第4話 Secret & Private


「奏太ぁ? さっきからこしょこしょうるさいんだけど。誰と話してんの?」



 部屋の外からお姉ちゃんの声が響いてくる。

 まずいまずいまずい……! 

 突然のピンチに頭は焦って回らないし、心臓はばくばくとうるさい。



 い、一旦冷静になろう。落ち着いて状況を整理してみよう。

 部屋の外にはお姉ちゃん。部屋の中には液体で出来たしゃべる黒猫。そして女の子になったぼく。


 やっぱりやばいよー!! 



「奏太? なんで何も言わないの?」



 なんか声出したらバレるからだよ!

 そう言いたいものの声は出せない。

 で、でもいつまでも黙っていたら、不審に思って部屋の中に入ってくるよね……。

 と、とにもかくにも、この体を元に戻さないと……。



「く、黒猫さんっ」



 できる限り小声で黒猫さんに話しかける。

 黒猫さんも神妙そうな顔で、



「これはまずいね……」

「うん、だから早くわたしを元に戻してっ」

「それができないんだよ」

「え、ええっ!? さっき戻せるって言ったよね!?」

「声を抑えて、鹿内奏太。戻れるけどすぐには無理だ。心を移し変えるなんて大魔法、そんな簡単には使えない。時間がかかるんだよ」

「じゃ、じゃあこの状況どうするのっ」

「僕たちの方で色々やってみるよ。それまで上手くごまかして」

「ごまかして、って言われても、ちょっと!」



 ぼくの言葉も聞かずに、黒猫さんは開いた窓から飛び出していってしまう。

 こんな状況で一人にしないでー!!



「そーたぁー? いるんでしょー? なにいつまでも黙ってんのよ」

「ひぃっ」



 いよいよお姉ちゃんの声に不信感が混ざり始めた。


 ど、どうしよう、部屋に入ろうとしてきたら……。ドアを中からおさえておく? でも、そんなことしたらさらに怪しまれる。何かないかな、黙ったまま部屋に入ってこないように説得する方法。

 って、黙ったままじゃ説得なんてできるわけないでしょー!?



「もうっ、入るわよー」



 あーもう! ボケてる場合かっ!

 やばいやばい、とりあえず隠れないと! でも一体どこに、ってそんなこと考えている時間もない。どこでもいいから早く――!



――カチャ。



「……奏太?」



 ノブが下がる音がしてドアが開いたのは、ぼくがベッドに飛び込んで毛布をかぶるのとほぼ同時だった。


 み、見られてないよね……。

 ほてった体の熱が毛布でこもって蒸し暑い。伸びた黒髪がほほにぺったりと張りついて少し不快だ。

 というかマズい。間一髪、隠れることはできたけど、大ピンチに変わりはない。



「……奏太、毛布にくるまってなにやってんの」



 そうだよね、どこに隠れているかはまるわかりだよね! 

 これじゃあ、さっきまでの『部屋に入られたら終わり』って状況から、『毛布をはぎ取られたら終わり』に変わっただけだ。力技ではぎ取られたらほとんど抵抗できないから、さっきより状況は悪くなっている。なんで、ベッドなんかに隠れたんだよ~……。



「ねぇちょっと、さっきからなんで何も言わないのよ」



 お姉ちゃんの声からして、かなり不満そうだ。

 ううー、これ以上黙っているわけには……。

 全力で低い声を出せばバレないかな? さすがに女の子になっているとは思わないよね。それに、怪しまれて毛布を引きはがされる方がマズい。

 とにかく、低く小さな声で……。



「ちょ、ちょっと喉を痛めちゃって」



 うっ、やっぱり声が全然違う……っ! 声の高さが近づいても、そもそも声質が違うから、まるで似ない。



「そ、奏太……? なにそのぽやぽやした声。喉痛めたって言ってもまるで別人みたいよ」



 頭上から、お姉ちゃんの驚いた声が降ってくる。怪訝そうに表情を歪めている顔が目に浮かぶ。うう、緊張でお腹が痛い……。



「急にどうしたのよ、さっきまで普通だったじゃない」

「な、なんか急に痛くなってきちゃって。どうしたんだろうねっ。風邪かなぁ~」

「まるで女の子みたいな声ね。…………、本当に奏太?」

「は、早くお姉ちゃん部屋出なよ! うつしちゃ悪いし! ね!」

「うーん……」



 お姉ちゃんはいぶかしげにうなって、



「じゃあ出ていく前に熱計りたいから、おでこ触らせて」



 ……なんですと?



「い、いらないよ! 喉以外は平気だし! 明日には治ってそうなタイプの風邪だから!」

「どういう風邪よ! 大体あんた昔、三十八度の熱があったのに気づかず学校行こうとしてたじゃない。そんな人間の『平気』は信用ならんわ!」

「うっ、でも今回のは大丈夫だから! だから毛布を引っ張らないでー!」

「観念なさい! その声で大丈夫はありえないからね!」

「やーめーてー!」



 うう、毛布を引きはがされないように抵抗するの、だいぶキツい! もう毛布が半分浮いていて、細い隙間から光が漏れて部屋の机が見えている。この状態でベッドの横から覗きこまれたら、バレてしまう。


 バレたらどうなるだろ。ぼくが不審者だと思われて家から叩き出されるだけならまだしも、最悪あの猫にぼくもお姉ちゃんも消されるかも……! 黒猫さんの今までの言動からしてやりかねない!

 ヤバいよー! 



 ――バーンッ!



「ひゃ!」

「みぎゃ!」



 突然、隣の部屋から何かが倒れたような大きな音がした。続いてバサバサと紙のめくるような音。

 驚いたお姉ちゃんが手を離したのか、毛布が戻ってきて、ぼくの視界が再び薄暗くなる。



「え、え。何、今の……」

「お姉ちゃんの部屋から……?」



 急にぼくの部屋に静けさが戻ってくる。心臓の音が耳元でうるさい。



「美沙ちゃん、奏ちゃん! 今の音、何!? 怪我してない!?」



 お母さんの声が一階から響いた。



「私も奏太も大丈夫―! 今奏太の部屋にいるんだけど、私の部屋でなんか倒れたみたいー!」



 お姉ちゃんが部屋の外に向かって叫び返す。剣道をやっているせいか、よく通る声だ。



「はぁ、じゃあ、ちょっと見てくるから」

「……お姉ちゃん、気をつけてね」

「まぁガラスが割れたような音はしなかったから、大丈夫でしょ。あんたは寝てなさい」

「うん……。あとお姉ちゃん、わたしのこと……」

「……ん、わたし?」



 あ、ヤバ。



「ぼくのこと! お母さんには黙っててね! 心配かけたくないし」



 あれ? 今度はちゃんと言えた……? 



「はーもう、分かったわよ。どうせもう夜だし、明日の朝まで黙っててあげる。明日になったら熱計らせてもらうからね!」



 バンッと扉を閉じた音がする。しばらくすると隣の部屋から、「いやぁ! なによこれ!」というお姉ちゃんの叫び声が聞こえてきた。


 ……大丈夫かなぁ。 

 毛布から頭を出すと、風が顔に当たって気持ちがいい。夏場に毛布を被ってはしゃぐもんじゃないね……。ちょー暑いし、長い髪が首にまとわりついて気持ち悪い……。



「危ないところだったね」

「ひっ!」



 遠くから響くような声に机の方を見ると、黒猫がたたずんでいる。あんな騒動だったっていうのに、ゆったりと優雅に。そのセリフもニュートラルで、『危ないところだった』感がまるでない。……うぅ、君にも責任の一端はあると思うんだけどなぁ……。

 あ。



「もしかして、さっきの音は黒猫さんが……?」

「そう、君のお姉さんの部屋の本棚を倒したんだ」

「ちょっ、なんてことを」

「物を壊したりはしていないよ。これならお姉さんも今日は片付けにかかりっきりでこっちを気にしている暇はないだろうからね。でも悪いことをしたね」

「本当だよ。でも、ありがとうね。助けてくれて」

「礼には及ばないよ。こういうことも僕たちの仕事だからね」



 黒猫さんは穏やかな声でそう返す。


 うん、やっぱり悪い猫ではないんだよね。

 さすがにもうちょっと別のやり方を、とは思うけど、バレそうになったのはぼくなので文句は言えない。何か壊れたりはしてないみたいだし、怪我人もいないんだから、まぁいいのかな? 片づけをするお姉ちゃんには悪いけど。

 ……明日、アイスでも買ってこよう……。



「それじゃあ今日のところは、僕たちは帰った方が良さそうだね。これ以上ここにいても、君の家族に気づかれてしまいそうだ」

「え、待って待って! この身体のままほっとかないでよ! 元に戻して! 戻れるんだよね!?」

「ああ、その転身を解くのに、僕たちが何かをする必要はないよ。左手の中指に指輪があるだろう?」

「え、これ?」



 左手の中指にはまった指輪を見下ろす。

 白く細い指には少し大きな指輪だ。中央に黄金色の宝石が満月のように輝いていて、それを保護するように銀色の金属が輪を作っている。きらきらして華やかで、これが自分の指についていると思うと、なんだか少し恥ずかしい。



「それは“月見の指輪”。魔法使いの象徴。それを外せば転身は解けて元の肉体に戻れるよ」

「あ、結構簡単なんだね」



 早速、指輪を右手の親指と人差し指でつかんで、ぎゅうっと引っ張る。



「……、抜けないよ?」



 いくら引っ張っても指輪はぴくりとも動かない

 ボンドで張りついているという感じじゃなくて、髪や爪のように、まるで自分の身体の一部のように、くっついてびくともしない。指がちょっと痛い。



「さっき言ったじゃないか。転身を解いたり、もう一度転身するには時間がかかる。繊細な魔法だからね。君たちの体に負担をかけない為に時間が必要なんだよ」

「あ、そういえばそんなこと言ってたね」



 お姉ちゃんにバレるかと思って焦ってたのですっかり忘れていた。



「指輪をよく見てごらん。銀のふちに文字が彫ってあるのが分かるかい?」

「文字?」



 よく見ると確かに指輪の縁に、円形に文字のような模様が彫ってあるのが見えた。楔形文字くさびがたもじみたいな形をしていて、縁の右半分の文字は淡く青白く光っている。魔法陣みたいにも見えるけど、ま、まさかこの文字は、いわゆる古代ルーン文字っていうやつなのでは……!? 



「その文字が理解できる必要はないよ。時計の文字盤みたいなものでね。大事なのはその文字がどれくらい光っているか、だ」

「文字が光るって、この青白い光のこと?」

「そうだよ。今だと半分にちょっと届かないぐらいかな? その光が一周して、光が円になったら指輪を外して転身を解くことができるよ」

「なるほど……」



 じゃあこの光の進みが時計の針って感じなのかな。



「一度転身してからそれを解くまでにかかる時間は約一時間。だから後、三、四十分ぐらいだね」

「ってことは、あと三十分はこのまま……」



 三十分はこのまま、そう言われると少しじれったいというか、いてもたってもいられないような気持ちがする。

 本当に元に戻れるのか早く確かめたくてそわそわしてしまう。


 この猫には結構だまされているからなぁ……。黒猫にはだましている気はなかったのかもだけど。元の身体に戻れる、というのが噓というか、黒猫からしたら全然別の意味だとしてもおかしくない。

 じたーっと見つめていると黒猫さんは、不思議そうに首を傾げる。美人さんな猫なので、そんな仕草が大変可愛い。全く、こっちの気持ちも知らないでー。



「それじゃあ今度こそ僕たちは帰るよ。明日、君の学校が終わったらまた会いに来るからね。その時にまた色々説明するよ」

「まだ説明することあるのね……」



 そりゃ、まだぼくが倒さなきゃいけない『怪物』とやらの話も、魔法の使い方も何一つ聞かされてないもんね。

 あまりの情報量の多さに、今の時点でもうパンク寸前なんだけどなぁ。一日あれば頭の整理もつくかなぁ?



「ああ、そうだ。最後に君の魔法名を決めないとね」

「まほうな?」



 なんかお野菜の名前みたい。



「今の君を『鹿内奏太』と呼ぶわけにはいかないからね。転身した君の名前を、魔法使いとしての君の名前を決めて、今の姿をしているときは、そっちの名前を名乗るようにするんだ」

「ははぁ、なるほど」

「希望がなければ、僕たちで決めることになっているけど、何かあるかい?」

「ううーん、名前の希望ねぇ……。特にないかなぁ。名前って自分で決めるものでもないし」

「ずいぶん無頓着なんだね」

「そう?」



 自分で自分に名前をつけろ、と言われても全然想像できない。どんな名前をつけても似合わない気がする。それに女の子の名前を自分につけるんだもんね。なんかそれはちょっと恥ずかしい……。


 黒猫さんは机の上で天井を見上げている。名前、考えてくれているのかな? この黒猫さんはじっとしているときはぴたっと体の動きが止まるから、なんだか銅像のようにも見えてしまう。

 三十秒もしないうちに、黒猫さんが顔を下ろした。



「そうだね、『ユーリア』でどうかな」

「ユーリア……」



 カタカナの名前だったのね……。知らずにつけようとしたら、恥をかくところだった。

 ぼくは頭の中でその響きをくり返してみる。



「うん、素敵な名前だね。ありがとう」

「そうかい? ならよかったよ」



 自分じゃ似合う名前なんて決められないような気がしてたのに、誰かにそう呼んでもらえると、ふしぎとしっくりくる感じがする。

 ユーリア、ユーリアかぁ……。

 あ。



「そういえば、聞き忘れていたんだけど、黒猫さんの名前は?」

「僕たちの名前?」

「うん。いつまでも黒猫さんって呼び方じゃあれかなぁって思って。君たちの名前でも君の名前でもいいんだけど」



 なんとなく気づいていたんだけどこの黒猫、いつも自分のことを『僕』ではなく『僕たち』と呼んでいる。どうにも、自分自身と種族全体の区別をつけていない感じなのかもしれない。



「僕たちに決まった名前はないよ。ただ君たち魔法使いの多くは、僕たちのことを『液体猫』と呼ぶよ」

「えきたい、ってさっきの?」

「そうだろうね」



 ぼくは黒猫さんの体がどろっと溶けた光景を思い出した。アレ、すごいショッキングだったからなぁ……。

 黒猫さん改め、液体猫と顔を合わせるために少し腰をかがめる。



「分かったよ。改めて、これからよろしくね、液体猫」

「こちらこそよろしく、ユーリア」



 数時間前に知り合ったのに、今になってお互いに初めて名前を呼んでよろしくだなんて、なんだか不思議な感じだった。

 なんだか身のひきしまるような心地がする。



 ああ、これはこれから一緒に戦う仲間としての、魔法使いとしての『よろしく』なんだ。

 そう思うと、強い実感がこみ上げてきた。

 そっかぁ、魔法使い、かぁ……。

 願いごとが叶えられる、ってことにばっかり意識してたけど、そっか、魔法使いになったんだよなぁ、ぼく。あのファンタジーに出てくるような存在に。まぁ、ついでに女の子にもなっちゃったけど。



 ぼくは嬉しくなって、液体猫に向かって右手を伸ばした。

 でも、液体猫は星空色の目を輝かせて、首をかしげただけだった。

 ……その手じゃ、握手できないよね。

 なんだか気が抜けた。




 § § §




 開いた窓から液体猫が出ていくと、真っ黒な体が夜闇に紛れて、あっという間に姿が見えなくった。


 さてと。

 左手に輝く月見の指輪を見下ろすと、青い光はやっぱりまだ半分も行ってない。時計でいうと、5と6の間ぐらい。

 つまり状況を整理するとこう。

 後三十分間は女の子の体のまま。しかも部屋で一人きり。



「…………」



 自分の顔が熱くなっていくのを感じる。

 さっきまでは液体猫がいたから、そんなに意識しないでいられたんだけど、一人きりになってしまうと、今の自分の体を気にしちゃって困る。



 それにさっきから気になってはいたんだけど、そもそも神経の分布も違うのか、じっとしているだけでも自分の体の形が違うのが分かってしまう。特にこう……、いや何も言うまい。

 ううー、どうしよう。もうこんなにもんもんとしているのに、三十分以上このままなの……? ううー……。



 ……、ちょっとぐらい、見たりなんだり、してもいいかなぁ……。

 顔がさらに熱くなる。

 だってだってこの体も言ってしまえば、ぼくの体なんだし、別に脱いだりしても誰かに迷惑がかかるわけでもないんだから、悪いことってわけじゃないし……。だ、だからその、ちょっとだけ……。



 自分の体を見下ろす。

 ためしに、腰の辺りでひらひらと揺れているスカートを指でつまんでみる。裾を少しだけ持ち上げて、放す。これだけでも沸騰しちゃいそうなぐらい頭が熱い。



 やっぱりこのスカート、短いよなぁ……。ふとももが半分以上露出していて、不安感と恥ずかしさに心臓がばくばくしている。ただでさえ、足が布に覆われないこのふわっふわした感覚に混乱しているのに、こんなに短いと冷たい空気が足の付け根あたりまで当たって変な感じだし、何よりちょっとめくれたらパンツまで見えちゃいそう。


 あ、っていうか……。



 ……………………あー……………………。



 あ、あのね、違うんですよ。改めて意識するともうすぐに分かるんだけど、なんというか、空気が触れて冷たいのとか、おしりをきゅってしてる感じとかがね、アレで、もうなんで今の今まで気づかなかったんだ、って自分でも思うんだけど、あの、その……、



 ……多分ぼく、今、女物の下着履いている……。



「ううっ」



 恥ずかしさに頭がおかしくなりそうで、思わず手で顔を覆ってフローリングの床にくずれ落ちる。ふとももが冷たいのが変な感じ。


 でもでも! これはぼくの意思じゃないし、液体猫に履かされたんだし、今はぼく女の子なんだから別に下着が女の子のでも問題ないし! それにほらこの短いスカートでトランクスだったりしたら大惨事だよ!? ひらひらにひらひらでアウトだよ!? むしろこれは当然の結果で大正解で、そうだから違うんだもん! ぼくは変態さんじゃないもん!!



「さすがにひどいよー……」



 手で覆った口からうめき声がもれる。

 星空色の目を輝かせたあの黒い猫の姿が目に浮かぶ。


 今日一日、液体猫のせいで、色々とひどく恥ずかしい思いをさせられてきたけど、これが一番ショックだった。下着一つでこんなにショックを受けていることに自分でびっくりしている。



 だーかーらー、どうしてこういうことを事前に教えてくれないのよぉ、あの猫はぁ……。で、文句を言ったら言ったで「でもしょうがないじゃないか。男物の下着を履くわけにもいかないだろう?」とか言うんでしょ? ああー、すごく言いそう。あー……。



 ここにいない人、というか猫に文句を言っていても仕方ない。手を下ろすと、うつむいていた分、ちっちゃく広がったスカートが目に入る。

 ううー、このスカートの下に……。



 ……み、見てみようか……。

いや、下心とかじゃなくて。せめて自分の目でどんな下着なのか確認したいだけというか……。まぁ、下心が一ミリもないとは言えないけど……。



 そっと、スカートの裾をつまむ。耳のすぐ裏でばくばくとなる心臓の鼓動を聞きながら、少しずつ持ち上げていく。


 ああ、ぼく今自分でスカートたくし上げちゃってる……。ううぅ……。


 恥ずかしさに頭をぐるぐるさせながら、ゆっくりとゆっくりと細く白い自分の足をさらしていく。

 ゆっくりと。ゆっくりと。ゆっくりと。ゆっくり……。



 …………、意外と見えないな。

 十センチぐらいスカートの裾を持ち上げているのだけど、いまだに白とか水色とか黒とかの布地は見えない。多分、横からなら見えるんだろうけど、真上からだと持ち上げたスカートが邪魔している。


 そっか、自分でスカートめくっても、パンツよく見えないんだなぁ。勉強になっ……、てはないなぁ……。


 もちろん、思いっきりめくりあげたり、前かがみになって中をのぞき込んだりしたら見えるんだろうけど、さすがに変態っぽい。

 大きな鏡とかあったらいいんだけど……、あっ。



 そうだ。鏡で思い出したけど、まだ女の子になってから、自分の顔も確認してなかった。一番最初に気にするようなところなのに。

 でもこの部屋、鏡ないんだよね……。スマホのカメラを自撮りモードにすればいけるかな?



 机の上からスマホを取り出して、カメラを起動する。もう古くなってきたのか、最近少し起動に時間がかかる。

 どんな顔なんだろう。心臓がドキドキしてちょっぴり怖い。美人系? 可愛い系? それか格好いい系かも。



 カメラのアプリが起動した。画面の中にぼくの部屋の中が映される。

 よーし。

 緊張しながら、自撮りモードに切り替えるボタンをタップする。

 画面が一瞬暗転して、そして再び明るくなり、ぼくの、女の子としての姿を映しだす。



「…………へ?」



 ぼく、なにか間違えた?

 試しに顔を左右に軽く振ってみると、画面の中の女の子も同じように顔を動かす。なんとも奇妙な光景だ。強烈な違和感がする。


 けど、これはつまり、間違いなく目の前に映っているこの顔が、今のぼくの顔ってことで……。

 でも、こ、これは……。この顔は…………。



「え、ええええ!?」



 ぼくの叫び声が高く響いた。

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Garden for the Colorful Planet. 夏祭 詩歌 @sum-fest-360

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