魔法とお伽噺
本題に入る前に瑞樹にはもう少しだけ聞いておきたい事があった。まず一つ、この能力値に限界があるのか。そしてもう一つ、他の異世界人を鑑定したことがあるか、だ。
一つ目の問いの答えは「分からない」そうだ。ただ、人は鍛練を積む事により能力値が上がっていくが、いずれはその上昇値が少なくなり最終的には上がらなくなる。そういう意味ではその人にとっての限界はそこなのだろうとの事。つまり人の成長は個々で異なるという事である。さらにもう一つ司祭は付け加える。
「異世界人というのは大抵能力値が高い傾向にあるのじゃ。それが、この世界に来た異世界人への神の祝福か、それとも無理矢理連れてこられた贖罪かはなんとも言えんがのう」
神に仕える者がここまで強い毒を吐くとは思わず、瑞樹達は苦笑するしかなかった。気を取り直し、もう一つの問いの答えについては「ある」と、ただ一言だけだった。
「……もし、他の異世界人がどこにいるかと聞きたいのならそれは諦めた方が良い。仮に知っていたとしても規則でそれを話す訳にはいかんのじゃ。先程言うた通り、異世界人というのは強い力を持っている場合が多い。良くも悪くもその力を狙う者がそれなりにいるのじゃ、故においそれと話す訳にはいかんのじゃよ」
瑞樹の知識では、大抵異世界人というのは手放しで英雄みたいな扱いを受けていたような感じだったが、ここでは格好の獲物である。ちなみに自身も狙われたりするのかと聞いてみると「まぁ、悪目立ちさえしなければ大丈夫じゃろ」との事。要はひっそりと生きていけ、という忠告であり脅しである。
「さて、そろそろ本題に戻っても良いかの? 」
「あっはい、お願いします」
「えぇと次は……そう、加護じゃな。お主は……ほう歌の神か、これはまた随分と珍しいもんから加護を受けておるのう」
「珍しいのですか? 」
「有史以来僅かな人数しか確認されておらぬらしい。少なくとも儂は初めて目の当たりにした。いやしかし歌の神とは……お主、魔神のお伽噺は知っておるか? 」
「魔神? 何ですかそれ、ビリーは知ってるか? 」
聞き慣れぬ言葉を耳にした瑞樹は、傍らに座っているビリーに顔を向ける。すると彼は片眉を上げながら不思議そうにこう答えた。
「魔神のお伽噺っていやぁあれだろ? 確か大昔に六柱の神が協力して魔神を滅ぼしたとかなんとかって。俺もガキの頃に聞いた事があるぞ。けどそれがどうかしたか? 」
「そう、お伽噺ではそうなっておるじゃが、実際の伝承では若干異なっておる」
「異なる? そりゃどんな風にだ? 」
「うむ。民草のお伽噺では火、水、土、風、光、闇、この六柱を筆頭にした神の軍勢と、魔物の大軍を率いる魔神を筆頭とした魔の軍勢が激しく争い、結果は神の軍勢が勝利を収めた。そうなっていると思うがどうじゃ? 」
「あぁ細かい部分は忘れちまったけど、大体そんな感じだった覚えがあるな」
「じゃが教会が管理している書物によれば神の軍勢は魔の軍勢、というより魔神に手も足も出なかったらしい」
「おいおい、それが本当なら神様達はどうやって勝ったんだよ」
基本的に神という存在をどうでも良く思っているビリーでさえも、司祭の発言は衝撃だったらしく目を丸くさせながら問いただしていた。
「魔法の頂点とされる魔神は、六柱の神にとって致命的に相性が悪かったのじゃ。ただそんな最強とも呼べる魔神にも唯一の弱点があった。それが歌の神が使う歌魔法じゃ。詳細な文献も少ない故真偽の程は定かでは無いが、歌魔法は直接的な効果が出ない為に脆弱とされていたらしい。じゃが歌を媒介とするこの魔法だけは魔神に有効打を与え、最終的に六柱と協力して打ち倒したのだとか」
なかなか面白い内容のお伽噺を、瑞樹は感嘆の声を上げながら聞いていたそんな折、ふと一つの疑問が頭を過ったらしく、軽く手を上げながら司祭に尋ねる。
「そんなに活躍したのなら伝承だけじゃなくて、庶民のお伽噺に登場しても良い筈なのに何で少しも出てこないのですか? 」
司祭は瑞樹の問いにすぐ答える事が出来ず、暫し目を閉じながら思案に耽った。それから少しの間室内が静寂に包まれたと思えば、唐突に司祭が口を開く。
「お主の疑問ももっともじゃ。これは儂の仮説に過ぎないんじゃが、六柱の信徒は自尊心が高い人間が多い傾向にある。ただでさえ六柱の頂点は我々の神だ、などと下らない議論を日常的にやっておる。そこにまさか歌の神なんぞに助けられたなどとは、絶対に信じたくない気持ちがあったのじゃろうな。故に長い歴史の中で少しずつ改竄されてしまったのじゃろうて」
司祭の言葉は瑞樹にとって意外という訳でも無いらしい。と言うのも元の世界でも宗教戦争など日常茶飯事、歴史の闇など知らないだけで腐る程ある。そんな土壌で生きた者ならではの、少し冷めたような部分が彼の中に多分に含まれていた結果である。むしろ頂点など馬鹿馬鹿しい、侮蔑するような気持ちさえあったようだ。
「まぁ神々の愚痴はそこまでにして最後の固有魔法の説明でもしようかの」
「はい、お願いします」
「まず最初に固有魔法という名称じゃが、あくまでその個人が使える魔法という意味であって独自という意味では無いから、そこは間違えないようにな。それでお主が使える魔法を羅列していくと、作詞、戦いの歌、癒しの歌、そして言霊の四つじゃ」
「戦いの歌と癒しの歌は何となく察しが付きますけど、作詞って……それ魔法なんですか? 」
「儂にそんな事を言われても困る。えぇと効果は即興で作詞が出来るらしいぞ、良かったのう」
確かに初めて効く筈のビリーの曲に詞が浮かぶのは瑞樹も疑問だったようだが、まさかその理由が魔法に起因しているとは思わなかったらしい。ただ何だかんだ言いつつも使用頻度で言えば結構多く、瑞樹はそれ以上文句を漏らす事はしなかった。
「次は戦いの歌と癒しの歌じゃ。まぁ聞いて察せるとは思うが身体能力の向上と治癒効果が各々魔法にある。あとさっきの魔神の伝承云々で少しだけ出たが、この魔法は歌を媒介とする特徴があるお陰で魔法を生成する為の魔力が少なくて済むという利点があるみたいじゃな」
「成る程。でも効果は歌っている間だけなのですよね? 」
「まぁそうじゃな。魔力消費は少なくて良いが、その分扱いが難しい印象を受けるのう」
そんな事を言いながら司祭は最後の魔法、言霊の部分に視線を向けたのだが、何故かその部分を凝視したまま固まってしまった。羊皮紙を持つ手もカタカタと震えている。二人は明らかにおかしな様子の司祭を訝しそうに黙って見ていると、彼は不意に我に返り首をふるふると振っていた。
「……心して聞け。この魔法はな、万物のあらゆる事象に干渉出来る、とあるぞ。いわばおお主の発した言葉に魔力を乗せるとそのまま言った通りになる、という事じゃ」
これには流石に瑞樹とビリーも腰を抜かすほど驚いた。何でも言う通りになるなど所謂チートでしかないが、そう上手くいかないようで当然デメリットもある。それは魔力の消費が凄まじいらしく、言霊が発動した時点で効果が現れるため魔素を必要としない代わりに、自身の魔力を燃料とするために魔力消費が激しくなる。何を言うかで消費量が変わるようだが、上手く使わないと一瞬で魔力切れの危険性がある。ちなみに魔力が空になったらどうなるかと言うと──
「まぁ魔力が空になったとしても死ぬことは無い。ただし、それが戦闘中であった場合には間接的にはそれが原因で死ぬことはあろうな。あともう一つ忠告しておくが、先程言うた通りその魔法は魔力消費が激しい。お主ほどの魔力の持ち主が一瞬で空になるほどの魔法を使ったとしたら、お主の身体もただでは済まんかも知れんぞ? 」
「何で俺に……そんな物が……」
酷く混乱した様子の瑞樹は頭を抱え、ぶるぶる震え始めた。ほんのつい先日まで只人だった彼にとって、むしろそれは重荷以外の何物でも無いのかもしれない。
そんな瑞樹を心配そうに見つめるビリーと司祭は何度か声を掛けてみるが、一向に返事が返って来なかった。
「ふぅ、今日はここまでにした方が良さそうじゃ。まぁ見た感じこの世界に馴染んでいないようじゃから無理もあるまい。お前さんもせいぜいこいつを支えてやっとくれ。お前さんらが出逢ったのも神の思し召しじゃろうからな」
「やれやれだぜ全く、じゃあ俺達は帰らせてもらうぞ」
「おう、気を付けて帰るのじゃぞ」
挨拶を交わしたビリーは、瑞樹に肩を貸しながら引きずるように退室し帰路に着いた。そんな様子の瑞樹を痛ましく思いながら司祭は見送ると、何処かへ姿を消す。
「……どうかね?首尾の方は」
「おおこれは大司祭様。はい、仰せの通りそのまま帰しましたが……本当に宜しかったのですか? 今からでも国王陛下に伝えた方が──」
「ならん。彼が平穏に生を全うすればそれで良し。全てを知る必要は無いのだ。……それに真の力が神から託される様なことになれば、最悪はこの世界は消え失せてしまう。触らぬ神に祟りなし、という奴だ」
「確か異世界の言葉でしたかな? ですが確かにその通りじゃ、あれは我々には身に余る代物じゃからのう」
去っていく瑞樹の小さな後ろ姿を、二人は教会の一番高い場所から見下ろしながら言葉を交わしていた。
帰りの馬車に乗り込んだ瑞樹達だが、珍しく客車には二人以外の乗客は居なかった。未だに震えが収まらない瑞樹の症状は悪化の一途を辿るばかりで、目の焦点があっていないどころかビリーと瑞樹が初めて会った時のような酷く暗い瞳に戻っていた。
「お前、本当に大丈夫か?」
「……ねぇビリー。俺は本当に人間なのかな……?」
「……何言ってんだ。何処からどう見たって人間だろ」
「でもさ、元の世界では死んだ筈なんだ。だからもしかしたら俺は、人に良く似た何かなんじゃ無いかって、ふと思ったら凄い怖くなったんだ。……俺は、何だろうな?」
虚ろな目で淡々と言葉にする瑞樹を、傍らに座っているビリーが少し乱暴気味に頭を撫で始めた。
こいつはどこか壊れている。それは数日間生活を共にしたビリーの忌憚の無い結論である。見捨てる事も、突き放す事も選択肢にある筈なのだがビリーの心は頑なにそれをしようとはしなかった。抱き締めれば砕けてしまうのではと心配になる程縮こまった華奢な身体、それを見ながら暫く撫で続ける。
「お前はお前だ。元の世界のお前が何か知らねぇし、どうでも良い。だけどここに居て生きているんだから、それで良いだろ」
「……そういうものなのかな」
「そんなもんだ。いちいちお前は深く考え過ぎなんだよ。もっと肩の力を抜いたって誰も文句は言わねぇさ」
「うん……ありがとうなビリー」
「へっ、手間のかかる奴だ」
世界の理、いや世界そのものすら壊しかねない魔法を持ってしまった彼は、心と精神に問題を抱えている。そんな彼がこの魔法とどう向き合うのかは、彼にしか分からない。だが少なくとも今この時はほんの少しだけ未来に光を感じたようだった。
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