街の裏の顔

 瑞樹達は商談の後、ファルダンに宿泊のお誘いを受けたがおとなしく宿に帰る事にした。勿論ファルダンの心遣いはかりがたかったのだが宿にシルバを放っておく訳にもいかず、それに心配は無用だろうと思うが、念には念を入れて襲われないように対処しようと二人で決めたのだ。ファルダンもそれ以上は引き止めずに、


「では気をつけてお帰りください、また後日良い商談をいたしましょう」


と別れの挨拶を交わしながらも既に次回に期待を膨らませていた。その逞しさを少し羨ましく思いつつ、二人は帰路に着いたのだった。


 翌日朝食を済ませた後、瑞樹達は今日は湖の方で遊ぶ段取りをする。まずは水着が欲しいと瑞樹は提案したがビリーに何だそれ?と変な顔をされる。


「水着?何だそれ、普通は下着か裸だぞ」


 ビリーが言うように、この世界ではまだ水着の概念が無い。現代でも百年~二百年程の歴史で、人類史の中では比較的新しい分類に入る。買う手間を省けた瑞樹達は、替えの下着やタオルを部屋で準備して湖の方へ向かう。日差しが容赦無く襲ってくる今日はまさに絶好の水浴び日和だった。


「お~、昨日の夕方も結構いたけど日中は凄いな。人がたくさんいるぜ」


「そりゃそうだ。この辺で一番大きい湖だからな。おまけにこの暑さだ、観光客だけでなく、そこらの住人も大挙して来ているだろうよ」


 二人の眼前に広がる風景はさながら有名海水浴場と言った感じに人がごった返していた。遊泳はこの世界での数少ない娯楽で、そこに人が集まるのは当然といえば当然だろう。二人は人ごみをかき分けて進み水際へと近付く。引きこもりがちだった瑞樹にとって、海の思い出などろくに無かったが子供のようにはしゃぎウキウキだった。


「さぁて、軽く泳いでみますか、って思ったけどあんまり泳いでいる人いないな」


「まぁこの格好で泳ぐのもしんどいしな。大抵はゆったり浮かんでるか水際で遊ぶかって感じだろ」


「ふ~ん、そうなのか」


 元の世界でも海水浴場で本気で泳いでいる人なんて意外といなさそうだしなと、瑞樹は独り言ちる。ちなみにシルバはこれほど巨大な水場を見るのは初めてなのだろうか、いつものクールさはどこへやら、尻尾をぶんぶん振って水際でバシャバシャと戯れている。


「じゃあ折角だからちょっとやってみたい事があるんだけど」


「何が折角なのかは知らんがやってみたい事ってなんだ?」


 瑞樹の頼み事はいつもろくな事が無いとビリーが訝しそうな視線を送っていたが、その予感は概ね当たっている。その頼み事とは砂場に埋めてもらう所謂リア充特有のアレだ。こんな機会以前の自分sうぁは考えもしなかったが、これは千載一遇のチャンスだと思い切って頼んでみた。


「別にやりたいってなら良いけどよ、埋まって何が楽しいんだ?」


「ふっふっふ、何事も経験だよビリー君。お~い、シルバちょっと来て~」


 いつの間にか近くにいた子供達と戯れていたシルバを呼び戻す。何故かは知らないが子供達はシルバに慣れている様子であった。瑞樹は不思議に思いながらもシルバに命令を下す。


「良しシルバ、ここ掘れワンワンだ!」


 なに言ってんだコイツみたいな表情をしながら、命令通りシルバは穴を掘り始める。掘り終わるのを待っている間、ふと周囲を見たら先程までシルバと遊んでいた子供達も群がって来た。


「ねぇねぇなんでここ掘ってるの?」

「お宝でもあるの?」


 少年少女達はやいのやいのと瑞樹を質問攻めにするが、まるで聞き取れず取り敢えず一つだけ返答してみる。


「これから掘った穴に俺が入って埋まってみるんだよ、だから宝探しとかじゃないからな」


「え~、それって楽しいの?」

「なんでそんなことするの?」


「楽しいかは置いといてだ、どんな感じかはやってみなきゃ分からないだろ?」


「変なの~」

「俺達はあっちで遊ぼうぜ」


 子供達は興味を無くしたようで、何処かへと走り去る。やれやれと瑞樹が肩を竦めていると、ほどなくして掘り終わり中へと入ってみる。そこは結構温かく、さらに上から砂をかけられると汗ばむ温度となり、完全に砂風呂状態になっていた。


「どうだ?お望み通り埋めてやったぞ」


「あぁ、結構気持ちいいなコレ。まるで風呂に入っている感じかな」


「砂で出来た風呂なんて纏わりついてむしろ気持ち悪いと思うけどな」


 ビリーは片眉を吊り上げて不思議そうに眺めていたが、当の本人はご満悦な様子で蕩けている。この砂風呂、温泉成分が沁み出した極上ものであり美容や健康にとても効果があるのだがこの時は誰も知らず、勿論瑞樹自身もそんな事知る筈もなく、傍から見れば阿呆面を晒して埋まっている変人にしか見えなかった。砂風呂を堪能しながら時は進み、気づけば夕暮れになっていた。


「いやぁ今日は堪能しちゃったな、何故か身体の調子も良いし」


「じゃあどっかで飲んでこうぜ、お前のおごりでな」


「うぇ、また俺のおごりかよ。たまにはお前もちでも一向に構わんのだが?」


「そう言うなよ、金持ってるのお前なんだからさ。ケチケチするなって、こういう場所ではパーッと使うべきだって」


「なんだかなぁ」


 お財布の中身にしか興味が無さそうなビリーに若干不満を覚えつつも、二人は宿から程近い場所で酒盛りを楽しんだ。それこそ日付が変わるまで。翌日二人はというと案の定完璧に二日酔いになり、瑞樹が起きる頃には昼飯の時間となっていた。


「うぅ…気持ち悪い。いくらなんでも調子に乗りすぎたかな…」


 ベッドから起き上がると、やっと起きたかと言わんばかりの表情でシルバが俺を睨んできた。早くご飯をあげないと自分が齧られそうな雰囲気に瑞樹は思わずげぇっと唸る。


「って事はビリーは未だに寝てるのか…仕方ない、行くぞビリー」


 頭痛と気だるさを我慢しつつ、瑞樹はシルバを引き連れて一階の食堂へ向かう。食堂はいつも通り盛況で、平生は気にならない冒険者達の喧騒が頭に響くので、瑞樹はさらに気分が悪くなっている感じがする。


「おや、ようやく起きてきたのかい?まぁ呼びに行く手間が省けて良かった。あんたにお客さんだよ」


 ギルドマスターが呆れた様に瑞樹の前に立ち、そう告げる。


「んぇ?俺に客?誰ですか?」


「ほっほ、先日はどうも世話になりましたな」


 瑞樹の目の前に現れたのはまさかのファルダン侯爵その人で、まさか侯爵自ら出向くとは思わず、瑞樹は急いで姿勢を正す。


「ファルダン様どうしてこちらに?というか客とは貴方だったのですか?」


「その通りです、あなたに会いに来たのも少しお話しをしたい事があったのですが一度退散した方がよろしいですかな?見たところ随分と具合が悪そうですが」


「いや大丈夫です。わざわざ出向いてもらったんですから無下には出来ません」


「そうですか、では遠慮なく」


「あっと、ちょっと待ってもらえますか?先にコイツにご飯をあげてきますんで」


「えぇ、ではわたくしはここで待っています

ので。」


 シルバにご飯をあげて部屋に連れ戻した後、再びファルダンの元へ向かう。この時瑞樹は微塵も気づいていないが、侯爵を待たすなどなかなか良い根性をしている。ともかく瑞樹は一抹の不安を覚えつつ急いでファルダンの元へ向かう。


「お待たせしました」


「いえ、こちらも急に押しかけてしまって申し訳ない。実は先日の件の試作品が完成しましてな。一度見てもらいたくてそのお願いに来たのです」


 お茶を飲みながら優雅に待っていたファルダン、どうやら不興は買っていないと瑞樹はほっと胸を撫で降ろす。


「もう出来たのですか!?随分と早かったですね」


「とは言ってもまだ試作段階ですのでサイズを小さくした模型品ですがね。あなたの思い描くそれとどれくらいの差異があるか確認したいのですよ」


「そういうことでしたら…そうですね明日でもよろしいですか?お察しの通り今日は少し具合が悪いのでちゃんとしたアドバイスが出来ないと思いますので」


「ふむ、了解しました。では明日の同じ時間に来ますので、それでよろしいですかな?」


「いえ、今度は俺が出向きます。侯爵殿に何度もご足労いただいては申し訳ないですし」


「おやそうですか、逆に気を使わせてしまったようで申し訳ない。では明日のこの時間にわたくしの屋敷の方まで来ていただけますか?」


「はい、分かりました。必ずお伺いします」


「よろしくお願いします、ではわたくしはこの辺で失礼いたします」


「はい、ではまた明日」


 別れの挨拶を交わした後、瑞樹はお茶を一口啜る。注文したは良いが飲むのを忘れてしまいすっかり冷めていたが思考を巡らせるには丁度良い。しかしまさか数日で試作品が出来るとは、瑞樹は驚きながらも早く現物を見たいと期待に胸を膨らませる。


「ちょっとちょっと、いつの間に侯爵なんかと知り合いになったのさ。しかも随分と親し気だったじゃないか」


 思案に耽っているとギルドマスターがずずいっと瑞樹の方に近づいて来た。どうやら盗み聞きをしていたらしく、その表情はまるで子供のように無邪気だった。


「それで侯爵の言っていたものって何だい?聞かせておくれよ」


 ギルドマスターがどんどん顔を瑞樹に近づけてくる。暑苦しいし何より威圧感が半端なく、瑞樹は引きながら口をへの字にしている。


「それは言えません、ファルダン様と約束事があるので。そもそもギルドマスターともあろう方がそういうのを根堀り葉堀り聞こうとするのはあまり良い事とは思えないのですが?」


「そんな固い事を言わないでおくれよ。ただ心配なだけさ、あの人に騙されているかもしれないし、何よりこの街に害を及ぼすような事であれば排除しないといけないしねぇ」


「心配してくれるのは有り難いですけど、それは無いですよ、多分。そもそもあの人って町長なんでしょう?そんな人が街を危険に晒すような真似すると思いますか?」


「何事も用心さね、万が一って事もある。用心しすぎも良くないけど、それでもハナっから人を信じるような人間だとこの先苦労するだろうからね。年長者からのアドバイスさ」


「お気遣いどうも」


 貴族相手に何と言う爆弾発言をするのだろうと、瑞樹はさらに顔を引きつらせるが、何事も疑ってかかるという点だけは自身も賛成だった。どんな時代でも馬鹿を見るのは大抵正直者であり、自分がそうならない為にも欺く側に回る、とまでは言わないにしても相手の意図を読み裏をかく、そんな気持ちで対応していきたい。二日酔いの頭で思考したせいかさらに頭痛が酷くなり、瑞樹は二度寝を決意するのであった。

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