能力の鑑定
「おい行くぞ瑞樹」
「あぁ分かった」
あれから数日が経つ。あの一件以来、瑞樹はビリーと一緒に猪もどきを狩りに行くようになった。万が一の時に魔法が使える奴がいた方が安全だという事で同行を許してもらえたようだ。その結果幾つか判明した事がある。
「っとこんなもんだな。しかし便利だなお前の魔法、やけに身体を動かせるようになるし」
「そりゃ何よりだ。ちょっと待って、怪我治してやるよ」
「……おまけに、傷までばっちり完治するしな」
その日も猪もどきに狙いを定めた二人は、先程一匹仕留めたばかり。狩りの際は瑞樹が木陰に隠れて身体能力向上の歌を歌い、仕留め終わったら回復の歌を歌う。そんな風に手順が確立しつつあったが、同時にビリーには懸念もあった。
「けど歌っている最中は無防備ってのは辛いな。間違っても何処かに行くなよ瑞樹。下手に離れると守れなくなるからな」
「分かってるって。俺一人じゃすぐやらちまうからな、しっかり守ってくれよ?」
「へっ、調子の良い奴だ。さぁて一度戻るとするか」
「あぁ分かった」
さらに数日後、その日は二人共狩りに出かけずに日中に路上ライブをやっていた。
「おぉ兄さん達、今日は珍しいねこんな時間にやってるなんて」
「あっ、おじさん。いつもありがとうございます。今日はたまにはこんな時間にやるのも良いかってビリーが言い始めましてね、良かったら聴いていってください」
「おぉとも。割りとここ最近楽しみしているからな」
「ありがとうございます。じゃあビリー、よろしく」
「あいよ」
それから瑞樹はいつものように気持ち良く歌い始める。歌っている間は心の奥底から訳も無く溢れる重く苦しい感情を忘れる事が出来たようで、とても楽し気に歌い続けた。すると一人、また一人と立ち見客が増え、楽器の容器に少しずつ硬貨が投げ入れられた。
一曲歌い終わった瑞樹が客の方へ愛想を振りまいている間、ビリーはニヤリと口角を上げながら硬貨を数えていた。
「おぉ結構入ってるな、一曲目にしちゃ上々だ」
「本当だ、お前さん方わざわざ狩りなんて危なっかしい事やらんでも、これで食ってけるんじゃねぇか?」
「何だよおっさん、覗き込むなよ。でもまぁそれもありかもしれねぇな、少し考えてみるか」
「ん?ビリー何か言ったか?」
「まぁちょっとな。良し、景気付けにもう一曲いっとくか」
「あぁ良いよ。曲お願い」
こうして二曲目、さらに三曲目を続けていると、周囲の立ち見客が一点を眺めながら俄かにざわつき始める。瑞樹も不思議に思ったらしく視線だけちらりと送ると、大通りを進む馬車の車列が近づいてくるのが目に映る。思わず呆気に取られた瑞樹はそちらへ視線を釘付けにさせながら、傍らでギターを弾いているビリーの肩を揺すり、注意を向けさせる。
「なぁビリー、あれ何だ?」
「あれ?あぁありゃここいらの領主である貴族様でも乗っているんだろ。つうか指を指すな馬鹿、怒られても文句言えねぇぞ」
そう言いながらビリーは車列を指している瑞樹の指をぐにっと曲げた。瑞樹が痛みで小さく悲鳴を上げながら、ビリーの手を振りほどいている間にも車列はどんどん近づいてくる。
「おい、一応跪いとけ」
「ん、分かった」
面倒を起こしたくないのは二人の共通認識らしく、道の脇に移動しながら跪いて車列が通り過ぎるのを待とうとしたのだが、何故か車列は瑞樹達の前で速度を落とし遂には停車する。
「……何で止まったと思う?」
「俺が知るかよ。さっき指さしたのが見えてたんじゃねぇか?俺は知らねぇからな」
「……薄情者」
「うっさい」
二人が小声でやりとりをしていると、車列の中でも一際豪奢な作りの馬車から一人の男が姿を現した。青を基調とした服装は端々に複雑な紋様の刺繍が施され、一目見ても高価な物だと想像出来る物に身を包むその男は、少し白髪の目立つ金髪に、堀が深く白い肌の顔、そして口には整った髭を蓄えた様は、まさに絵画から現実に出てきたような印象を受ける。
「先程の歌は君かね?」
「えっあ、はい。そうですけど……」
「ふっ、別に叱責する為に来たのでは無いからそんなに緊張せずとも良い。……私事で済まないが私は少し気が滅入っていてね、そこへ君の歌声が聴こえてきたのだ。心にすっと染み渡るような心地良さ、僅かであったが気分が和らいだ」
「はぁ、それはありがとうございます」
「まだ語らいたい所ではあるが、私も急いでいるのでこれで失礼するが……ほんの少しの礼だ受け取ってくれ」
男性がいつの間にか傍らに立っていた執事服に身を包む男に目配せをすると、その男は跪いている瑞樹に何かを手渡してすぐさまその場を離れていく。瑞樹が呆気に取られながら離れていく車列を眺めていると、気付けと言わんばかりにビリーが頭を叩く。
「おい、何ずっとボケっとしてんだよ。それよりも何貰ったんだ? 」
「ん、あぁこれ」
瑞樹の手の中に握られていたのは紛れも無く一枚の金貨で、ビリーはぎょっとした様子で瑞樹から奪い取ると、何故かじっとりとした視線を彼に送りつける。
「おいおいマジかよ、金貨じゃねぇか。……何か最近の客にしてもさっきの貴族にしても、いつも褒められるのはお前の歌ばっかじゃねぇかよ。ずるくねぇか? 」
「俺に八つ当たりするなよ。お前だってそのうち貴族様に目を付けられて召し抱えてもらえるかも知れないし、何よりそれが夢なんだろ? 」
「まぁな。でもお前と一緒に居た方がその可能性が上がりそうだ。まぁそれは置いといてだ、もう切り上げて酒場で飯でも食おうぜ。折角臨時収入が入った事だしな」
「良いねぇ。王都に行く前の景気付けでもするか」
その後二人は酒場で食事や酒に興じていたのだが、耳聡い冒険者連中に集られ結局払いを受け持ってしま羽目になる。ただ、加減も遠慮も知らない連中がいくら飲み食いしても支払いは金貨の半分にもならなかった。それもそのはず、金貨一枚あれば大人二人くらいなら一月は何もしなくても暮らせる。そんな大金を惜しげも無く渡した貴族の懐に、瑞樹はほんの少しだけ貴族に対する印象を改めたらしい。
いよいよ王都に向かう当日、夜は楽しみで中々眠れず。小学生男子の様な体調に瑞樹はなっていた。ちなみに王都へは宿場町から寄り合いの馬車が出ている。金さえ払えば誰でも可なので有り難く使わせてもらい、二人は王都に向かった。
二人は何事も無く無事に辿り着き、今は王都内へ入る為に検問で身元確認を受けている。そこで役に立つのがギルドカードで、これを見せるとすんなり中へ入れた。裏の紋章がしっかり光っているのが重要である。通行許可を頂いたので瑞樹は落ち着いて辺りを見渡す、王都全体を囲む様に外側は深い堀て、内側はとても高い石壁がそびえ立っていて出るにも入るにも苦労しそうな作りになっている。かつ見張りらしき人影が幾つも見えるので、警備はとても厳重なのが見てとれる。
中へ入るとそこは宿場町とはまるで違う、石造りの建造物が所狭しと建っていた。もちろん道も石で敷き詰められている。人通りも宿場町とは比べられないくらいに多く、活気づいている。
ビリーに連れられて歩くこと数分、ついに目的地に着いた。瑞樹のイメージしていた教会よりも大きく、立派なお城の様な佇まいだ。曰く、中央の一際大きい建物が大聖堂で、信徒はここでお祈りをする。周りの建物は神官の住居だったり、来賓の宿泊施設だったり様々で、王都の一番奥に見えるこの国の王族が住んでいるであろうお城と比べても見劣りはしなかった。
入り口にいた案内役をしている神官様に鑑定の事を聞くと、白衣に一本長い灰色の線が入った様な神官服を身に着けたその人に小部屋まで案内された。鑑定した能力を他人に盗み見られるのはあまり宜しくないとの事で、他人から見聞きされないように魔法で盗聴盗撮防止用の結界を施された、この小部屋で行なうののが決められているのだと説明を受ける。あと、鑑定料で銀貨をしっかり徴収された。
待つ事十分程、ようやく鑑定役の司祭が部屋に姿を現す。仙人みたいな白く長い髭が特徴的な司祭だ。
「お待たせしましたな。では早速始めるとしようか」
そう言って司祭様が取り出したのは色々な模様が描かれた羊皮紙と、小さなナイフだった。これはもしかして、と瑞樹の顔が青くなる。
「ではこの紙の上に血を一滴、落としてもらえるかの? 」
悪い予感は当たるもので、瑞樹は深い深い溜め息を吐く。案の定自分では出来なかったので、同伴のビリーに変わりにやってもらう。ビリーはやれやれといった感じの表情をしていたが、こればかりは仕方ない。ひと悶着あったが無事に血を一滴落とすと、ギルドで冒険者登録した時のように文字が浮かび上がってくる。ただし、瑞樹が読めたのは自分の名前だけだった。他はさっぱり分からず、その旨を神官様に告げると最初から説明してくれるとの事だ。
「ふぅむ?お前さん異世界人じゃったか。成る程、文字が読めないのも道理じゃ」
「えっ、なんで分かるんですか? 」
「ここには名前や年齢、種族といった物が記載されておるのじゃ。故にお主の種族欄は人では無く、異世界人と記載されておる。どうじゃ、理解出来たかの? 」
「は、はい。凄いですね魔法って……」
「まぁ時間も惜しい故、さくさく進めていこうかの。まずはお主の能力値からいこうと思うが、この説明は必要かの? 」
「いえ、大丈夫です。ビリーから大体は教えてもらっています。何でも魔力とかがそれにあたるのですよね? 」
「うむ。ここにはその他に体力や運といった物も記載されておるが、その程度ならお主にも理解出来るだろう? 」
「はい。でもその値が人とどう違うのかは全く分かりませんけど」
「そうさな、体力はまぁ人並みか少し上程度、運はかなり高い。そしてもう二つ、魔力と神力があるのじゃが、……ほう魔力も神力もかなり高いのう。お主がその気になれば国が魔導士として召し抱えてくれるやもしれんぞ? 」
瑞樹の魔力及び神力と呼ばれる値は司祭の想定よりもかなり高いらしく、対面に座っている瑞樹を目を丸くさせながら顔を向けると、瑞樹は手をパタパタと振りながら拒否の意向を示す。
「嫌ですよそんなもの。俺は静かに暮らせればそれで良いんですから」
「むぅ、勿体無い気もするがまぁ良い。お主をとやかく言う立場では無いしな」
「そうしてください。ところで魔力はまぁ漠然と理解出来ますけど、神力ってなんですか? 」
「おぉそうじゃな、教えてやろう。まず本題に入る前に大前提として魔素と呼ばれる不思議な成分がこの世界を覆っておる」
「魔素? 魔力とは違うのですか? 」
「全く違う。例えばお主は湯を沸かす時、何をどうする? 」
「お湯ですか? う~ん鍋に水を入れて火にかけますけど……」
「うむ、当然じゃな。では火の燃料は? 」
「薪ですけど、それが何か? 」
「まぁ最後まで聞け、その薪が魔法においては魔素なのじゃ。所謂燃料じゃな」
「へぇ。あれ? 魔素を使うなら魔力なんかいらないじゃないですか」
「確かにそう思うじゃろうが、少し違う。この場合魔力に相当するのは鍋を形作る原料なのじゃ。じゃが原料がいくらあっても鍋を形作るには知識と経験が必要になる、それが神力に相当する」
司祭の説明に理解出来ているのかいないのか、瑞樹は腕を組み首を傾げていた。
「つまりおさらいすると……魔素という薪を使い、魔力を原料にして尚且つ神力という技術で鍋を作った結果がお湯、魔法って事ですか? 」
「良い理解力じゃ。付け加えるならばどれだけ多量の魔力があったとしても、その魔法を生成する為の神力が備わっていなければ無用の長物になる、という訳じゃな」
「分かったような……分からないような、魔法って難しいですね」
「まぁ理屈で考えずとも使える物は使えるし、駄目なら駄目。そんな認識で良いぞ」
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