その知識取り扱い注意につき

 瑞樹とファルダンは今、街からほど近い採掘場に向かっていた。先日話した水銀があるか確認するためだ。ただ、本当はファルダンが一人で行く予定だったのだが、瑞樹は無理を言ってついてきていた。水銀鉱の特徴が分かるのは現在瑞樹しかいないし、口頭で伝えるには限度があり、瑞樹自身が直接現地で確認した方が圧倒的に手間が省ける。それでも瑞樹を連れていきたくなかったのには、こんな理由があったからだ。


「おやファルダン様、お出かけですか?」


「いやはは、少々用がありましてな」


 瑞樹は先日の写真関係の話しを詰めに、またファルダンの元に出向いていた。だがファルダンはどうやらこれから出かけるらしいのだが、それにしてはよそよそしいというか、何かを隠しているような墳きいだった。訝しんだ瑞樹はファルダンに尋ねてみる。


「ファルダン様、何か様子がおかしくありませんか?」


「そんな事はありません、いたって普通ですぞ」


 あからさまに怪しい、いつものファルダンとは思えない程挙動不審だったが頑としてファルダンは口にしない。埒が明かないと思った瑞樹はカマをかけてみる事にする。


「そういえば先日の水銀の件ってどうでしたか?」


「え、えぇ勿論今確認中です。近日中には瑞樹殿にも報告出来ると思いますぞ」


 水銀というワードが出た時、少しだけファルダンの表情が固くなったように瑞樹は感じた。ははぁと瑞樹はピンと来て、悪いそうな笑みを浮かべる。


「もしかして侯爵殿、これから採掘場に行くんですか?それなら俺も行きたいのですが」


「ふぅやれやれ、この程度の嘘も隠せないとはわたくしも老いましたな。確かにこれから採掘場に向かいます。が、瑞樹殿は連れていく訳にはいきません。なぜならー」


 観念したファルダンは深く息を吐いて真意を話し始める。曰く、これから向かう採掘場、というよりもこの近辺の他の採掘場も含めて全て他の貴族の持ち物だそうで、そこで万が一瑞樹が異世界人である事がバレたらとても厄介な事になる可能性が高いから声をかけなかったらしい。今まで比較的良い貴族にしか会った事が無いのでそんな事知る由もなく、やはりそれが普通かと瑞樹は酷く苦々しい気分に陥る。


「ならばやはりファルダン様と一緒に出向いた方が良いのでは?そういう人がいるのならどちらにせよバレる可能性もある。それなら私はファルダン様と親しい関係を築いているんだとアピールすればそう簡単には手が出せなくなる筈です。まぁ相手が余程の愚か者で無ければですけど」


「ふぅむ、確かに。いつか知られる可能性がある以上は、手が出せない状況を作った方が安全かもしれませんな。良いでしょう、瑞樹殿の同行を許可します」


 と、一悶着あったが無事に同行する事となった。途中までは登山者と一緒に歩いていたが、道中の分かれ道からは人気の無い道の方へと歩みを続ける。瑞樹達以外人の気配は無いが、輸送等の事を考慮されているらしく砂利でしっかりと整備されているのでとても歩きやすくなっていた。


 歩く事一時間程、瑞樹は肩で息をするほど披露していたがファルダンは変わらず涼しい顔をしていたので、瑞樹は堪らずどこが老いているんだとツッコミを入れたくなったが、とりあえず採掘場の入り口に向かうのが先決だと心の中に留めて置く事にした。


「瑞樹殿はここで待っていてください、ここの管理者に挨拶をしてきますので」


「はい、分かりました」


 そう言ってファルダンは採掘場の入り口脇に建っている建屋へと向かう。ここは管理者及び労働者の簡易宿泊所として利用され、木々が鬱蒼としているこの場所の風景にはあまり似つかわしくない程巨大で立派だった。


「お待たせしました」


 待つ事数分、中からファルダンと見知らぬ男性が一人出てきた


「紹介しましょう、こちらはダニエル殿でここの管理者ですな。そしてこちらが瑞樹殿、最近知り合ったのですがなかなか面白い方ですぞ」


「初めまして瑞樹殿、ご紹介に預かりましたダニエルと申します」


 ダニエルと名乗る男性は白髪混じりの茶髪で小さな眼鏡をかけている。そして何より採掘場で働いているにしては随分とひょろっとした体型だ。上の立場ともなると自ら動く事は無いという事かと瑞樹は心の中で独り言ちる。


 挨拶も程々に、瑞樹達は中へ入ろうとするが、その前に入り口に程近い場所に乱雑に置かれた石が瑞樹の目に入る。それは遠目でも分かる程の毒々しい朱色、まさかと思いつつも胸の高鳴りを抑えきれない瑞樹はそれに近づいてみると、やはり水銀の元となる辰砂と呼ばれる鉱石だった。


「それは顔等に使う染料として重宝されてまして見た目とは裏腹に中々良い値段になるのです」


 ダニエルがそう説明していたが瑞樹の耳にはまるで入っていかない。そんな事よりももっととんでもない物を発見してしまった。見た目が白い石、瑞樹の胸の高鳴りはいつしか気分が悪くなる程のざわめきと変化していた。


「その白い石が気になりますか?それは肥料で使用されていますがそのくらいですね、所詮は庶民向けの品で大した値にはなりません」


 ダニエルの言葉の端々にトゲを感じる、貴族に雇われているとこんなにもひねくれるものなのかと瑞樹は肩を竦めるていると、何かを感じ取ったダニエルが瑞樹に尋ねる。


「随分とそれに興味があるんですね、もしかして他にも使い道があるんですか?」


 ダニエルに他意は無かったのだろうが、瑞樹はそう思っていない。これの使い道を知っているからこそ冷たく突き放す。


「いえ…いや、知らない方が良い」


 瑞樹はそれ以上は何も言わなかった。無言の圧力、これ以上は聞いてくれるなと目が語っている。異常とも言える今の瑞樹の様子にファルダンは初めて瑞樹の事を恐ろしいと感じ、これ以上は危険だとファルダンは早々に切り上げるよう促す。


「ほっほ、早いですが用は済みましたな。ではダニエル殿、我々はここで失礼いたします」


「えっもうですか!?まだここに来て全然経っていませんが」


「いえ、わたくしの用事は全て済みましたので、ではこれにて。さぁ瑞樹殿、戻りましょう」


「は、はい」


 ファルダンに話しかけられて瑞樹はハッと我に返る。ただ、瑞樹は自身の表現出来ない感情の暴走にとても困惑しながら帰路に着くはめになる。


 帰路の道中、重苦しい雰囲気をファルダンが切り裂く。その表情は真剣そのものだ。


「瑞樹殿、一つだけ聞いてもよろしいですかな?」


「答えられる範囲であれば」


「水銀の元となる鉱石は分かりましたが、その後に見ていたあの鉱石…あれはそれほどまでに危険な物なのですか?」


 それは至極当然な疑問だった。異世界人が知らない方が良い、と断じる程の代物を気にするなと言う方が無理な話しであった。正直瑞樹は話したく無かったが、瑞樹はファルダンを信じてほんの少しだけ吐露する。


「そうですね。危険です、とてつもなく。最悪この世界の根幹に関わる程に危険な代物です」


「そうですか。ではこの話しはもうおしまいにしましょう。後、この件は他言無用という事でよろしいですかな?」


「そうしましょう、その方が良い」


 二人はそれ以上言葉を交わさず別々の帰路に着いた。知って欲しく無い瑞樹と知る訳にはいかないファルダン、別れるまで重苦しい空気は晴れる事が無かった。


 瑞樹が見つけてしまった白い鉱石、それは人類史における兵器の全ての始まりと言っても過言ではない物、それは火薬…の元になる硝石だった。現代で使用されている爆薬と比べると大分ちゃちな物だが、その分黒色火薬というのは簡単に作れてしまう。木炭と硝石、そして硫黄があれば適量を混ぜて乾燥させるだけで出来上がりだ。硫黄にしてもここは温泉が湧いている、という事は硫黄があってもなんら不思議は無い。


 黒色火薬を大量に用意出来れば人を殺める事なぞ簡単に出来てしまう、この世界には少なからず魔法の扱いに長けていない人もいる。それは侮蔑され、果ては迫害の対象となる。そのような境遇の人間がこれを知ってしまったらどうなるか、個人の復讐で住めばまだマシで、最悪は今の王政を快く思っていない人間が使えば、それこそ世界の根幹に関わる大事件になる。


 瑞樹が元の世界で読んでいた異世界物の主人公は大抵現代の知識をドヤ顔でひけらかし、絶賛されるのがお約束だが残念ながらここは現実だ。そんなものを世に広めてしまえば危険分子として本命公開処刑、対抗ひっそりと死刑、大穴死ぬまで強制労働のようにバッドエンドを迎える事になる。


 異世界の知識は確かに素晴らしいが、全てを教える訳ではなく本当に伝わって良いかの分別が重要になる。瑞樹自身の保身の為にも、この世界の安寧の為にも。

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