第9話 僕はあいつが好きなのか
僕があいつの姿を追っかけるようになってどれくらいが経っただろう。
「なぁ、お前のがっこのあいつ、マジでかわいくね?」
「あ?あいつ、男だぜ?」
「うそ?マジ?信じらんねぇ」
サッカーのクラブチームに所属している僕は、ほかの学校の友人から何度となく同じ質問を受けていた。
すべて上原和臣を女だと思い込み、渡りをつけたいと思う男たちからだ。
わかる。
いや、あいつらの気持ちはわかる。
和臣はかわいい。
この僕、氷川タケルが思わず恋をするくらいに。
あいつと同じクラスになったのは4年生のときだ。僕は昔っからのサッカー馬鹿で、和臣に恋心どころか女に興味すらなかった。
まぁ、今でも女に興味があるか、と聞かれたら、エロ本を見るのはドキドキするよな程度の話。
当時の僕は、人間にとって価値があるのは運動神経、ついでにテストの点、あと単純に「力」……みたいな典型的な男だったので、和臣の存在を知ったときは驚いた。
まずその運動神経。
五十m走ではクラスでトップを譲ったことがなかった僕が、一秒の差をつけられた。一秒。その差は七mくらいか。勝てる気がしなかった。
持久走。千mを三分十三秒で走り抜けていく。トップを自認していた僕が4分はかかっていたのに。
どの陸上競技でも和臣は四年生の記録としてだけでなく、学校単位でも群を抜いていた。
テストであいつに勝つことは不可能だ。よくて引き分け。
というか、こうなると勝負の相手は和臣ではなく、自分だ。ミスをすれば和臣にまける、確実に。相手は間違わないのだから。
体もでかい。しかもその線の細さからは信じられないような筋肉。
女顔で、女声で、女の仲間で……なんというか、全男子の敵だった。
性格的には女のいやなところがない感じで、明るいやつだったけれど、周りの女子があいつを利用して男子をばかにする、それが許せないというのが大半か。
「男子とか、和ちゃんに何一つ勝てないじゃん」
この言葉がどれだけ僕を、いや僕達を苛立たせてきたことか。
お前ら女子だって勝ててねえだろ!とか、お前ら和臣の何に勝ててるんだよとか、言いたかった。
イライラしながら一年を過ごし、僕たちは進級した。
五年生で再び一緒のクラスになって、一年間、和臣と女子を観察してたら、気がついた。
ああ、女子は和臣に勝っているんだ、と。
女子たちは容姿では和臣に勝てない。学力も無理。人柄も無理。運動能力ももちろん無理。でもそれは自分達の代表の「和ちゃん」ということなら、何一つ問題じゃない。
むしろパーフェクトであればあるほど、誇らしい味方だ。
その上、自分たちは和臣にないものを持っている。
女子のなにが和臣に勝っているのか。
簡単だ。
女子であること
なんと単純明快な理屈だ。
和臣はたった一つ障害を持っている。
それが、トランスジェンダー。
男だけれど女の心を持っている、こと。
女になりたい男の子。
女になれない女。
ほかで何に負けようが、和臣の価値の中で最も高い「女であること」を生まれながらに持っている女子たちは、和臣に対して、同情を、哀れみを、もっといえば優越感を持つことができるのだ。
だから、
「男子は何一つ和ちゃんに勝てないくせに」
なんて恥ずかしい台詞が吐けるんだ。
汚いやつらだ。
和臣はそれを知りつつ、それでもなお女子といることを選んでいるのだ。その汚さを理解した上で、女の仲間でありたいと願っているのだ。
僕はそのことに気づいてしまった。
その健気さに、気高さに、その美しさに、その悲しみに――そして、その可愛らしさに。
ああ、愛おしい。
それに気づいたとき、僕は和臣に恋をした。
ああ、なんということだ。
それに気づいたとき、僕は和臣を守りたいと思った。
ああ、ああ、ああ!!
僕は、和臣が、好きだ。
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