! 『俺は脇役でいいから、おまえが真の勇者になって世界を救ってくれ』って! 俺はおまえを信じて、必死こいて魔法を勉強して、色々な付与魔法エンチャントを習得したんだぞ!」


「知ってるよ。だからこうして、必死におまえを引き留めてるんじゃねえか。……なぁ、悪いことは言わねぇ考え直せ。俺のパーティに残れ。おまえほどのエンチャンターは他にはいねえ。見たことがねえ。ハッキリ言う、おまえのその力は規格外だ……それに、他のやつらが上手におまえを使えると思うか? だから俺と、俺らと一緒に、この大勇者時代のてっぺんを目指そうぜ? な? 悪い話じゃねえはずだ」



 勇者はそう言いながら、何の臆面もなく、爽やか不愉快な笑みを浮かべてきた。こうやってこいつは今まで、多くの人間を騙してきたんだ。そして、この俺も──

 俺を使う・・・・だと?

 フザケるな。

 俺はおまえの道具なんかじゃない。俺はおまえの言いなりになど、なりはしない。俺は勇者になる男なんだ。勇者にならなくちゃいけない・・・・・・・・・・男なんだ。勇者おまえなんかじゃない。それが、本物の・・・勇者だった親父との約束。

 だから――



「断る。おまえのことはもう信用できない。このままパーティを……抜けさせてもらう」


「……どうしてもか? こんなに頼んでるじゃねえか」


「もう決まったことだ。未練はない。これ以上は付き合いきれないし、付き合う気もない」


「……抜けて、どうするんだよ。おまえを拾ってくれるパーティなんて、どこにもいない。いままで俺たちが、どれだけの事をしたか解ってるのか? どのくらいの人間の怨みを買ったか……」


「もちろんわかってる。自分たちが一番になるために、他のパーティをいくつも潰した。色々なことを、おまえに命じられるままやった。評判も悪い。どん底だ。もうどの町、どの国に行っても俺は後ろ指をさされる存在だろうな」


「だろ? だったら──」


「──だとしても、だ。それをいまさらほじくり返して、おまえのせいにするつもりもない。たとえ命令されていたとしても、加担していたのは事実だからな。罪は罪。どう足掻いても消えはしない。なら、俺は俺なりに、世界を救ってみせるさ」


「へッ、世界を救うって、ひとりでやっていくつもりか? おまえはエンチャンターの中でも特殊だろ。無理に決まってる」


「ああ、エンチャンターは他がいてはじめて輝ける職業だ。それに俺の場合、なおさら一人だと何も出来ない・・・・・・・・・・一人では・・・・生きていけない・・・・・・・。だから今、俺がこのパーティを抜けたとしても、自力でここから──この魔物たちがうごめく魔境から帰ることは難しいだろう。それに、たとえどこかの町や村に辿り着いたとしても、今度は俺を……俺たちを恨んでいるやつらから報復されるかもしれない」


「だったら――」


「だとしても、だ。これ以上、俺はここでやれないし、やりたくもない。わかるだろ? 察してくれ。俺だってこれ以上言うのは嫌なんだ」



 俺がきっぱりと言い放つと、勇者は両手を腰に当て、大きくため息をついた。



「……どうやら、おまえの意志は固いようだな」


「辟易するくらい長い間一緒にいたんだ。わかるだろ」


「ああ、まぁな……」


「だったら――」


「……だったら、俺がこのまま、おまえを抜けさせるとも思ってないよな?」



 勇者の声に呼応するようにして、パーティの二人が姿を現した。

 どいつもこいつも、反吐が出るような下衆な顔をしている。

 俺はいままで、こんなやつらとパーティを組んでいたのか……自分の迂闊さ、頭の悪さに心底嫌気がさしてくる。



「はは……だよな。勇者おまえはそういうやつだし、俺も勇者おまえをそういうヤツだと思って接してきた。なにも不思議なことはない。なにも疑問には思わない。でも……それにしても待ち伏せとはな。そんなに〝二人で話そう〟という俺の提案が気に食わなかったのか? ──チッ、さすがこの時代のトップを独走する勇者様だ。その溝鼠みたいな精神、俺も見習いたいですよ」


「何とでも言え。このパーティは、もうおまえがどうのこうの出来る規模じゃねえってことだ。俺も最初に比べて丸くなった。大抵のことは笑って許してやれる。……けどな、パーティを去ることだけは許さねえ」


「じゃあ俺が今から勇者になるのもありなのか?」


「ナシだ」


「丸くなるが聞いて呆れるな。所詮俺は勇者おまえにとっての飼い犬でしかなかったわけだ」


「――いいか、選択肢をやる。簡単なやつだ、とても。おまえのようなバカでも理解できる簡単な選択肢だ。ここで死ぬか、俺のパーティに残るか選べ」


「この期に及んで選択肢までくれるのか。おまえにしてはずいぶん悠長だな」


「皮肉は要らねえ。次余計な事を言うと、テメェの手首を切り落として、よくしゃべるその口に突っ込んでやるからな。覚悟して答えろ」


「……フン」


「……ただまあ、一度逆らったんだ。戻るにしても、もう二度と俺に逆らわねえように、一度、きっついお灸を据えてやらなきゃならねえけどな」



 どうしたものか。

 状況としては非常にまずい。

 こいつらは腐っても、一人一人が今あるパーティの中でも最強格。戦闘面でもトップクラスに腕が立つ。

 くわえて勇者アイツだ。性格の悪さと、勇者とは思えない狡猾さを除いても、その実力は他の二人を遥かに凌ぐ。この時代における最強最高の勇者。

 戦って勝てる確率は、控えめに言ってゼロ。このまま逃げられる確率もゼロ。

 絶望的すぎる状況。進むにしても、退くにしても、俺を待っているのは絶望しかない。


 だから選択しろ。

 進退が叶わないなら、横道へ逸れればいい。

 あいつ外道の言うように屈服か、服従かではない――ただ死ぬか、誇りを抱き、一矢を報いて死ぬかだ。


 ──ガラガラガラ。


 小石の崩れる音。

 それも耳を澄まさなければ、聞き逃してしまうほどの小さな音。

 しかし、極限までに集中し、感覚を研ぎ澄まされていた今の俺は聞き逃さなかった。

 そして視界の隅。かすかに動くものを視界にとらえる。アレは――

 


「フッ」



 驚いたことに、この状況で俺は自然と笑みをこぼしていた。

 皮肉にもこの絶望的な状況下において、俺は、俺自身が一段階成長していることに驚きと喜びを隠せないでいたのだ。当然、目の前のあいつらは困惑している……というよりも、気味悪がっている。

 それもそうだ。

 こんな絶望的な状況で笑っているんだ。よっぽど、頭のおかしいやつに映っているだろう。

 ただ、おまえらを出し抜く算段はついた。

 あとは完全に油断しきっているこいつらに、一杯食わせるだけだ。

 覚悟しろ。これが俺の奥の手だ。

 俺はその場から少しだけ後退すると、膝をおり、両手のひらをついて、額を地面に擦りつけた。



「すんまっっっっっせえええええええええええええええええええええええん!!」



 俺に残された選択肢。それは――DOGEZA土下座であった。



「ほんと、ナマ(いき)言ってすんまっせええええええん! パーティなんて抜けませんからァ! まじ、なんか調子乗っちゃって……すんません! ほんと、ほら、昨日読んだアレ……アレのせいっすよ! なんかあの……自己啓発本的ななヤツ? アレ読んだから、なんか自分も強くなったって錯覚しちゃったって言うか、自己に陶酔しちゃったって言うか……仮初の全能感に浸ってたって言うか……アレっすよ、まじ……すんませェん!」



 俺は一瞬頭を上げて、あいつらの顔色を窺った。

 あ。

 ダメだ。怒ってるぽい。



「……え? ちょ、ほんと、もー! なに怖い顔してんすか! いつまで僕をビビらせてくるつもりですか? やだなぁ、この僕が裏切るわけないじゃないっすか! もぉ~言葉の綾っすよ! ……え!? ちょちょちょ、まじでもう許してくれない空気なんすか? これ? いやあの、自分、靴でもなんでも舐めますから! なんなら、炊事洗濯肩もみとか、その他雑用とかばっちりこなしますからああああ! だから……、だから! 痛いことだけはしないでえええええええええええ!!」



 喉がつぶれそうなほど叫んだ。

 額に血が滲むほど、地面に額をこすり付けた。

 必死に許しを請えば、きついお灸をすえられずに済む。それが俺に残された、たったひとつの道!

 笑えよ!

 笑うがいいさ!

 そうさ!

 俺は死ぬのが……そして、痛いのが何よりも怖い!

 それを回避できるなら、いくらでもこんな土下座してやる!

 いくらでも地面に頭を擦り付けてやる!



「──ぷっ……ハッハッハ、見ろよこいつ。無様にもほどがあるぜ! やっぱおまえはそうじゃねえとな! いやぁー……ははは、なかなか笑かせてくれるじゃねえか!」

「こんなみっともねえやつが、史上最強のエンチャンター? 笑えるぜ。どんだけ他のエンチャンターが使えねえんだよ」

「おいおい、そんなに言ってやるなよ。こんなのでも、俺たちのパーティの要だぜ? なあ、ユウト?」



 三人が各々に、言いたいことを言い、笑いたいように笑っている。


 ──ゴリッ!

 後頭部に鈍い痛みが走った。

 硬いゴムみたいなものが乗せられる。おそらく靴底だろう。だれかはわからないが、俺の後頭部をグリグリと、なじるように踏みつけている。



「ああ、懐の深い勇者様が、そのバカみたいに綺麗な土下座に免じ、許してやるよ」


「ま、マジっすか!? 許していただけるんですか!?」


「なに、そんなに感謝しなくていいって──な!」



 今度は頭頂部をドガッと足蹴りされる。

 俺はその衝撃で、カエルの様にひっくり返ってしまった。



「……く! こ、これで本当に許してくれるんですよね?」



 俺は痛みを我慢しながら、再び土下座の態勢をとる。



「ハッハッハ! ダッセェやつ! でもま、一度言っちまったことだ。許すにしても、お灸はきちんと据えてやるぜ? おまえが二度と、こんなみっともねえ真似しないようにな!」


「そ、そんな殺生な……!」


「……ただ、その前にやることがあるよな?」


「へ?」


「これもおまえが言ったことだ。忘れたとは言わせねえ……」



 俺の目の前に勇者の靴が、ずいっと差し出される。



「――舐めろ」


「へ?」


「靴を舐めてくれるんだろ? それも綺麗に。いいか、汚れのひとつでも付いてたら、お灸をもっとキツイやつにしてやるからよ!」


「あ、ははは……かしこまり……」



 もうやるしかない。ここまで来たら、後には引けない。

 覚悟を決めろ、迷いを捨てろ。

 俺は勇者の靴を手に取ると、おそるおそる舌を出して――



「ンべろべろべー! だァれが舐めるか! バカ! アホ! マヌケ! 迂闊なんだよ、ボケナスがァ! 不用心にこの俺に靴なんて差し出しやがって! このバーーーーーーーーーーーーーーーバリアン(野蛮人)!」


 

 我ながら幼稚な行動だと思わなくもないが、それはそれ。ボロクソに言える機会なんてめったにないから、この機会に言ってやるんだ。



「なッ!? しま――」


「もう遅い! ぶっ飛べ! 能力上昇スキルブーストォ!」



 ──バビュゥーン!!



「うおおおおおおおぉぉぉぉおぉぉ――…………!?」



 まるで、火山が噴火するように、靴が勇者の体ごと上空へ跳び上がる。勇者はぐんぐん高度を上げると、そのまま見えなくなった。



「テメー! ぶっ殺す!」

「覚悟しやがれ!」



 残った二人がまったく怯むことなく俺に詰め寄ってくる。なんてやつらだ。無駄に場数だけ踏みやがって。ちょっとは動揺しろ。

 そしてその形相はまさに、悪鬼修羅が如く。

 怖い! 怖いけど……俺はもうすでに次の手は打ってある。

 さきほど小石を崩した犯人、視界の端で動いていた、手乗りサイズの蜥蜴リザードだ。

 土下座は布石。

 本命はこいつを掌に握り、隠すのを悟られないようにするためだ。

 そして、今からこいつに――



「巨大化し、俺を守れ! 歪な進化論ミッシングリンク!!」



 俺が付与魔法を唱えると、蜥蜴がみるみるうちにデカくなる。やがて蜥蜴は、五メートルほどの大きさまで進化すると、二人の前に立ちはだかった。


「舐められたもんだな!」

「てめえ! この程度のトカゲで足止め出来ると思って――」


「ねえよ! 皮膚鋼化ガードポイント!」



 二人のうち、ひとりがすぐさま爆発の魔法を唱え、トカゲの排除を試みる。

 激しい爆音。熱気。風圧。

 普通なら跡形もなく爆散しているところだが、俺の付与魔法にその程度の魔法は効かない。

 トカゲは俺の命令通り、二人に襲い掛かるべく、太く、大きな腕を振り上げた。



「ナメるな! その程度の攻撃が通用するとでも思って――」


「ねえっつーの! 筋力凶化アタックポイント!」



 筋骨隆々の男戦士は両腕をクロスして、攻撃に備えた。

 普通ならどのような衝撃にも耐え得る肉壁だが、トカゲの剛腕が男の腕を骨ごと粉砕する。

 そしてすかさず、トカゲの尻尾が魔法使いのどてっぱらに叩き込まれた。


 ――いける! 勝てる!

 いくら二人が強くても、勇者さえいなれば――



「おう、キレたぜ……!」

「跡形もなく消し飛ばしてやらァ……!」



 なんて思っていたのも束の間。

 二人はゆらりと立ち上がると、本気モードに移行した。

 上等だ。

 向こうがその気なら、とことんまでやって──



「やらねーよ! ば、バーカ! 一生そいつと遊んでろ! この悪人面で、顔面凶器の、世紀末覇者共があああああああ! ひゃっはああああああ!」



 全速力のダッシュ。

 背後からなにやら、怒号や怒声の類が聞こえてくるが、俺は一切振り返らない。振り返りたくない。怖いから。

 いや、やっぱり怖くない。

 いま振り返ってしまうと、腰が抜けて立てなくなってしまう危険性があるのだ。

 これは……そう! 戦略的撤退だ。


 ――ダダダダダダダダダダ……!

 ていうか、俺、こんなに速く走れるのかよ! あと、気のせいか、空を飛んでいるような気もする。これが速度を超えた向こう側か……俺もついに到達し──



「てない……?」



 気のせいじゃなかった。

 なぜか俺は今、浮遊している。

 足は必死に動かしているが、ただ宙を蹴っているだけだ。地面の感触はない。これは一体──



「ま、とりあえず帰ってから考えるか」



 俺はこうして特に深くは考えず、魔王の目と鼻の先、『ジャバンナ』から、一路、俺の故郷を目指した。


――――――――――――――――――

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