真意

「さて喧しい者も失せたし、存分に語り合おうではないか。瑞樹も早う卓に付くが良い」


「は、はい。失礼します」


 口調と言うか雰囲気がかなり変わった国王陛下に戸惑いを感じながらも、瑞樹は彼の対面へ座る。


「今の余は…ではなく儂は国王陛下では無くイグレインだ。故にお主も忌憚の無い発言をするが良いぞ」


 確かに今の彼は国王陛下の時とは違い随分と朗らかで、威圧感もそれ程瑞樹に感じられなかった。だがそんな簡単に改める事は出来ず、困ったように目を泳がせている瑞樹に見かねたのか、再び国王陛下…もといイグレインが切り出す。


「さて最初は何から話した物か…お主は何から知りたい?何か希望はあるか」


 聞きたい事は色々ある、知りたくない事実もある。瑞樹は悩んだ末に最初の質問を決め、イグレインに視線を向ける。


「ではイグレイン様にお聞きします。あの日謁見の間での真意を教えてください」


 瑞樹の問いに彼は一度目を閉じ、顎の髭を弄る。直後瑞樹をとても真剣な眼差しで見つめる。


「ふむ。それを話す前にまず儂の固有魔法について語らねばならんのだが…これは王族とごく近しい従者のみにしか明かされていない物だ。故に万が一流布されるような事があれば…言わずとも分かるな?それでもお主は望むか?」


 目つきが変わった理由はそれかと、瑞樹は固唾を呑みながらも得心する。そして聞かれずとも瑞樹の答えは決まっていた。


「はい、決して公言しないと誓いますので是非私に教えてください。私は貴方の真意が知りたい」


 瑞樹の瞳は、その覚悟の強さを雄弁に語っていた。その意思を汲み取り、イグレインはにやりと口角を上げる。


「その意気や良し。なれば儂も全てを放そう。儂、と言うより王族にのみ許される神が一柱だけ存在する。それが時を司る神だ。」


「時、ですか」


「いかにも。そしてその神を司る者に許される唯一の魔法、それが[予知]だ」


「予知…ですか。では初めからこういう結果になる事をご存じであのような行動を取ったという訳ですか?」


 瑞樹は驚きと困惑が混じった様子でイグレインに問いかけるが、彼は忌々しそうな顔で吐き捨てるように答える。


「いや、そんな便利で融通の利く物では無い。何せ発動するのは寝ている時…しかも一度しか見る事が許されん。全く…ふざけた魔法だ」


 そう言いながらイグレインは舌打ちをする。その様子を見ていた瑞樹はどう返せば良いか分からず固まっていると、その視線に気付いた彼が身なりを直して説明を続ける。


「儂の愚痴はさておき、先程述べたように融通の利かぬ魔法でな。夢の中では事細かに体験しているかもしれんが、一度目を覚ませばすぐさま忘れ始める。故におおまかに何が起こるのか程度しか記憶に留まらぬし、しかもこの魔法は勝手に発動するくせに魔力を全て消費するのだからたまった物では無い」


 段々と苛立ちを募らせるイグレインに、瑞樹は愛想笑いで返すより他無かった。ともかくその予知、というより予知夢が行動の根幹にあるのは瑞樹も理解したが、それがどう自分に繋がっていくのかが未だ不明のままで、恐る恐るイグレインに尋ねる。


「そ、それが私とどう繋がるのですか?」


「むん?おぉそうであった。そこで目を付けたのが異世界人である橘瑞樹、お主だ。お主の存在自体はメウェンと会って何かをしている頃から知っていたが、その頃はよもやこんな事になるとは微塵も思わなかったので放置していたのだ」


「放置って…そんな頃から私の存在が知られていたのですか!?…メウェン様、いや教会?でも…」


 個人の秘密は守られるのでは?という前にイグレインが手を挙げて制止する。


「無論メウェンに直接問うた訳では無いし、恐らくお主を鑑定した司祭とその上司辺りがそう画策したのだろう。確かに守秘義務はあるが儂からの要請ともなれば逆らえん。故に守秘義務を全うした司祭を裁く事は無いし、お主が情報を漏洩したと教会に憤慨するのもお門違いだ。それにお主の魔法を知ればそうしたくなるのも頷ける」


「ではいつから私を放置出来なくなったのですか?」


 瑞樹は胸中に少しずつ募る不満を押し込めイグレインに問う。


「予知を見たのは確か八月頃で、その辺りから密偵にお主の事を監視させていた」


 八月頃は瑞樹がアートゥミでバカンスに興じていた頃で、その頃から監視されていたという事はと、瑞樹の頭に不安が過る。


「まさか、ドレイク卿の一件もご存知ですか?」


 あの時ファルダンが書いた報告書には確かに瑞樹の名前が記載されていなかった。確かにそれは事実のみしか書かれていない、ただし真実からも程遠い。国に対して欺瞞行為を取ったとすれば何かしらの処分が下されるのではと、瑞樹は不安を感じていた。


「無論お主が関与している事も含めて委細承知している。国に対して欺瞞行為など褒められた物では無いが、それ以上にお主を観察していた密偵から興味深い情報が送られて来たので、今回だけ不問とした」


 瑞樹はその言葉に胸をほっと撫で下ろしイグレインにの言葉に耳を傾ける。


「その情報とはお主がドレイク卿と対峙した時に少しだけ黒い靄を見せたとあってな、それだけなら別段どうという事は無いのだが、密偵はその時のお主に凄まじい力と恐怖を感じたそうだ」


 話しの意図が見えてこず、瑞樹は首を傾げる。あくまでそれは密偵個人が感じただけで、それこそどうという事は無いように彼は思っていたがそうでは無く、さらにイグレインが続ける。


「密偵とはどんなに過酷な状況であろうと、それこそ敵地のど真ん中だろうと情報を持ち帰らねばならぬ。謂わば精鋭中の精鋭で、その者が斯様な報告をしたとあれば目を付けられても致し方無い。そしてお主の事を徹底的調べさせ、その結果が謁見の間での事だ」


「待ってください、話しが飛躍しすぎです。それとどう繋がるのですか?」


 イグレインは分からんのかといった様子で目を丸くしながら瑞樹を見やるが、分からない物は分からないのだから仕方無い。イグレインがふうと息を吐いた後、再び語り始める。


「お主を調べた結果分かったのは、お主が精神的に脆弱である事、お主と近しい縁の者に異常な執着心を持っている事、そしてもう一つは推測の域を出なかったが、精神が不安定になると黒い靄が発生するのではないか?という事だ」


 「閣下的にそれは事実だったが」とイグレインは付随するが瑞樹にとってはそんな事関係無い。少しずつ頭の中ではまるでパズルのように、一つずつピースを嵌めるように真相が見えてくる。ただそれは瑞樹の暴走を誘発させかけていた。


「ですが何故あの場で、あのような真似をしたのですか?推測にしろそこまで理解していて危険を冒す意味が分かりません」


 少しずつ感情を抑えきれなくなっている瑞樹は、語気を強めながらイグレインに問いかける。彼も瑞樹の変化を察しているようで頬には冷や汗が伝っていた。


「これは儂らにとっても賭けだった。お主の力の根源、お主が異世界人である事。それらを加味した結果、敢えてお主を憤慨させて力の発現をより促進させようとしたのだ」


「…それで貴方は、関係の無い人を巻き込んだのですか!そんな賭けの為に!」


 瑞樹は卓を手で叩きつけながらイグレインを睨み付ける。その身体は既に吸収の魔法が漏れ出ていた。そんな瑞樹を見た彼も思わず感情的になり、その心中をぶちまける。


「お主に儂の何が分かるか!儂の背中には民と国そのものを背負っている、儂が好きでそのような賭けをしたと思うてか!」


 その言葉に瑞樹は一気に冷静になる。文字通り背負っている物が違う、国の頂点でしか知り得ない苦悩も計り知れぬだろう。瑞樹は手を強く握りしめながら「申し訳ありません」と謝罪する。ただ仕方無い事だと頭では理解しようとしても、心はそう認めてくれなかった。


「いや…良い。儂も熱くなり過ぎた、許せ。お主と近しい者を巻き込んだ事も含めお主には悪い事をしたと思っている。本来それをやるべき筈の儂が、お主に全てを背負わせてしまったのは事実なのだからな」


「誰かを守るとは…とても難しいですね」


「そうだな。そう願っても全てを守るのは存外難しい、故に選択をせねばならん。」


 事の真相が明かされ二人はほっと一息つくのかと思えば、瑞樹はそのまま次の話題に入る。ただそれは、瑞樹にとって心の底から聞きたくない事だった。


「話題を変えましょうイグレイン様。…最後にお聞きしますが、今日ここへ来る途中度々私の事を卿を付ける方がいましたが、それは何の意図があっての事でしょう」


 瑞樹の鬼気迫る表情にイグレインは一度目を伏せ、再び意を決して口を開く。


「お主には大変申し訳無いが、本日を以て伯爵の爵位を授ける事になる」


 その言葉に瑞樹は、折角冷やされた頭を一気に沸騰させて激昂する。


「そんな簡単に決めないでください!それってつまり…帰れないって事じゃないですか…!」


 顔を俯かせながら、遂には目から大粒の涙を流す。これにはイグレインも「済まない」としか返す事しか出来ず、ひたすらに瑞樹の恨み辛みを聞いていた。ひとしきり瑞樹の呪詛を聞いた後、反論という訳では無いが、イグレインが口を開き弁明する。


「これはお主を守る為でもあるのだ」


「そんなの結構です、むしろ迷惑です」


 取り付く島もないとはまさにこの事だろう、瑞樹は頑なに耳を傾けようとせず、つんとそっぽを向いていた。この様子にイグレインははぁと溜め息を吐きながらも口を開く。


「まぁ聞け。此度の件でお主の存在は貴族諸兄らに知られ、お主の存在は知らずともその偉業は国中で語り草となっておる。…それとお主鑑定の結果を持っているであろう?それを儂に見せてみよ」


 瑞樹は訝し気に首を傾げながら、レヴァンから渡されていたその羊皮紙を彼に手渡す。その結果を見て彼は「やはりか」と小さく呟き、再び瑞樹に視線を戻す。イグレインの意図とは一体何か、瑞樹はその言葉を不本意ながら待つしか無かった。

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