後輩のジレンマ

コオロギ

後輩のジレンマ

「わーい先輩いたー」

「お前またかよ」

「な!先輩なんで文化祭にお弁当なんて持ってきてるんですか!」

「今のご時世食中毒を懸念して食事系はほぼアウトだぞ」

「ガチでそばしか焼いてない焼きそばは?たこの入ってないたこ焼きは?」

「せいぜい市販のジュースで喫茶店だな」

「感動が、奪われていく…」

「弁当ないなら早く購買行かないと飯ないぞ」

 肩を落とし後輩が教室を出ていく。

 とすぐに戻ってきた。

「トイチでいいので五百円貸してください」

「五百五十円か」

「さすが守銭奴な先輩、計算が早いですね、いたっ」

 後輩の差し出す手のひらに五百円玉を載せてやると、後輩は軽い足取りで今度こそ教室を出ていった。

 外の秋晴れと対照的に、北校舎の端に位置する教室内は薄暗く、冷房が効いていると錯覚するほどひんやりとしている。普段は何もないこの空き教室には、昨日文芸部員たちが運び込んだであろう長机が壁際に配置され、部誌やらオススメの本やらが並べられている。

 がらりと教室の扉が再び開く。

「やばいですよ、普段売れ残ってるメロンパンまでみるみるうちに消え去りましたよ」

「お前が手に持ってるのは」

「最後のメロンパンと、ブービー賞メロンパンです」

「原因お前だろ」

「そんなことより、なんで先輩が文芸部の展示にいるんですか。というかなんでずっと展示教室を転々としてるんですか、あれですか、文化部ストーカーですか」

「なんだそれ」

「いや、違うな、ほいほい次から次へと手を出しまくってるわけだから…。撤回し修正します、先輩は文化部プレイボーイですか」

「意味が分からん」

「果てには先輩ロンダリングと化し出所不明の先輩が発生してしまう!だめですよ先輩、先輩には帰る部があるんですから」

「教室を無人にできないから、人数少ない部活は協力して回すことになっただろ」

「そうでした」

「午後からはパソコン部と写真部だ」

「シフトがえぐい」

「クラスの出し物も展示で暇だし」

「友達も少ないから二石一鳥ですね、いっった!先輩大丈夫ですよ、安心してください」

「何を」

「わたしも少ないですよ!」

「不安しかない」

「しょうがないな、じゃあわたしが次にここに入ってきた人を殴りますから」

「やめろ」

「先輩はそれを止めに割って入ってください」

「その前に止めるわ」

「『見ず知らずの私を身を挺して助けてくれるなんて、見かけによらずこの人はなんていい人なんだろう』そこから噂が噂を呼び、先輩大人気ですよ」

「見かけによらずは余計だし部活の後輩が目の前で人に殴りかかったら誰でも止めるだろ」

「その後、健気な後輩は黙って先輩の前から姿を消し、卒業間近となった先輩はふと『そういえば最近、あの可愛い後輩を見かけないな』と思い二年生の教室を覗きに行くのです」

「何かが始まった」

「モブに尋ねると」

「モブ言うな」

「なんと、可愛い後輩はずっと前に学校を去っていたのでした」

「何したんだ後輩」

「先輩わかんないんですか?」

「ああ、暴行未遂したもんな」

「それは自宅謹慎で済んだんです。可愛い後輩は先輩のために自ら退学したんですよ」

「なぜ」

「学園で悪者となった後輩が先輩と和気あいあいきゃっきゃうふふしてたら不審に思われるじゃないですか」

「しなきゃいいだろ。あといつから学園になった」

「後輩の健気さと一途さと可愛らしさに心打たれた先輩はおいおいと泣き崩れるのでした。分かりましたか?」

「泣いた赤鬼なのはわかった」

「誰か早く入って来ないかなー」

「実行に移そうとするな」

「えーじゃあ『殴りかかったのは先輩の指示があったからなのでは?』という物言いがついて先輩も一緒に投獄されます」

「冤罪だ」

「後輩は先輩のためを思い黙秘を続け、先輩はしらを切り通します」

「主犯に仕立てるな」

「業を煮やしたポリスメンは先輩に司法取引を持ちかけてきました」

「何で英語にした」

「『お前たちは本当に手ごわいな。いいだろう、お前が罪を認めるなら無罪にしてやる。ただし、この取引はお前の共犯者にも持ち掛けている。お前たちが二人とも自白したらこの取引はなしだ。』」

「やってない」

「『お前がだんまりを決めるのも自由だが、罪の重さに耐えかねた共犯だけが自白した場合、お前の刑期は二倍だ。それでもお前たちが二人とも黙秘を続けるのなら、証拠不十分で減刑だ』」

「殴りかかったのは現行犯だろ」

「さあ先輩、どうします?罪を認めますか?それともまだしらを切り続けますか?」

「だからおれはやってない」

「ぶっぶー、正解は自白するでしたー」

「正解が間違っている」

「ちなみに後輩は黙秘を続けたので、先輩は無罪放免となりましたとさ」

「ん?」

「何か?」

「囚人のジレンマって、結局はどっちも裏切ることになるんじゃなかったか」

「先輩が言ってるのは自分だけ助かればそれでよし!という悪魔に魂をたたき売りした場合の所業で賛同しかねます」

「ゲームの話をしている」

「先輩は晴れてシャバの空気を吸うことができましたが、気持ちはまったく晴れません。『あいつ、どうしておれなんかのために…』むせび泣く先輩」

「結局赤鬼に戻るのか」

「キュートフルな後輩がどういう行動に出るかなんて馬の鼻面に人参、豚にトリュフくらい一目瞭然でしたね」

「例えが分からん」

「先輩が裏切るのは確定なので問題ないとして」

「裏切りは問題じゃないのか」

「『自分の刑期が延びることで、先輩が無罪放免になるなら』と一途な後輩ですから選択肢は黙秘一択じゃないですか」

「罪の在りかは置いておくとして、そこまでいくとあれだな」

「あれ?」

「重くて引く」

「先輩鬼ですね」

「赤鬼だからな」

「そうでした」

 そのとき、がらりと教室の扉が開いた。

「…」

「こら、決意を固めた目で拳を握るんじゃない」

「先輩の、ためだ!」

「そればらしたら意味ないだろ」

 立ち上がろうとする後輩を椅子に押しつけぐだぐだやっていると、部屋に入ろうとしていた生徒は胡乱な目をこちらに向け教室に踏み入れかけていた足をそっと引っ込めた。

 続いて扉の閉まる音が響く。

「ちょっと先輩。希少なお客さんを逃がしちゃいましたよ」

「まあ、文芸部の客だし」

「先輩ほんとに鬼」

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後輩のジレンマ コオロギ @softinsect

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