亡き者へ送る歌

 翌日ギルドへ行くと、二人は受付のお姉さんに呼び止められた。


「あ、ビリーさんと瑞樹さんこんにちは。昨日は大戦果だったみたいですね、その事が評価されて本日付けで中級冒険者への昇格となりました」


 昨日のオークの集落討伐が高く評価され、中級冒険者に昇格という話で、瑞樹は冒険者になって日が浅かったので本当に良かったのか疑問だったが、実力さえあれば日の浅さなど関係無い、との事。お世辞にも、そもそも自分でもそんな実力など無いと思っている瑞樹は、昇格に対してあまり良い顔は出来なかった。


「良いじゃねぇか、別に何でもよ。悪い事じゃ無いんだから素直に喜ぶべきだと思うぜ?」


 ビリーそう言われ、どちらにしても冒険者に拒否権は無く、上からの決定事項なので、ある種の戒めとして受け取っておこうと、瑞樹は渋々昇格を了承する。晴れて(?)二人は中級冒険者となり、登録証も銅色へとグレードアップしたのであった。




 凶報がもたらされたのは、それから数日後の事だ。[アンデッド属]の集団が西の街道に出現、夜営をしていた商隊の一団が壊滅的被害に合ったという。西の街道というのは瑞樹がこの地に初めて来た場所だ。


 アンデッド属というのは所謂幽霊っぽい奴らの総称で、冒険者等が命を落とし強い怨恨に魔素が反応すると、偽りの生を与えられそれが魔物化、それがアンデッドだ。初めは全てゾンビ体となり、人を襲ったりするとある程度経験値が溜まり、肉を捨て骨格だけのスケルトンへと進化する。さらに経験を積むと骨すら捨て、肉体を持たないゴーストへと進化する。さらに上位種が存在する様だが、詳しくは分かっていない。


 勿論冒険者ギルドとしては街道上にそんな化け物を放っておく訳にはいかず、即日冒険者による緊急の討伐隊が編成され、浄化魔法が使える上級冒険者パーティーが複数で事にあたった。


 アンデッド属というのは非常に厄介で物理攻撃では止めを刺せない、ゾンビ物にありがちな頭を潰せば倒せるという常識が通用しない。ゾンビやスケルトンであれば四肢を潰し、一時的には行動不能にする事が出来るが、放っておくと最終的にゴーストになってしまう。


 ではどうするか、答えは簡単で浄化魔法と呼ばれる魔法をを使う。これはアンデッド属に特功があり、止めを刺す唯一の手段である。その為浄化魔法を使える冒険者は大変重要で、かつ貴重であり、無条件で上級冒険者となる。それほどアンデッド属とは危険な存在であると認識されている。


 討伐部隊が出発したその翌日、町は騒然としていた。浄化魔法を使える冒険者パーティーが討伐に失敗、被害多数で敗走してきており、瑞樹達も前日見送った顔ぶれの殆どが確認出来ない程で、しかも徐々にこの宿場町へ近づいているとの報告もされている。最悪の展開で、ギルドの方もかなり頭を悩ませていた。そしてこれ以上被害を出さないためにも、ギルドは一つの決断を下す。それは町にいる中級冒険者以上全てで対処するというものであった。危険だが中級冒険者でもゾンビやスケルトンの足止めくらいなら出来るだろうとの判断だった。


 勿論瑞樹達にもその話しが来た。拒否権は当然無く、オークの集落討伐以上の修羅場に身を投じなくてはならなくなった。その日の夜、瑞樹達を含む冒険者の大部隊が行動を開始した。数は50余名ほどで文字通り総力戦だ。


「…みんな凄いピリピリしてるな」


「そりゃそうだろ、さながら死地へ赴く兵士なんだからな、俺だって行きたくなんかねぇよ」


「最悪みんな死ぬかもしれないしねぇ。…ごめんなシルバ、危険な場所に連れ出しちゃって」


 瑞樹はシルバに話しかけるがいつも通り無表情で、理解しているのいないのか分からない表情だ。それでもただならぬ空気を感じ取っているのか、緊張しているようにも見える。薄気味悪い木々が生い茂った街道を目的地までひたすら歩くが、辺りの木々のざわめきや冒険者達の足音がさらに不気味に拍車をかける。瑞樹はふと頭によぎったことがある。そういえばなぜ浄化持ちの冒険者が負けてしまったのか、と。アンデッドは動きが緩慢で上級冒険者が後れを取るとは思えず、命からがら逃げ延びた冒険者に話しを聞こうにも恐慌状態でまともに口を聞ける状態では無かったそうで、数で押し切られてしまったのではないかと結論付けられていた。本当にそうなのか?瑞樹の疑問はすぐに解消される事となる。


「敵襲ーっ!」


「ちくしょう!待ち伏せだと!?奴らにこんな真似が出来たのかよ!」


 前方、いや周囲が急に慌ただしくなった。本来アンデッド本能で動く魔物で、それがいきなり待ち伏せという人間まがいの事をやってのけた。やっぱり何かおかしい、瑞樹は嫌な感じに襲われながらも、剣を抜く。奴らはもうすぐそばまで来ていた。


「おい!ビリーとシルバ、ムチャすんなよ!」


「ハッ!そりゃこっちの台詞だ!お前こそ調子にのってアレ使うなよ?こんなとこで動けなくなっても助けられねぇぞ!」


 そう言ってビリーは敵陣に斬りかかっていく。この状況で物怖じしないとは、流石としか言えなかった。シルバも淡々と一体ずつ仕留めていく。手足を噛み千切り、骨を噛み砕くその様はとても頼もしい。一方瑞樹はというと、はっきり言って足手まといにしかならなかった。隅で他の冒険者の邪魔にならないようにするのが精一杯だ。だが代わりに落ち着いて辺りを見回す事が出来た、数はざっと100は下らない。だがゾンビやスケルトンばかりでゴーストは見当たらない。瑞樹は訝しんだがこれなら俺達でも勝てると思いそれ以上の思考を止めた。が、甘かった。


ドオオォンー


 突如火柱が冒険者を襲う、ゴーストの魔法だ。肉体を捨て、エネルギー体となったゴーストの魔法は冒険者にとって充分脅威となる。直撃を受けた冒険者は黒焦げになり、最早誰なのか見分けすらつかない。


ドオオォンー

ドオオォンー


「ちくしょう!浄化持ちはなにやってんだ!」


「ヤバいぞ!これじゃじり貧だ!」


 至る所で冒険者の怒声が上がり、辺りに混乱と動揺が広がり始める。しかし、更なる悲劇が瑞樹達、冒険者を襲う。


「おい…まずいぞ!ありゃあ、リッチだ!」


 一人の冒険者が木々の隙間から、それを見つけた。リッチとはアンデッド属の最上位にあたる存在で、発生条件は未だ明らかでは無いが、一説によればゴーストが浄化持ちの冒険者の命を奪うとか、浄化持ちの冒険者がゴーストになるとか言われている。さらにリッチになった時、奴は自我を得る。ただ本能で動くだけの存在が、人を騙し、陥れ、狡猾な手段をとるようになる。今回の待ち伏せはリッチの知恵によって行われたのは状況的に間違いなく、下位のアンデッド属を統率する様はまさしくアンデッドの王だった。そして、奴には最悪の特徴がある。それはー


「おい!誰か浄化持ちの奴呼んでこい!」


「無理だ!奴は…浄化が効かないんだ!」


 そう、奴には浄化が効かない。先程のリッチになる条件が正しければ、成る程理解出来る。だが納得するわけにはいかない、そんな無敵に近い存在を許せるほど冒険者の頭は柔軟ではない。


 瑞樹はリッチから目を離せなかった。ただ青白くボンヤリ光るゴーストとは違い、神々しく、人のなりで光るリッチは正直美しくさえ思えてしまう。だがそんな事を考えている場合じゃない、今や冒険者集団は烏合の衆と化し、ゴーストの魔法により皆は散り散りになり、一人、また一人と奴らの仲間入りを果たし、周りからは悲鳴と怨嗟の声が響いていた。折角対象首が目の前にいる、やるしかない。瑞樹は覚悟を決める。


「おいビリー!リッチに近づく!援護出来るか?」


「なに言ってるか分かってんのか!…分かって言ってんだろうな、上等だ!どっちみちこの状況をなんとかしなきゃ俺達も奴らの仲間入りだ!」


特大の溜め息を吐きながらも、瑞樹の熱いに段々と慣れてきたビリーは瑞樹の無茶ぶりを了承する。もう瑞樹の魔法に頼らざるを得ないほど状況はひっ迫していた。


「頼む!ゾンビ共の注意を引き付けてくれ!奴に直接アレをぶちかましてやる!」


 瑞樹とビリー、そしてシルバは奴に向かって走り出す。勝負は一瞬、失敗は許されない。多くのアンデッドをかわしながら一心不乱に近付いていく。襲い掛かって来る者は全てビリー達に任せ、瑞樹は全力疾走でリッチを目掛ける。


「俺はこいつらを食い止める!あとは任せたぞ!」


「あぁ任された!」


 もう誰も自分を守ってくれる人はいない、襲い掛かる敵を何とか倒しつつ、そしてついにリッチと相対する。傍らには見覚えのある姿があった、あの日討伐に向かった浄化持ちの冒険者の女性で、その瞳は何を思うのか、ただ悲しそうな表情だった。そこにいるという事は、そういう事なんだろう。なにもかける言葉は無い。リッチも当然ただでやられるつもりも無く、容赦無く瑞樹を炭にしようと火柱で狙い続ける。かろうじて避けながらも、その熱量で肌や肺が焼けそうになるが、それでも瑞樹は集中し[言霊]を発動する。


『哀れな亡者達よ、あるべき場所へ帰りなさい!』


直後あの声が頭に響く。


ーウタエ


もうその声を疑問に思う事は無く、瑞樹は詞を紡ぐ。


ただ安らかに眠っていて欲しい。


願わくば平和な世界でまた生を受けて欲しい。


その思いを歌に込めて。


 歌い始めるとアンデッド達はその場で苦しみ始める。そして身体が徐々に崩れ、光の粒子へと変わっていく。さながら大量のホタルが飛んでいるかのように。


 リッチにも効果が現れ、もがき苦しんでいたが、やがて他のアンデッドと同じように光の粒子となり消えていった。


 傍らにいた元冒険者達も光になり始める、そういえばなぜ、なんの抵抗もしなかったんだ?もしかしたらほんの少しだけ自我が残っていて、リッチへ抵抗していたのかもしれない。瑞樹の妄想に答えは無く、誰にも答える事は出来ない。


辺りが光に包まれる。


もう悲鳴と怨嗟の声は聞こえない。


もう大丈夫だろう。


最後まで残っていた元冒険者もあと少しで全て消えてしまう、その時だった。


ーアリガトウ


消える間際、そんな言葉を聞いた気がした。瑞樹はあの人達だったら良いな、と思いつつー


瑞樹は気を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る