第12話 体育館裏の告白
「で、なにこんなところに連れ出して。俺と殴り合いでもしたいのか?俺に勝てる気でいるならやめたほうがいいけどな」
体育に行くことなく、なぜか体育館裏に連れ出されたあたしは、少し身構えていった。どこからか、あたしの計画が漏れている?
構えたあたしに氷川の返答は意外だった。
「ん、ぶっちゃけた話をすると、謝りたい」
「え?なんのことだ?」
あたしは首をかしげながら、氷川の考えを探った。
「あ、いや、ちょっと前のことなんだけど」
ドクン、とあたしの心の鐘がなった。ちょっと前、か。
「ん、どれだかわからんけど」
「あのな、んー、比賀の告白の件だけどな。けしかけてすまん」
ペコリ、と頭を下げる氷川。あまりにもあっさりと。
「は?え?どういうこと?」
あたしはプチリと切れた。切れたためか言葉遣いが女のそれに戻ってしまった。
「あんた、ばかじゃないの?自分でけしかけて人のこと傷つけて――それで、なに?その態度」
あたしは氷川の胸倉をつかんでいた。自慢じゃないけれど、身長差と筋肉量の違いで、あたしは片腕で彼を吊り上げることが出来る。
「あ、いや告白しろっつったのは、僕じゃなくて堀田なんだけどな、あの、僕も乗っちまった。なんでかよくわからんっ。でもほんとにわるかったって思ってるんだっ」
あたしに吊り上げられ一瞬あせるも、だが氷川は怯むことなくあたしの目を見ていた。
「はぁ?……ったく」
あたしは思わず気圧されてしまい、彼を地面に降ろした。
「なんで今そんなことを?」
「ずーっと謝りたかったんだ。その、お前に」
そのまま彼は両手をついて土下座の姿勢をとり、深々と頭を下げた。
「許してくれ。本当にすまない」
「え、えと、なんていいったらいいのか」
あたしは戸惑った。なんでこんな状況になっているのか分からない。そもそも氷川の意図が想像できない。
「あ、いや、と、とにもかくにも、僕の謝罪受け入れてくれないか」
土下座の姿勢から顔だけこちらを見上げて懇願している氷川。
「あのさ、あれで、あたし、どれだけ傷ついたか」
「これでもわかってるつもりだ。でも、受け入れてほしいんだ」
「わかってないって、あたしがなにをもって生きているかなんて。あなたにわかってたまるものかっ」
わかってる?いったいなにを分かっているというのか。あたしの孤独を。あたしの悲しみを。ノーマルである氷川が何が分かる。
「分かってる。いや、わかったんだ」
「え?なにいってんの?分かった口を利かないでよっ。あんたにわかるわけないっしょ。私の悲しみなんてっ」
「いや、わかってるよっ。だって、僕、お前のこと……」
「お前のこと?あたしになんだっていうの?」
「あの、いや、僕は、お前が好きだから、だからわかるんだ」
少し恥ずかしそうに氷川は顔を赤らめた。
「はぁ?」
なにをこの子はいっているの?
「いや、男が男に告白っつーのは変だとは思ってんだけど」
「はい?」
オトコガオトコニコクハクスル?
「僕はお前が好きなんだ。だから僕はお前のことを観察してた」
あたしは必死に自分の心を立て直す。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。今目の前で起こっている意味を考えろ。あたしは日本一の頭脳を持つ小学生。考えろ考えろ考えて考えて考えて。
「あたし、二回も同じ手に引っかかって死ぬ思いするの嫌なんだけど」
「こんな誰も居らんとこでそんなことをするかよ」
あっさり。
あたしが必死に出したチープな反応を、氷川は単純明快な証明とともに否定する。
「……意味わかんないんだけど」
「聞いてくれ。頼む。あの、それで僕の謝罪を受け入れてほしいことと、前のあれは僕のホントの気持ちじゃないってことだけでも知ってほしい」
「はぁ?ホントにわかんない男ね。まぁいいわ。話してみなさいよ。あたしのことがわかったっていうなら、あたしの思いを」
氷川は膝を払いながら立ち上がり、こほんと一つせきをしていった。
「あの、お前、あの女たちと友達だったじゃんか」
「ああ、そうね、そりゃ友達といえば友達だったわね」
「お前を見下している奴と友達だったのは苦しくなかったか?」
「え…」
「お前が女になりたいというその一点で生きていた。その気持ちを見下し、利用している女たちとよく友達としてがんばってた。でもそれ、辛くなかったか?」
あたしは息を呑んだ。そして口早に確認する。
「いつから?」
「え?」
「いつから知ってんの。そして誰が知ってんの?」
「え、えと、いや、気づいたのは最近だ。僕、お前のこんなこと他の奴に話せない」
「ほんと。で、続きを聞かせてくれる」
いたって冷静に言った。つもり。でも声は上ずった。
「あ、ああ。あの、それでお前は、それでも女子としていることを選んだ。女子といることを選んだ。僕は、それがとても嫌だった」
「あたしの勝手だと思うけれど」
「勝手じゃねえ。僕の好きな女が……僕の好きなお前が、そんな苦しい思いをしていることに耐えられなかった。」
「ん」
顔が熱い。
でもわかった。
氷川がなにを考えているのか、いや、なにを考えてあたしを見ていたのか。痛いほどよく分かった。
この答えは……信用できる。
「僕、なんとかしてお前を理解しているってことを伝えたかったけどできなかった」
「……なんで今頃?」
「だってお前、なんかはじめたじゃんか。さっきの女子との喧嘩とか、今までのお前じゃなかったことだろ?」
「あんたに」
「関係ないなんていわないでくれ。僕はお前が好きなんだ。お前が何か始めたなら僕はその手伝いをしたい。お前の本当の友達になりたい。僕はお前を」
ごめんなさい。正確には『あんたに関係アリまくり』だったけれど、あたしはもちろんそんなことを言わずに先を促した。
「あたしを?」
「守りたい」
クラッとする。
守りたい……ってあんた、あたしより弱いくせに、とはいうものの、嬉しくないわけがなかった。
あたしは弱いんだ。
力でもなく。
頭脳でもなく。
ただ一人で生きているというその一点においてあたしは弱い。
「あの……」
「いや、その気持ちを分かってもらえなくてもいいんだ。僕でも思う。男なのに男を好きになるなんてことあっちゃいけないんだけど」
「あの、えっと、そうじゃなくて」
「いやいやいや、今日は僕、そんなことをいいたいんじゃなくて、僕を、許してくれないか。ということを伝えたかった。これを理解してくれないと僕は耐えられない」
あたしに言葉をしゃべらせない。彼はあたしを見ることも出来ないほど、顔が真っ赤だった。
「あ、えーと」
「すまない。本当にすまない」
ずるい。
このタイミングで手を握って、真剣な目をして、真面目な声で、そんな言葉言うのはずるい。
ずるいよ。
心が揺らいじゃうよ。
「あの、ごめん、なに、えっと、そんなに手を強く握らないで」
「ごめ、ごめん」
だけど、彼は手だけは離さなかった。
「あ、あの、わかった。氷川の気持ち、分かった」
「やった、ありがとう。えと、改めてごめん、それで、きみが、好きです」
「う、うん、あの、うれ、しい。あたしを好きになってくれて」
「ははは、よかった、よかった。僕、今日、すげえ幸せ」
「あ、あの、好きの返事じゃなくて。あの、あたし、今好きな人いるから」
私はあせってかぶり振った
「あ、ああ、そうなんだ。いや、そうか、ああ、いやいいんだ。あの、比賀か?ああいやいやえっといや、あれだと」
「ちがうよ」
「あ、ああそうか。あの、ちがうのか」
「榊原先生だよ」
隠すことはない、と思った。氷川はそんなことを誰かに吹聴する男ではない。
「え?榊原か、なんでまた」
「いいじゃん、べつに」
「ああ、そうだな、そうだ、そうか。わかった。じゃぁ、僕にもまだチャンスあるだろ」
「ん、氷川次第かな」
「うし、がんばる。僕、超がんばる」
「がんばってね、というか、なんというか、だけど」
「やっぱ、おまえそうやって笑ってるほうがいいよ」
「あはは、ありがと」
「よかった。とりあえず、僕たち友達だろ?」
「ん、そうだね。あたしの悩み知ってくれて、恋バナして――友達だね」
★
あたしは、なにをしているのだろう。
結局体育をサボってしまった。
トイレに駆け込み、洋式トイレに座りながら思わず天を仰いだ。
頬がまだ熱い。
なんだろう。この展開は。
計算外もはなはだしい。氷川といえばあたしの復讐リストの最上位。最大級の仇敵だったはずなのに。
告白された。
あんなに無邪気に。そしてあたしの悩みを真摯に見つめ、それを好きになったというあの言葉。
結局、あたしのしたかったことってなんだったのだろう。
この後の計画としては、氷川の周りの男子をあたしの周りにつけつつ堀田をレイプ。氷川を孤独な環境において、さらにレイプ。
男子を再起不能、女子を少人数グループの派閥争いを起こさせて、クラスを崩壊に……だったんだけど。
その一つの方策が男装であり、比賀だったんだけど。
あたしは、なにをすべきなのか、わからなくなってしまった。そもそも、何かする必要があったのか。
あたしの欲しかったものは、なんだか手に入れた気がする。
あたしが要らなかったものは、すべて捨てた気がする。
あたしを好きだといってくれる人がいて、あたしが好きな人がいる。
くだらないと思っていた友達とは別れ、あたしのことを必要だ守りたいといってくれる友達がいる。
傷つけられた女の物語は、復讐途中でサクセスストーリーに。
どん底の醜い復讐鬼は、復讐過程でシンデレラに。
正直。
意味が分からない。
<作者注>
これで連続更新をいったん終わります。
連続更新は疲れるのでもうやりませんが、物語はまだ序盤のつもりです。
来週位にまた更新しますのでどうぞよろしくお願いします。
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