第7話 先生、好きです(男の娘だけど)
「んで、どうなんよ」
なにが『んで』なのだろうと、あたしは考えていた。
「なにがですか?」
といったのは母さん。
我が家の客間である和室。あたしと母さんが先生と机をはさんで座っていた
さすがに担任の榊原先生がいきなり訪問してくるとは思ってなかった。なにかリアクションはあると思ったけれど。
「先生、うちの子が男の子の格好をしたのが問題なんですか!」
母さんは榊原先生に食って掛かっている。あ、いや、そりゃ普通は驚くでしょう。というか母さん、その怒りながらも嬉しそうな顔はなんだ。
「いやいやいやいやいや、もちろんそんなことはいっとらんです」
榊原先生はあきらかに焦っていた。あたしの隣を母さんが離れようとしないためだろう。きっと先生としてはあたしと一対一で話したかったのだろうが、母さんがそれを許さない。
「じゃぁ、なんですか、こんな時間に」
といっても、今6時半。さほど問題のある時間じゃない。
「いや、あのですね、それがですね」
ああ聞きたいことは分かる。大方、尾木先生になんか言われたんだろう。あの人は見通す何かを持ってる人だ。
「母さん、先生来るの当たり前だから」
「でもッ」
「母さん、俺、それ以上言うと前と同じカッコに戻るから。とりあえず出てって」
「あうん、なんか言葉遣いも男になっちゃってッ。ねえ、先生」
なんだか母さんがクネクネと、よく分からないリアクションをしている。まぁ、母さんが嬉しいと言う気持ちは理解した。
心が痛むけれど。
「はいはいはい、でてってくださーい」
あたしがだめを押すと、母さんはすごすごと引き下がり、襖を開けて出て行った。
「んで、その、あの、なんだ」
「先生、言葉選ばなくていいですよ。まぁ、先生が来た理由も分かります」
母さんに感謝。あの母さんの動きで体制が整えられた。
「ああ、そうか。いや、その格好はどうしてだ?」
「ん、先生、自分をどれくらい理解してくれます?」
質問には質問で返す。基本。
「ど、どれくらいと言われても……あ、いや、全部理解するつもりできた」
榊原先生は座りなおして正座する。
「ああ、そうだ。そうだな。俺は、お前を理解したい」
こほん、と咳払いをしていった。
「でも人を理解するって少し傲慢じゃないですか?先生は28年間生きてきて完全に人に理解されたことありますか?そして理解したことありますか?」
あたしは少し怒気の含んだ声で聞き返した。だけど、若干の焦りが産まれてしまった。
榊原先生のあまりの真剣な目に、だ。
「ない。まったくない。人に理解されたと感じたのはあるけれど、理解したことはない。理解されたと思ったときはお前の歳と同じ時。相手は当時担任だった2組の尾木先生。だから」
あたしはそこで息を呑んだ。
榊原先生が机から乗り出し、あたしの腕を握ったからだ。
「だから、お前を理解させてくれ。お前のその心の変化を」
あたしの心が早鐘のようになる。
うひっと思うほどに、なんというのだろうか、どきどきする。。
「あの、う、腕痛いです」
「うっさい。俺はお前を理解したい。理解したいんだ、分かるか、俺の気持ちが」
ドキドキドキドキ。
なにこれ、なにこの息遣い。
ありえないんだけど。
あたし、今男に言い寄られてる。うわ、しんじらんない。あたしが女だったらここで使う表現はこうに違いない。
濡れた。
最低だと言う自覚はある。
「あの、わかりました、わかりましたから」
でもつい口走ってしまった。
ああ、なんていう目だ。深い黒に力強い瞼。
あたしをこうまで蕩けさせる。
「わかってくれるだろうか、俺は未熟な教師だ。だけど、俺はお前が好きなんだ。俺はお前が何か抱えているなら、それを解決できなくても一緒に背負ってやりたい。頼りないかもしれないけれど、お前の荷物を半分でも少しだけでもいい。背負わせてくれないか」
決してかっこよくはないけれど、力強い言葉だった。
そして、好きと。
この人は今、あたしに好きと言った。
好き。
男の人があたしに好き。
顔中の血管が3倍に膨れていた。
きっと顔は真っ赤だ。
ごくん、と唾を鳴らした。
「あの、先生、わかりました。ホントわかりましたから」
比賀のくっだらない『好き』の何倍も真実味がある『好き』。
あたしが最もほしい『好き』。
ああ、なんてステキな響きなんだろう。
ああ、これが『好き』なんだ。
「あたしも、先生が、好きです」
あたしは迷わなかった。
先生の思いに答えるにはこれしかなかった。
キス。
軽く唇に触れた。あたしの。ファーストキス。
「う」
と、先生の顔が固まっていた。
……なんでだろう?せんせいも、はじめて、なのかな?
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