番外編[自分に合ったお仕事]

 その日の朝、瑞樹はビリーと口論になる。事の発端はビリーがこんな事を言うからだ。


「お前、仕事変えた方が良いんじゃね?」


 瑞樹は大いにショックを受ける。自分でも狩りにはいまいち役には立っていないと、負い目を感じていながらも精一杯努力していた。それでも駄目だったならはっきり言ってほしかった「邪魔」と。


「役立たずってなら、そうはっきり言えば良いのに…!」


 瑞樹はほんの少しだけ目を赤くし、口をへの字にする。ビリーはというと、またこいつ変な勘違いしてんなと思いつつ、眉を上げて面倒臭そうな顔をしている。


「あぁん?何言ってんだお前、誰もそんな事言ってないだろ。そりゃ確かに足手まといに思った時もあったけど今はもうそんな事無いだろ」


「ほら、思ってるんじゃん!なら何でそんな事急に言うんだよ」


「お前ってつくづく面倒臭い奴だな、つまりだなー」


 瑞樹は自分でも面倒な奴と自己評価している。冷静に聞くと、曰くお金にも余裕が出来てきたしもう少し安全な仕事でも良いんじゃないか?との話しで、ビリーは引き続き狩りを続けるがシルバも付いていくし、瑞樹がいなくても問題無いだろうって考えである。成る程そういう事かと瑞樹は納得しながらも、早とちりして勝手に勘違いする癖を治さないとと、大いに反省する。ともかく、瑞樹はビリーがそう言うならと提案に乗ることにしたが、他で働くにしてもあてが無い、どうしたものかと考えていたらビリーが助言してくれる。


「ギルドマスターに相談すれば良い、あの人なら何かしら斡旋してくれるだろ」と。


 確かにあの人町長も兼任してるし何かしら仕事を紹介してくれるかもしれない。そんな訳で瑞樹はギルドの方へやって来た、中はいつも通りむさ苦しい男が一杯いて、埃っぽさも三割増しな気分になる。


「姉御!お疲れ様です!」

「姉御!今日はどうしましたか!」

「姉御!今日もお美しい!」


「やかましい!男にそんなん言われても嬉しく無いわ!さっさと散れ!」


 アンデッド討伐戦以来、ここの連中は瑞樹の事をあくまで尊敬の意味で姉御と呼んでいる。女装を趣味にしていたから若干面映ゆくはあるが、こんなむさ苦しい連中に言われても正直キモい、襲われないかとヒヤヒヤしている。瑞樹は郎共を退けつつ、受付のお姉さんの方へ向かう。


「どうもこんにちは、ギルドマスターいます?ちょっと相談したい事があるんですけど」


「あら、瑞樹さん。随分と人気者になりましたね。えっと、ギルドマスターは部屋にいると思います」


 この場唯一の癒しである受付のお姉さんが、にこやかに笑いながら瑞樹をからかう。これには瑞樹も苦笑いで返すしか無かった。


「勘弁してくださいよ、…じゃあちょっと部屋の方へ行ってみますね」


 階段を上がりいつもの部屋へ行く。コンコンとノックすると、「入って良いぞ」と返事が返ってきた。瑞樹は失礼しますと一礼して、中に入る。


「おう、瑞樹か。今日はどうした?」


「はい、ちょっと相談したい事がありまして」


「分かった、話しを聞こう。…っとその前にお前今登録証持ってるか?」


「えっ?はい、一応持ってますけど」


「ちょっと貸してくれ」


 瑞樹が銅色の登録証を渡すとすぐ、部屋から出ていった。何事?と首を傾げて少し待っているとオットーが帰ってきた。その手に見慣れぬ色の登録証を携えて。


「待たせたな、ほらお前の登録証だ。どたばたしていてすっかり忘れていたが今日からお前は銀色、上級冒険者だ。受け取ってくれ」


 銀色の登録証、それは上級冒険者の証だ。そういえば浄化魔法を持っているだけで上級扱いになるんだったっけ。瑞樹は少し前に聞いた話しをぼんやりと思い出す…でも自分が上級冒険者なんて大丈夫かな?瑞樹が不安の色を顔に出すと、オットーも察したのか口を開く。


「お前が不安に思うのも無理もないが諦めろ、これは決定事項だ。まぁ余程の事が無い限りは魔法以外ヒヨッコのお前を呼びつけるつもりは無いからそれは安心しろ。…それで?話しが逸れてしまったが相談ってなんだ?」


「あっはい。実はですねー」


 話しを上手く逸らされた瑞樹は、自分が上級に上がった実感も無く晴れて上級冒険者の仲間入りを果たす。オットーの巧みな誘導に促され、先程の話が頭からすっぽり抜け落ちた瑞樹は、当初の目的を果たす為事の経緯を話す。すると無精髭を弄っていたオットーが何やら思いついたらしく、こんな話しを持ちかける。


「それならちょうどお前に良い仕事がある、ここの給仕だ。この前一人辞めてな、補充しようと思っていたんだ」


 瑞樹は利用した事が無いので結構忘れがちになるが、ギルドの一階は酒場が併設されている。そこに給仕が三人いるのだが、その内一人がつい最近辞めたでその代わりという訳だ。


「それなら俺でも出来そうですね」


「ちなみに給仕の制服は女物しか無い」


 さも当然の如く宣言するオットーに、瑞樹は思わず「えぇ…」と声を上げる。女装自体は抵抗無いのだが、この酒場でそんな服を着たらここの連中に襲われそうで怖い。野獣の檻に生肉の餌を提供するような物だ。


「勿論報酬は上乗せしよう」


「分かりました、やります」


 勿論瑞樹はお金に目が眩んで即決した訳では無い、生きていくにはお金は多い方が良いと、高度かつ柔軟に、臨機応変に対応した結果であると付随しておく。


 ならば早速という訳で一階に向かい、従業員用の更衣室へ向かう。ちなみにこの更衣室、男女兼用との事。瑞樹が「それは男女兼用では無く、今まで使う男がいなかったからでは?」とオットーに問うと、「そんな事は無い、初めから男女兼用にしてあるし、従業員にも採用時に伝えてある。偶然男の給仕が今までいなかっただけだ」と返される。オットーの屁理屈に瑞樹はじっとりと視線を送るが当の本人は素知らぬ顔だ。


「じゃあ、これを着てみてくれ」


 それはエプロンドレスの様な物で黒を基調としたワンピースに、白く肩や前掛け部にはヒラヒラのフリルがついていた。ただ丈が短くスカートが膝上までしか無い。瑞樹は女装の趣味はあるがスカートは滅多に履かない、いつもはズボンを履いていたのだ。公衆の面前ではTPOを弁えるのが女装の大前提であり、瑞樹の信念でもある。


 一応瑞樹はオットーにズボンの着用をお願いしてみたが、一言却下と、ぴしゃりと言われてしまったので、否応無しにその制服を着る事となる。ちなみに一応スカートの丈に意味があるか尋ねてみると、オットー曰く酒場の給仕というのは良くも悪くも忙しくなりがちで、店内を動き回る場合は丈が短い方が都合が良いのだとか。こっそり色仕掛けの面が無いわけでは無いとも言っていたのは内緒である。


「良し、着替えたな。お次は二人の先輩に顔合わせだ。お前ら入って良いぞ」


「はいよっと、この子が言ってた子かい?こりゃ驚いた、顔自体は見覚えがあるけどこれで男なんて信じられないねぇ」


「うん…ボクちょっとショックかも…」


 オットーが声をかけると、外で待っていた二人の女性が入ってきた。最初の人がハンナ、赤い髪をポニテにしてちょっぴり顔にソバカスの目立つ親しみやすい人で、もう一人がシーラ、青い髪を耳くらいで切り揃えてあり、とてもボーイッシュなボクっ娘である。


「橘瑞樹です。早く慣れるよう頑張りますので、よろしくお願いします」


「そんなにお堅くならなくても大丈夫だよ、仲良くやってこーぜ?こう見えてあたしらも少し前は組んで冒険者をやってたんだ」


「へぇ、そうなんだ。それがどうして給仕に?」


「実入りが少なかった、って訳でも無いんだけど、やっぱりどうしても常に危険が付き纏うからさ。こうしてシーラと一緒に酒場の給仕を始めたんだ。でもまぁ、シーラは神力が結構高めだったから勿体無く思ったんだけどね」


「もう、ハンナ?それは二人で相談して決めたんだから、蒸し返すのは無しでしょ」


「あぁ悪い悪い、それはさておきこれからよろしくな、瑞樹」


「うん…仲良くしよ?」


「はい、じゃなくて…あぁよろしくな」


「うんいいね、たださその格好でその声と口調はよく無いかもね。あんな奴らでも一応は客だ、接客する以上は最低限のマナーってもんがある。そうだろう?ま、あたしは気にしてないけどね」


「ボクも気にしないけど、その姿だとちょっと気になるよね」


 ハンナはカラカラと笑い、つられてシーラも微笑む。両極端な性格の二人だが仲はとても良い。瑞樹も苦笑しながら先輩からの熱い指導を心の中で反芻する。郷に入っては郷に従え、言う事は聞いておくものだ。


「…どうです?これなら私も大丈夫ですか?」


女声に変えて話しかけるとやはり最初は驚くのだろう、二人は目を丸くしてまるで別人になったかのような瑞樹を見る。


「へぇ~、話しには聞いていたけどまさかそこまで変わっちまうとはねぇ!」


「う、うん。ボクもビックリした。…うぅ、声もそんなに可愛いなんてボクへこむなぁ」


 シーラは瑞樹よりも小さいその背をより小さくしてションボリする。その姿を見て瑞樹は思わず頭をナデナデしようと手を伸ばそうとするが、はっと我に返り首を振って邪念を振り払う。


「お前さんら、仲良くなるのは結構だが仕事を忘れんでほしいんだがな」


 さっさと開店の準備をしろと言わんばかりに頭を抱えて忠告する、三人寄れば姦しいとは良く言ったもので、オットーの横やりが無ければずっとお喋りに興じていただろう。


「あっはい、分かりました」

「へいへい、じゃあ仕事でもするか」

「う、うん今日も一日頑張ろうね」


 三人娘は仲良く更衣室から出てお仕事を始める。仕事内容はギルド内の掃除、注文受け、給仕と良くあるアルバイトだ。休憩時間は特に決まってなく、客がいなければその間は休憩にしても良いし、逆に客が一杯だと休憩する暇は与えてくれない。客が少ない方がこちらとしては好都合だが、それを口に出す程瑞樹は空気を読めない人間では無いので、心の中でこっそり呟くに止める。


 瑞樹はどんな客がいるか周囲をぐるりと見ると、流れの冒険者がそこそこで、ここを拠点にしている冒険者が大多数を占めているのが見えた。アンデッド討伐戦で顔見知りになった奴も多くいて、そんな訳かそいつらに盛大にからかわれるはめになる。


「おぉ!姉御その格好どうしたんですかい?まさかここで働くんですか?」

「いやぁその格好だとより女らしさが増すというか、もはや女より女っぽいな」

「ぶっちゃけモノにしたい」


 正直こうなるだろうと予想はついていたが、ここまでド直球だとげんなりする。瑞樹がやれやれと肩を落としているとハンナとシーラがずずいっと瑞樹の前に立った。


「やいやい!てめぇら!こいつに手を出したら承知しないからな!」


「う、うん。瑞樹に変な事したらボク達が許さないからね?」


 ハンナの赤く燃え上がる様な勢いと、シーラの触れたら凍り付きそうな凄みに、強面の冒険者達もたじたじで、瑞樹は二人がそう言ってくれた事に深く感謝し、女性に守られている今の状況に情けなくもあった。こういうのは自分で対処するべきだと瑞樹は決心し、ヤジを飛ばしてきた連中のテーブルに近づく。


「二人共ありがとう、でもここは私に任せて、ね?…オホン、えぇこれ以上私に関して騒いだ方は…股間を蹴り飛ばして金◯潰して差し上げますのでご理解下さいね?」


そう言い捨て瑞樹は薄く微笑む。その目は笑っておらず、どんなに研いだ刃物でも負けそうな鋭さだった。


「お、おっかねぇ…目が笑ってないぜ…」

「ありゃあマジでやる目付きだ、流石あのナリでアンデッドを壊滅させただけあるぜ…」

「…良い」


 お客様との楽しいご挨拶が済んだ所で、瑞樹は本格的にお仕事を始める。日中は冒険者達も依頼をこなすのであまり見かけないが、夕方くらいになると冒険者や他の一般人が来るのでなかなか忙しい、初日してはハードだった。


 夜九時の鐘が鳴り、酒場が閉店する時間になる。こうなると客も追い出され、先程の喧騒は何処へやら店内はしんと静かになる。瑞樹は気が抜けてしまい、床にどっかり腰を下ろす。


「あ~、疲れたぁ。二人共良く平気そうにしてられるね?」


疲労がピークに達していた私とは違い、二人はまだピンピンしていた。


「こんなのいつもの事さ、これくらいでバテてちゃこの先厳しいよ?でもあんたも仕事はすぐに覚えたじゃないか。初日してはかなり出来た方だよ」


「う、うん。瑞樹凄かった、慣れればもう少し楽になると思うから一緒に頑張ろ?」


「そっかぁ、二人共ありがとうね」


「お疲れさん、さっさと着替えて帰りな。あ、瑞樹に言い忘れていたが金は週に一度渡すことになっているから、覚えといてくれ」


「分かりましたぁ」


 瑞樹が気の抜けた返事をした後、三人で更衣室に向かう。疲れた頭があれ?いくらなんでも女性がいる中で着替えはマズイと、瑞樹は二人に言ったのだがまるで相手にされなかった。むしろー


「良いだろ減るもんじゃないし、他の野郎ならぶん殴る所だけどお前は別さ。あたし達も気にしないぜ?」


「う、うん。瑞樹は特別、それに瑞樹の身体…ちょっと興味あるかも」


 などと言う始末である。あえなく瑞樹は二人に連行され自分の目を覆いながら着替えるはめになってしまった。


「さて、と。じゃあな瑞樹、明日からもよろしくな!」


「う、うん。瑞樹、これからずっとよろしくね?」


 二人は顔を艶々にしながら帰路に着いた。一方瑞樹は変な気疲れで、大分老け込んでいる様な見た目になっていたが、眼福だったのは間違い無く、脳内メモリに永久保存が決定されていた。


 この町の夜はとても暗く。月の明かりが無ければなかなか出歩くのも苦労しそうなのにこの程度屁でもないと言わんばかりに、二人の後ろ姿はどんどん見えなくなっていく。ここの従業員はなんて頼もしいのだろうか、そんな事を考えながら瑞樹も帰路に着いた。


「あ~疲れた」


「おぅ、遅かったな」


 家に帰るとビリーは既に寝床の中で、目をしぱしぱさせている。それもその筈、家に着く頃には普通は寝ている時間になっていた。


「どうだった?というか何の仕事始めたんだ?」


「いやぁそれがさぁー」


 瑞樹はビリーに今日の出来事を教えながら今日の出来事を自分でも振り返る。新しいお仕事、新しい仲間、色々思う所もあったけどこれが自分に合ったお仕事なんだろう、と。

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