第34話 絶望

「そんにゃ・・・まさか・・・実在するにゃんて・・・」


イファナが呆然と呟く。


「そこの娘は、我が供物として使用するつもりで連れてきたのだ。返せ」


「わっ?!」


イファナが浮き上がると、老人の方に飛ぶ。

羊が妨害しようと跳ねるが、イファナに近づいた瞬間、光の泡となって消える。

えええ。。。


イファナを側に浮かせると、ラックルを見て、俺を見る。


「供物を捧げる為に来たのかと思えば、その様子も無し。供物を連れてきた功に報い、楽に死なせてやろうぞ」


く・・・


鑑定!


鑑定出来ません


・・・?!


「ふむ?」


老人が小首を傾げる。

途端、身体を走る不快なノイズ。

魂の隅々まで視られた感覚・・・

これが鑑定か!


「人の身にしては強い方だが、まだ強い人間はおるのう」


く・・・


色欲増魔デウスブースト色欲増魔デウスブースト色欲増魔デウスブースト色欲増魔デウスブースト色欲増魔デウスブースト・・・


来たれ円卓の羊シープオブラウンズ!」


前回にも増した輝きを持つ、13体の英雄羊。

俺にも視認不可能な速度でそれは駆け──


ぱし、ぺち、じゅっ


はたくまでもなく弾かれたり、近づけもせず溶けたり・・・まじやばい。


老人が呆れた様に言う。


「人としては、と言ったじゃろう?我に敵するなど、出来る訳がなかろう」


老人がくいっと手を振ると、ラックルが浮き上がる。


「やだ・・・やだ・・・助けてリョータ!」


ラックルが泣き叫ぶ。

くそ・・・


「迷わず逝くが良い」


老人の目が妖しく光る。

まずい・・・


ビジネス。

それは、決められた範囲での付き合い。

過剰に相手に求める事は、信頼を裏切る事だ。

その範囲を逸脱する事は、相手に失礼だし・・・自分の生き様にも失礼だ。


でも、ラックルを助けたい。

心の底から渇望した。

この結果、状況が好転するかどうかすら分からないし、悪化するかも知れないし・・・本命、無視される。

でも・・・


来てくれ・・・


契約の山羊の召喚サモンバフォメット


・・・うん。

静か。


「なあに、お主の女もすぐにあとを追う。では・・・逝け」


老人から、何かが迫り・・・


消える。


「ほう?」


抑揚の無い声。

美しい声。

生涯、その声を聴くために一生を捧げても良いような。


感情が籠もっていないその声は・・・しかし、その文字通り、完全に受け入れざるを得ない。


頭の横から突き出る、特徴的な・・・芸術品の様な角。

純白の滝の様な長髪。

美しい、以外の形容を許さない顔。


バフォメット。

至高の悪魔・・・だと思う。

知らんけど。


がた


老人のお付きの者が、いや、老人も、その場に崩れる。

ラックルもイファナも地面に降りるが、動けるはずなど無い。

羊すら、震えその場にしゃがみ込む。

いや、この世界そのものがその声に平伏した。


「今、うぬは面白い事をぬかしたな?そこにあるは、我がカモ朋友。それに手を出す、と?」


今、何か本音隠しませんでしたか?


「そ・・・その様な・・・」


何故、その様な問、発せられる筈も無く。

老人は必死に言葉を紡ぐ。

最早、立つ事などかなわぬ。


「もう一度、申せ。余はここ800億年前程は感情が乱れる事は無かったが・・・久方ぶりの余の怒り、その身で味わってみるか?」


淡々と、バフォメットが美しい声で呟く。


バフォメットが、俺からしか見えない角度、位置で、こっそりピース。

やめろ、せっかく決まってるのに。

見られたらどうする。

何のチャレンジだよ。

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