終・新生活
「……如何致しますか? メウェン様」
「あぁギルバートか。良い、好きにさせなさい。こうなるだろうと予想していたからな、故にこのような人気の無い場所に連れて来させたのだからな。私は食堂に行く、瑞樹の気が済んだら彼も連れてきなさい。色々と説明せねばならぬ事がある」
「かしこまりましたメウェン様」
そう言ってメウェンは彼等に気取られぬように静かに部屋を後にした。メウェンが退室した後、部屋は嗚咽の音のみが響いていたがそれは悲しみよりも、どこか嬉しさ滲み出ているような感じだった。
瑞樹とノルンがひとしきり泣いた後、瑞樹はそのまま抱き着いた状態で呟くように声を上げた。その声には決意を秘めた力強さが、ビリーとノルンにも伝わっているようだった。
「……もう絶対に話さないからな」
「……あの日の約束、今度はちゃんと守ってくださいね」
「大丈夫。例え身分が変わったとしても貴方は私の大切な家族だから」
あの日、瑞樹とノルンが初めて過ごした夜の事。家族で在り続けると約束したあの時を反芻しながら、瑞樹はとびきりの女声で返事をする。ノルンは「嬉しいです」と呟き続けているが、ビリーはどうしたものかとギルバートに視線を送る。
「メウェン様はこうなる事を予想しておりました。故に今だけは貴方も以前と同じように接して良いが……くれぐれもメウェン様との約束事は破らないように」
「瑞樹と一緒にいられる代わりに生涯従者として接しなければならない、ですね。大丈夫です、俺とノルンも承知しています」
「よろしい。だがメウェン様が瑞樹様をお待ちしている、なるべく早めに済ませなさい」
「はい」
ビリーが返事をした後、瑞樹に視線を戻しすっと手を上げる。何をするのかとギルバートも観察していたのだが、上げられた手はそのまま瑞樹の頭に振り下ろされ、スパンと小気味良い音が鳴り響く。確かに以前と同じように接して良いとギルバートは言ったが、まさか貴族を打擲するとは夢にも思わなかったようで、はぁと深い溜め息を吐きながら頭を抱えていた。
「嬉しいのは分かったからさっさと泣き止めこの馬鹿。メウェン様がお前の待ってるってさ」
突然頭の上に衝撃が走った瑞樹は自身の頭を摩りながら、何が起きたか分からないといった様子で周りをキョロキョロとしていた所にビリーのこの発言。瑞樹も犯人を瞬時に察したようだが、顔をむすっとさせながらそっぽを向く。
「嫌だね。メウェン様の事なんか別にどうでも良いし、ビリーとノルンが居ればそれで良いし」
「お前なぁ……」
すっかり幼児退行しているらしい瑞樹は駄々をこね始め、ビリーははぁと溜め息を吐きながら頭を抱える。ただ瑞樹がそう言ってくれた事が嬉しかったのか、少しだけ口角を上げていた。
「そういう訳にもいかねぇんだよ。俺達を引き逢わせてくれたのはメウェン様なんだからな。……それに、これ以上お前とこうしている訳にもいかないだろ」
その言葉にノルンははっとしたように瑞樹から離れた。
「そうです姉さん。姉さんがどれだけ望んでも今は瑞樹伯爵様なのですから、これ以上は馴れ馴れしく接する訳にはいきません」
ノルンの意外な発言に、瑞樹は何を言っているのか分からない様子で目を丸くする。
「でも私は……!」
「馬鹿、また泣くんじゃねぇよ。少なくともこの邸宅内にいるんだ、顔くらいならいつだって合わせられるんだから、そんなに暗くなるなって」
「そうですよ姉さん。貴方が私達を想っているように、私達も貴方を想っています。ですから悲しまないでください。……もう、これではどちらが姉さんかわかりませんよ? だから泣き止んでください」
それはまるで夢から覚めたかのように瑞樹は感じていた。何処まで行っても埋まらない身分の差、溝。それを痛感した瑞樹は、それでもと前に歩んだ二人に習い、目をゴシゴシと擦り涙を拭った。
「はぁ……そっか。そうだな、俺も前に進まなきゃな」
「へっ、何一人で納得しているのか知らねぇが……しっかりやれよ」
「姉さんはきっと立派な貴族様になれますよ」
「……うん、二人共ありがとう。ではギルバートさん、メウェン様の元へ参りましょうか」
「かしこまりました瑞樹様。お二人は別の者が案内する故、暫しここで待っていなさい」
瑞樹はギルバートを供に連れ部屋を後にするが、扉が閉まる最後の瞬間まで二人へと視線を向けていた。後ろ髪を引かれる思いだったが、漸く瑞樹は一歩前進出来たような気持ちだった。
「あぁ瑞樹、存外早かったな。今暫くかかると思っていた」
「メウェン様、それにオリヴィア様とエレナ様も……。お待たせしてしまい申し訳ありません」
瑞樹が食堂に入ると、メウェンの家族全員が食事に手を付けず瑞樹の事を待っていた。
「気にするな。どうせこうなる事はここにいる皆が思っていたからな」
メウェンがくくっと笑うと、オリヴィアが「もうメウェンったら」と窘めるが、それは事実のようでオリヴィアとエレナも手で口を隠しながらクスクスと笑みを零していた。
「では食事をする前に瑞樹、貴方に大切なお話しがあります。聞いてもらえるわね? 」
瑞樹が「はい」と返事をすると、オリヴィアは先程までの笑みを失せさせ、真剣な眼差しで瑞樹を見つめる。
「貴方が二人を大切に想う気持ちは重々承知しておりますが、貴方は貴族であり二人はそれに仕える従者です。特定の者にばかり肩入れしては従者の間でも不和が生じ、規律にも影響が出ます。これだけは胸に刻みなさい」
オリヴィアにそう言われると随分効くようで、瑞樹はしゅんとしながら「はい」と弱々しく返事をすると、オリヴィアが「ただし」とさらに続ける。その顔は先程と違い、優しさに満ちているようだった。
「時と場所さえ考慮すれば目を瞑る事にします。良いですねメウェン? 」
「う、うむ先程決まってしまったのだから致し方あるまい」
どうやら瑞樹が来るまでのあいだに三人の処遇に関して家族会議があったらしい。メウェンはオリヴィアの意見に反対だったようだがオリヴィアとエレナの二人に適う筈も無く、多数決で惨敗を喫していた。
「メウェン、貴方が規律を重んじているのは承知していますが、それよりも瑞樹の精神的安寧を図った方が良いのは明白でしょう? ねぇエレナ」
「お母様の仰る通りですわお父様。勿論私も瑞樹様の支えとなるよう努めますが、それだけでは足りないのもまた事実です。故にあのお二人の力もお借りせねばなりません」
「分かっているから二人共そう目くじらをたてるな。という訳だ瑞樹、最終的にあおの二人は君の専属となる予定だが現状はまだ使い物にならぬ。故に暫しの間はこの家で預かり、然るべき教育を施してからとなる。その間はなかなか思うように接触出来ぬが、我慢出来るな? 」
「はい……! お心遣い感謝いたします」
「気にするな。それにこれを言い出したのは国王陛下なのだからな」
その発言に瑞樹は目を丸くする。曰く、メウェンの帰りが遅かったのはあの二人を回収し、尚且つ制服の選定に手間取っていたのが原因らしい。特にノルンのような童女が従者になるのは稀で、彼女に合うサイズの制服を探し出すのに特に苦労したそうだ。でも何故国王陛下が? 瑞樹は訝し気に傾げると、メウェンが察してくれたようで口を開く。
「君の疑問は明日説明しよう。他にも色々と言付かっているからな」
「そうですか、承知しました」
「うむ。では食事にしよう」
その後食事が始まると、昼食の時とはまるで別人のように料理を頂いた瑞樹。それは彼の望んだ団欒とは少し違うかもしれない。それでも彼の胸のつかえが取れた今、少しだけ家族として馴染めたのかもしれない。
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