いつかまた

「神力とはそのまま己の血の強さを示す物でもある。お主は先日の影響か、その値が異常に膨れ上がってしまっている。そしてそれは貴族諸兄らに身柄を狙われる要因にもなるのだ」


「…意味が分かりません」


「貴族とは家の存続と繁栄が何よりも優先され、故に貴族同士の婚儀とは血の、神力の強さを上昇させる側面もある。」


「それが私と何が関係があるのですか…!」


「神力はそのまま貴族の格を示す物で、これは魔力と違い鍛錬で上昇するものでは無い。この世に生れ落ちた者の神力が上昇する方が稀なのだ。だからこそ神力の高い者の血を欲しがるのだ。お主の他の追随を許さない、儂を含めた歴代国王よりも高い神力だ、お主を欲しがる者などそれこそ大勢居るだろう。そのような者が平民として暮らせばどうなる?お主は元より周囲の者も不幸な目に遭うかもしれんな」


 頭では理解出来る。自身がこの話しを受ければ町の皆、ビリーとノルンも平穏無事に過ごせる。分かっているが瑞樹はどうしても首を縦に振る箏が出来なかった。


「…お主の心中察するに余りある。だがどうか聞き入れて欲しい、お主の為にも、お主の守りたい者の為にも。」


 瑞樹は奥歯を目いっぱい噛みしめ、万感の思いを込めて俯いた顔をイグレインに向けて言葉を話す。


「…やはりイグレイン様は卑怯者です。それを出されたら…受け入れるしかないじゃないですか…!」


 声を震わせながら話すその瞳は覚悟が決まったように強く、鈍く輝いていた。それを見たイグレインは「すまん」と一言だけ呟き彼に向かって頭を下げる。


「まだお主と語らいたい所だが、そうと決まれば時間が惜しい。お主は一度メウェンの邸宅へ帰ると良い」


「それは何故ですか?」


「…お主には別れを告げねばならぬ者がいるだろう?どうあってもお主がそう決めた以上以前のような関係には戻れぬのだ。ただ今日までは儂が許す、存分に語らうと良い。それとメウェンに話しがある故、次いで入室するようにさせよ」


 その言葉を聞いた瞬間、瑞樹は胸が張り裂けそうな痛みを感じた。実に一月近く顔を合わせてすらいないのに、それが最後の別れを告げる為と考えるだけで涙が止まらなくなる。だがイグレインの言った通り時間が惜しい、自分の舌を噛み千切りそうになる程強く噛みつき、痛みで平常心を取り戻しながらイグレインに顔を向ける。


「…ご配慮ありがとうございます。では私は戻らせて頂きますが…イグレイン様一つだけ私の願いを聞いて頂けませんか?」



「まずは内容を聞こう」


「今後は私の大切な者を利用するのは一切止めてください。せめて一言私に報告してからにしてください。…でなければ私は…本当にこの世界ごと全てを壊すかもしれません」


 その瞳は、あの日のように暗く濁っていた。もはや脅迫の域を超えたそのお願いは、本来であれば一蹴されるだろうが今は違う。今の瑞樹ならそれが出来るだろうし、本当にやりかねない。選択肢が一つしか無いお願い事をイグレインは、背筋に冷たい物を感じながら「委細承知した」と受け入れざるを得なかった。


「ありがとうございます。では私は失礼致します」


 瑞樹は別れの挨拶を交わした後、踵を返して部屋の外へ向かうと外にはメウェンとダールトンがいた。どうやらずっと扉の前で待っていたらしく、漸く終わったかと言わんばかりの視線がダールトンから送られてくる。


「メウェン様、国王陛下がお呼びです」


「む、もう会談は良いのか?」


「はい、ビリーとノルンに逢わなくてはいけませんのでメウェン様もお早めにお願い致します」


「…そういう事か。承知した、すぐに向かうとしよう」


「承知した。…あぁ瑞樹少し待て」


 足早にその場から離れようとする瑞樹をダールトンが制止するが、瑞樹は非常に苛立った様子で彼を睨み付ける。ダールトンも尋常では無いその様子に思わず後ずさりするが、こほんと咳払いをした後に今一度瑞樹へと視線を向ける。


「…私は今でもお主の存在を懐疑的に見ている」


「わざわざそのような事を言う為に制止なさったのですか?」


「まぁ待て落ち着け。だがお主に救われたのも事実だ。…一人の人間として謝辞を述べさせてもらう。ありがとう」


 正直瑞樹はまた嫌味を吐かれると思っていたのだが、まさか感謝をされるとはと、ばつの悪そうに視線を背け、無言で頭を下げて再び歩き始める。瑞樹にとって彼は苦手だし嫌いだ、ただ悪い人では無いのかもと心の中で呟く。その後、部屋からメウェンが姿を現し足早に城外へ向かう。


 城外へ出た瑞樹はメウェンを急かすように馬車へ乗り込み出発させる。その車内は石畳をごとごとと進む車輪の音のみが響き、酷く重苦しい雰囲気が二人を包んでいた。


「…瑞樹、大方の察しは付いているが君は—」


「貴族になる事を受け入れました。とても不本意ですが」


 メウェンの問いに瑞樹は、忌々しく答える。彼にどう返せば良いか分からず、メウェンはひとしきり悩んだ後、呟くように口から漏らす。


「…どう声をかければ良いか分からんな。時に瑞樹、ビリーとノルンと逢うのは良いが刻限は夕方までとなるぞ」


「それは何故です?」


「陛下から伺ったのだが、君は本日付けで伯爵の爵位となっているようだな。それに彼の者達の幽閉も解除されるのだが、彼等をニィガへ送り届ける都合上どうしても夕方までが限界となる。いくら整備された街道とはいえ暗闇の中馬車を走らせたくは無いし、何より魔物も活発化する。夜の危険性はお主の方が理解しているだろう?」


「それは…そうですが…」


「それと…あまり君に話すべきでは無いのだが、二人に逢って心変わりしないとも言い切れん。故に刻限を決めて未練を断ち切るよう陛下から仰せつかっているのだ」


 確かに二人に逢えば、やっぱり貴族になりたくないなどと駄々をこねるというのは瑞樹自身も容易に想像出来た。ただ、せめて今日の夜中まではいられると思い込んでいたので、冷や水を浴びせられた気分になってしまう。複雑な想いを胸に秘めたまま、馬車はどんどんと進んでいく。


 瑞樹達が邸宅に戻った後、瑞樹は二人の場所は何処かとメウェンに詰め寄る。気持ちは理解出来るが余りにも焦り過ぎだとメウェンは彼を窘め、従者に案内するよう命じた。その後瑞樹は案内役の従者を急かしながら二人の元へ向かう。そこは邸宅の敷地内の小さい家で、いや邸宅と比べての話しで庶民からすれば十二分に立派なお屋敷なのだが、ともかくこの中にいると従者から説明を受ける。瑞樹は痛い程高鳴る鼓動に少しだけ顔を歪めながら、玄関の扉を開ける。すると中には―


「ん?おぉ瑞樹久し振りだな」


「えっ姉さん?何処ですか?」


「玄関の所で呆けてるだろ」


「本当だ!姉さん逢いたかったです!…姉さん?」


 意外と普通に生活している二人を見た瑞樹はあれぇ?と呆然としていて、ノルンが抱き着いてきてもリアクションが取れずにいた。幽閉と聞いていたからもっとこう…みたいな事をぼーっと思考していると、近づいて来たビリーのチョップを頭に受け、漸く瑞樹は我に返る。


「玄関で何呆けてんだお前」


「そうですよ姉さん。折角久し振りに逢ったのに」


「う、うん。何かごめん。二人が意外と普通だったからさ…」


「まぁ暫くここにいろってのはなかなかきつかったが別に、なぁノルン」


「はい、お布団はふかふかだしご飯も美味しかったです」


 心配して損したと、瑞樹は項垂れながら頭を抱える。そのまま視線だけ周囲に移すがもう一匹、欠けている事に気付く。


「あれ、そういえばシルバは?」


「あぁあいつならギルドの方で預かってもらってる筈だ。あの後侯爵様に相談したら、そう手筈してくれてな」


「そうなのか、良かった。…二人共本当にごめん、俺のせいでこんな事に巻き込んじゃって…」


 瑞樹は二人に向かって深々と頭を下げる。するとビリーとノルンが目を合わせながら、こくりと一つ頷くと、ビリーは再び瑞樹の頭にチョップをお見舞いし、ノルンはより力強く瑞樹を抱きしめる。


「何言ってんだお前らしくねぇ。お前が人に迷惑をかけるなんて今に始まった事じゃねぇだろ。まぁ今回は流石に驚いたがな」


「兄さんの言う通りです。それに姉さんは—」


「ノルン」


「あ…それよりも姉さん、ずっとここにいないであちらで一杯お喋りしましょう?」


「それもそうだ。ずっと玄関にいる必要も無いだろ」


「…?まぁ良いか。ってぇちょっとノルン!?そんなに引っ張らないで!?」


 二人にどことなく違和感を感じる瑞樹は、ノルンに手を引っ張られながら居間の方へと向かい、他愛の無いお喋りに花を咲かせる。瑞樹は二人と過ごす最後の時間を心に刻みながら過ごし、そしてその時が迫る。

三人が談笑しているとこんこんと玄関の扉を叩く音が聞こえくる。それに気付いたビリーが立ち上がり向かおうとするのを、瑞樹は少し声を震わせながら制止して、そそくさと向かう。どうか思い過ごしであって欲しい、瑞樹はそんな事を考え、手を震わせながら扉を開けるとそこにはメウェンが立っていた。


「瑞樹…済まないが約束の時間だ」


「…はい」


 遂にその時が来たのだと、瑞樹は声を震わせながら小さく頷き返事をする。そして二人を呼んで来ようと踵を返すが、既にビリーとノルンが彼の後ろに立っていた。


「もう時間切れか…随分早かったな」


「…やっぱり知ってたんだな」


「いや知っていた訳じゃ無いさ。ただ侯爵様から、いつ別れても良いように心構えはしておくように言われていたからな」


 ビリーは事も無げにそう言うが、ノルンは大粒の涙を流しながら瑞樹の顔を見やる。


「…姉さん、どうかお元気で」


 せめて最後のお別れは泣くまいと気丈に振舞いながらノルンは頭を下げ、ビリーに手を引かれて外へ出る。直後、瑞樹が「待って!」と大声で制止する。


「メウェン様、もう少しだけ私に時間をください」


「…なるべく早くしなさい」


 瑞樹が深く頭を下げながらメウェンに懇願すると、彼はふぅと一息吐いた後了承する。その後「ありがとうございます」と瑞樹は言いながら、ビリーとノルンに視線を向ける。その顔は二人も今まで見た事が無い程凛としていて、綺麗だった。


「貴族として最初で最後の命令をお二人に命じます。…私はずっとここで待っています。ですから貴方達も追って来てください」


 その言葉を言った直後、瑞樹の顔はぐしゃぐしゃになり、ノルンと抱き合いながら人目を憚らず大泣きしていた。離れたくない、別れたくないと二人が呟いているのを、ビリーはどうしようとメウェンに視線を送ると、彼は眉間の皺を指で解しながらビリーに向けて口を開く。


「私は用事を思い出したので少し離れるが…もう一度訪ねて来た時、これが本当に最後だ」


 メウェンがそう口にすると、ビリーは肩を竦め苦笑しながら答える。


「…こいつの保護者ってのは苦労しますね」


「…全くだ」


 軽口を叩くビリーの顔には、熱く冷たい物が頬を伝っていた。それからおよそ十分後、再びメウェンが姿を現しビリーとノルンはそのまま馬車に乗る。どんどんと離れて小さくなっていく馬車を、瑞樹は地面を濡らしながら深くお辞儀をして見送った。


「メウェン様、私は今日ここで休みたいと思います」


「だが…いや良い。君がそう言うなら止めはしない。存分に使うと良い」


「ありがとうございます」


 そう言って瑞樹は身体をふらふらとさせながら一室へ向かう。その様子をメウェンは痛ましく思いながら、邸宅の方へ踵を返した。瑞樹が入ったその部屋はベッドが二つあり、すんすんと枕の匂いを嗅ぐとあの二人の香りがした。馴染みあるその香りに、瑞樹は心を落ち着かせながらも「寂しいよ…」と呟きながら一晩中枕を濡らし、泣き疲れながら眠りについた。



 瑞樹の命令、それは従者となって再び逢いに来いと暗に言っていた。身分の違いはあれども、いつかまた再開する為に、二人は必ず命令を完遂する事を固く心に誓いながら、離れ行く王都を見つめていた。

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