第15話 やっても大丈夫。

そういえば。


 一応コレで終わりだなと、あたしはトイレを掃除しながら考えた。


 実行した比賀、周りで笑ったブルーン、首謀者の堀田。うん、あたしを迫害した奴はみんな報いを与えたな。

 そんなことを考えながら、あたしの精液やら堀田の小便やらのついたトイレのタイルをあらいながしていた。


「お、誰かと思えば上原じゃないか」


 氷川が頬を上気させながらトイレをのぞく。


「ああ、氷川、どうしたの?」

「いや、なんとなく、そのおま、ああ、ちがう、いや学校の中を探索してた」

「そうなんだ」


 あたしのことを探してたんだろうな、と愛らしい目で氷川を見る。

 もちろん個室には放心状態の堀田を座らせているので、あまりそんな気持ちにはなれないけれど。


「なんでトイレ掃除してんの?」

「ん、秘密なんだけど」


 あたしは声を潜めた。


「堀田が、お漏らししちゃって。今、あそこで放心状態ですわってんの」


 あたしは堀田がいる個室を指さした。 


「まじ?」


「うん、マジ。でもそっとしておいてあげて。あんまり広がるのもかわいそうだから」


「お、おぅ。わかった。じゃ、じゃぁ、それが終わったら俺と今日あそばね?俺んちとかどうよ」


 あたしは少し笑った。


「いいよ。遊ぼうか。ま、でも、コレさっさと終わらせていくよ」

「あ、ああ楽しみにしてる」


 そそくさと氷川はあたしに手を振って立ち去っていく。

 うむ。恋は盲目である。

 かわいらしい。愛らしい。

 ひっひっひ。とあたしはひどい笑い方をした。


「うったえてやる、ぜったいに、うったえてやるんだ」


 ようやく放心状態から戻ったのか、個室に押し込めた堀田がぶつぶつとつぶやいた。

 あたしはがんっと扉を叩いた。


「あ?なんかいった?」


 扉の向こうは無言である。


「訴えるとか聞こえたけど、いいよ。訴えなよ。あたしも覚悟してるから」

「え?」

「覚悟をしている、といってもわかんないかな。あたしはね、あんたのあたしを馬鹿にする言葉を聞いて覚悟を決めたんだ。あたしを攻撃する奴には容赦はしない。その結果をあたしは甘んじて受ける。自業自得という言葉はあたしのためにある」


 自分が傷つかないために戦うことはやめた。傷ついても守りたいもののために戦ってやる。

 それがあたしの覚悟。

 でも。


「ただ、訴えたらあたしは14歳以下だからお叱り程度ですむけど、あんたはどうなるか知らんよ」

「ど、どういう意味だよ」

「さっきのあんたの姿、写メで撮らしてもらったし、動画もある。ハメ撮りもしたってこと」

「そんなもん」


 どうでもいい、という声をあたしは遮るように続けた。


「これは全世界に公開できる。ファイル共有ソフトで簡単に広められるし、そのスジの人間、つまりあたしの仲間は、あたしのために動いてくれる。あたしを馬鹿にした奴、つまりあたし達の存在を否定した奴を抹殺するのに労力を惜しむ人はいない」


 あたしはドアをガンっと開けた。


「あんたに一つ言っておく。あんたはあたしを怒らせた。あんたが敵に回したのはあたしじゃない。あたしら、すべてのマイノリティーだっ」


 はったりである。

 あたしはスタンドアローンだ。男の恋人なんているわけがない。いくらあたしでも、大人の男の人はちょっと怖い。

 だけど、効果は覿面だった。


「ちょ、おまえ、いや、なんて」


 堀田は驚くほど混乱していた。


「あんたさぁ、あたしに何の恨みがあんの?」


 いやいや、今のコレはとりあえずおいておいて、とあたしは付け加えた。


「あたしはコレでも、あんたが勘違いするほどにいい奴だったと思うけど」

「小夜子だ」


 堀田はつぶやいた。


「あ、なに?」

「小夜子だよ」

「わかってるわよ、その小夜子がなによ」


 堀田はもにょもにょと口の中でつぶやきを繰り返したあげく、覚悟を決めたように言った。


「お前がいるから小夜子が俺を汚いもののようにみる」


 ああ、と理解した。


「あんた、小夜子が好きなの?」

「好きとかじゃねえ!。。でも、お前を見つめるあいつは俺の手が届かねえ!あいつと俺はこんなちっこい頃からの仲なのに」

「ちょっとまって。結局あんた、あたしに嫉妬してただけ?」


 あたしは苦笑した。


「うるせぇっ、クソ、クソっ、お前さえいなきゃ、お前さえいなきゃ、俺はもっと小夜子と……」


 ついにはむせび泣き出した。


 これは簡単。

 軽く恨みは晴らさしてもらったし、スッキリもした。このアホも手ゴマにできるならしておきたい。


 あたしは彼の肩をたたいた。


「あのさ。あんた本当にバカでしょ。あたしは男が好きって言うのは身を持って感じたんじゃないの?」


 さすがに無言。


「あたしを憎む前にあたしに小夜子の件をなんとかさせた方が建設的だと思うんだけど」


 堀田が目を見開いて驚いた顔をする。


「あんたはあたしの頭をどの程度のもんだと思っているか知らないけど、あの子等の意識を変えることぐらいできるわよ」

「小夜子だけでいい」

「はいはい、わかった。小夜子をあんたに向かせてあげる。一週間。一週間の時間をくれれば余裕ね」


 これは本当。難しい話じゃない。


「まじか!」

「まじ。あたしだって、その筋の人間に物事を頼むよりは楽。あんたは、小夜子とこういうこともできる、というのは刺激が強い?」


 刺激が強いと言うよりはブラックジョークね、とあたしは笑った。


「わかった。お前ともう対立はしない。というか、わかった。お前にかなわないことがわかった。氷川もなんかお前とうまくいってるみたいだから、俺はお前と仲直りをしたい」


 まるで険が落ちたと言わんばかりの表情だった。


「まぁ、あたしもバイオレンスの展開はこれ以上は望んでないわ」


 うるせーそれはこっちの台詞だ、と少し腰のあたりをさする堀田。


「でも、おまえ、強すぎるな」

「当たり前じゃない。あたしは自分で生きる。自分の力で生きてやる。そのために負けるわけにはいかないのよ」

「わかった。いや、わかたから、とりあえず、俺のこのことは黙って……」


 堀田ははっと顔を上げた。


「比賀もおまえが」

「ひみつ」


 あたしは口の前に指を置いた。


「兄弟っていいもんよ」


 堀田は首を振って、「もういいって」と苦笑いをした。


 堀田はお尻をさすりながら、それでも何か考え込むように

「氷川もこれ、か?」

 と聞いてきた。


「ううん、氷川は友達。あたしにとって初めての友達」

「そうか。あいつによろしく。そして俺も、というか小夜子とのことマジでよろしく」


 任しておきなさい、と笑ってあたしは堀田と別れた。


 今回のことであたしは一つ学んだ。


 あたしがそうなように、ほかの男子も思春期なのである。なら恨みにまかせて女を振りまくる計画に+αして、男どもに上手にあてがってやればいい。


 あの女達にはちょうどいい相手だ。


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