第14話 気高き男の娘なので

 あたしは考えていた。


 放課後の男子トイレで、洋式便座にズボンもおろさず腰をおろして、暗い復讐について。


 誰もいないし、誰もきそうもないこの時間のトイレは、考えごとをするにはちょうどいい。


 比賀の告白といういたずらを仕掛けたきたと思っていた氷川は、実際には首謀者ではなく、あたしの思いを、そしてあたしの悲しみまでも理解してくれていた。


 しかもあたしのことを好きだという。

 うれしかった。

 ああ、これが本当の友達なのかも、と感じた。


 彼とするなら同意の上のエッチにしたい。それが友達なのか、と言われると困るけれど。


 実行者の比賀はあたしのいいなりで、その光景をせせら笑っていたブルーンはそれ相応の報いを与えた。


 あとは……堀田ただ一人。


 どうも比賀の告白トラップは彼がけしかけたことらしい。その件に関しては許しがたい、とは思う。


 でも、と考えてしまうあたしがいた。

 あたしのことを見ていてくれた男の子がいた。氷川はだれもが気づかなかった、そして気づこうともしなかったあたしの心を見てくれていた男の子。


 その友達が、堀田だ。


 比賀のことも、ブルーンのことも少し考えなくちゃいけないかも、と思う。

 とどのつまり、ここらが潮時ではないか……と、あたしが考えていたときのことだ。


「ったくさぁ、つまんねえな」


 あたしはハッとする。トイレに誰か入ってきたのだ。聞き覚えのある声。


「氷川も簡単に受け入れてんじゃねえって。ああ、つまんねえつまんねえ」


 この声は堀田だ。


「あのクソオカマをいい顔させるなっつーか。だいたい、比賀にしても、いきなりあいつと友達面してなにやってんだ。くっそ。ムカつく」


 どんっと隣の個室を蹴る音がした。

 彼の独り言が、あたしに対する言葉だということはよくわかった。

 顔がカッと熱くなる。


「あのオカマ野郎をまたのさばらせるのか。クソっ。死ねっ、オカマ死ねっ」


 意外、というわけではない。

 堀田は氷川やそのほかの男子の手前、極力目立たないように行動していることも気がついていた。

 氷川からは先日のあれも彼が焚きつけたことだということは聞いていた。


 だがしかし、だ。

 コレ腹立つわぁ。

 ストレートに聞くと腹立つわぁ。


 みんながあたしのことをゲイとかオカマとか、侮蔑まじりに呼ぶこと、呼んでいたことは知っていた。


 でも、直接言われたことは今までなかった。

 今にして思えば、それって奇跡だったのかもしれないな、と思う。


 あたしみたいな存在がいて、妬みを解消する手段として、侮蔑的な言葉を投げかけるのは、もっともいい方法じゃないか。というか唯一といってもいい。


 それが今までなかったことは「彼らにとって」よかったことだと思う。

 あたしを怒らせなかったこと。それは確かに幸せなことだ、と感じていた。


 今のあたしの怒りを考えれば、である。


「あぁオカマ死ねオカマ死ね。ケツの穴から血を流して死ね。うひー、ケツの穴から血、ケツの穴から血!オカマだけにケツの穴から生理~ぴゅーぴゅー」


 げっげっげ、と変な笑い声をあげる。


 よく考えれば。ここは黙っておくべきだろう。無駄に争いを全面に打ち出してもいいことはないだろう。今のあたしの人間関係を考えれば簡単だ。あとで、ゆっくりと誘い出すなり、比賀を使うなり、クラスの人間を動かすなり何とでも方法はあった。


 でも、あたしは許せなかった。


 堀田も、堀田の言動も、「堀田は氷川の友達だし、まぁ、見逃してやろう」的な思いを持っていた自分も、なにもかも許せない。


 ばかだ。あたしはバカだ。本当に馬鹿だ。

 マイノリティの自分が受け入れられたから、ぜんぶの悩みを解決できた?

 マイノリティが友達増やしたら、マイノリティではなくなる?

 調子に乗るな。

 そんなことあるか。あるわけがない。

 あたしのことが嫌いな奴は、あたしのことが永遠に嫌いなままで、同性愛が苦手な奴はあたしのことだって嫌いなんだ。


 いつだってあたしは世界の中で崖っぷちに生きていて、ちょっとでも油断したら落ちるようなところで、一人踏ん張って生きていなければならない。


 好きな人ができました。

 本当の友達ができました。


 それがなに?


 いや、それだからこそ、守らなくてはいけないのは自分じゃないの?その人たちと歩むために自分は自分で生きていかなくてはいけない。


 自分の世界を誰かに守ってもらおうとするのは、1年前にやめたはずだ。一年前にあきらめたはずだ。一年前に誓ったはずだ。


 あたしはまだ誰かに甘えたいのかっ!


 あたしを攻撃する人を見逃して幸せになれる分けないじゃないか。

 そう思った瞬間、あたしは、がんっとドアを叩き返した。


「え?」


 すっとんきょうな堀田の声が聞こえる。


「だれだよ、いたんならいるっていえよ」

「いちゃわるい?」


 あたしは怒気の混じった声で受け答えた。


「げ。その声は上原」

「あたしだけど、なに」


 がっとドアをあけた。

 小便器にむかってズボンをおろしている堀田が焦って顔だけこちらに向けた。ジャージャーと勢いよくでているソレはなかなか納められないようだった。


「クソオカマのあたしに死んでほしいの?」

「お、オカマをオカマといってなにが悪いっ。おまえみたいな奴は気持ちわりぃんだよ」


 あたしは蹴った。つま先で彼の尻の穴を正確に。堀田はどうすることもできずに、そのまま小便器につんのめる。


「いてぇっ」


 なにすんだよ、と堀田が振り返るのを無視してあたしは蹴った。つま先で彼の尻の穴を正確に。


「ひっ」


 と彼がつんのめって、トイレの床に両手をついて、はいつくばった。彼のソレの先からは、まだ小便が滴り落ちている。

 あたしは気にせずに蹴った。つま先で彼の尻の穴を正確に。するどく抉るように。


「うぅっ」


 彼は仰向けにその場に寝ころんだ。小便の上だったがそれどころではないようだ。

 あたしは蹴った。両手で彼の足を持ち上げ、右の足刀で彼の尻の穴を。


「がはっ」


 あたしは蹴った。二回、三回と同じ力で同じ場所を同じように。

 4回目になると彼は身をよじった。だが、あたしが彼の下半身をつり上げるようにしているために、彼のその動きは意味をなさない。


「やめてぇ」


 情けない声が聞こえる。


「なんで?」


 あたしは言って蹴った。


「ひぃぃ」


 あたしはさらに蹴った。蹴って蹴って蹴って蹴って。途中彼が吐いたので、彼が嘔吐した場所から少し彼を引きずって移動して蹴った。蹴って蹴って蹴って蹴って。なんか途中からめんどくさかったのでズボンも脱がして蹴った。んで、蹴って蹴って蹴って蹴ってけってけってけってけってけてー。


 蹴ってが「てってけてー」に聞こえるくらい蹴った。

 最後に真っ赤に腫れたお尻の穴に、あたしの左手の人指し指を無造作に突き入れた。その上、ぐっと深く差し込む。


「いあぁ」


 と、半ば声もでないと言った状態の堀田は、さらに情けない声をあげる。ぶひっっとおならではない何かの音がした。


「あのさぁ」


 あたしはその状態で、右手で彼の胸ぐらをつかんで言った。


「もう一回言ってみなよ。同じせりふを」


 言って、左手の人差し指をぐりんっと回転させる。


「もう一回言ってみてよ。どうなるか」


 同じような台詞をつぶやいて、左手の親指を彼の未発達な睾丸にそわせて、ゴリっと回転させる。


「いいいや、やめろぅっぅぅいぅつひひっぅふふぅぅぅ」

「やめろ?」


 あたしはもう一度ゴリっと親指で睾丸を回転させる。


「人にものを頼むときの言葉があると思うんだけど」

「あはいはいあいあ。やめてください、お願いしますううううう」

「い・や・だ」


 あたしは止まらなかったし、止めるつもりもなかった。

 彼から手を離して、床に落とし、腹を右足で踏みつけ動けないようにする。


「あのさぁ、生理になっちゃった」

「え、なにが?」

「あんたさっき言ってたじゃない。オカマが生理げへげへって。だから、あたし、生理になっちゃった。生理になっちゃった生理になっちゃった、生理生理」

「なんの、なんのことか、わからんよぉぉ」


 堀田が悲鳴に似た声を上げる。


「これ」

 右手でチャックをおろしてブルンっといきりたったソレを見せる。


「お・と・この生理」

「ひぃぃぃ」


 ちなみに堀田の出している未発達のものとは違い、あたしのソレは堂々と、そして隆々としている。


「で、もうほぐれてるよね」

「ちょ、ちょとまって、なにがなんだかわからんし、ちょっとまって、まじでまって」


 あたふたと逃げ出す堀田をぐいっと右足に力を込めて押さえつけ、睾丸と穴の間を左足のつま先で正確に蹴り抜く。


「あがかっはぁっ」


 激痛、というよりも悶絶に近いのだろう。堀田は瞬間的に動かなくなる。


「よいしょっ」


 あたしは素早く彼をうつ伏せにひっくり返すと、腰に手をやって固定する。


「ちょ、なに、するんのおおおお」

「ナニをするんです」


 ぐいっといれたら、予想よりも大きな叫び声をあげたので驚いた。やめなかったけれど。

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