お話ししましょう
「ここが俺の家……というよりは小屋だ。狭いのは我慢してくれ」
「はい、お世話になります」
そこは町外れにある小さな小屋。広さは六畳程度で雨風がしのげて飯と寝る事が出来れば良い、そんな感じの作りになっている。あるのはテーブルとイス、灯りは蝋燭で勿論コンロなんてものは無く、かまどと薪を使っているのが見受けられる。
「さぁて、じっくりと話しを聞かせてもらうか………っとその前に飯の準備でもするか、あんたも食うだろ?」
「良いんですか?」
「良いも何もあんた金持ってないんだろ?悔しいがさっきのあんたの歌のおかげでそこそこ稼げたからな、その礼だ」
「ありがとございます、いただきます」
少し待っていると、彼は木の皿にいっしょくたにして、黒いパンとジャーキーより固そうな干し肉、それと一欠片のチーズを持ってくる。それでも瑞樹にとっては嬉しい食事で、ほうっと少しだけ強張った表情が緩み、その男と共にテーブルを囲んだ。
「さて、まぁ食いながら話すか。まずあんたの名前は?」
「私は橘瑞樹と言います。二十三歳です」
「なんだあんた年上だったのかよ。俺よりは小さいから年下だと思ったぜ。…俺の名前はビリー、歳は二十一。で、次の質問だがあんたどっから来た? 見た感じここいらの人間じゃないだろ」
ビリーと名乗る彼は黒に近い茶色の肌で髪は見事な金色をしている。瑞樹の第一印象は何かチャラそうな男って感じらしい。
「うぅん……その質問が一番難しいです。なんと言ったら良いか……ビリーさんは異世界ってどう思います?」
先程の緊張は僅かに収まったらしく瑞樹は少しずつ調子を取り戻す。おぞましさを覚える瞳にもほんのごく僅かに光が宿ると、小さな声で彼に問いかけた。すると彼はぎょっと驚いた表情で瑞樹を見るが、すぐに元の表情に戻る。
「なんだいきなり?異世界か、まぁ何処かにあるんだろうなぁくらいしか……もしかしてお前異世界から来たのか?」
「えっ?どうして分かったんです?」
「自分からバラしたようなもんじゃねぇか。それはさておきだ、実はこの世界では異世界人ってのは珍しくは無いのさ、いや珍しくはあるが数十年の頻度でやってくるらしい。まぁ実物を見たのは俺も初めてだがな」
瑞樹は衝撃の事実に思わず口に含んでいたパンを吹き出す。対面に座っているビリーが汚いだの何だのと騒いでいるが、そのような些末事は少しも瑞樹の耳には入って来ない。異世界、正直な所外れて欲しかった自身の予想が的中してしまい、あぁ本当に異世界なんだなと瑞樹は改めて実感する。
「そうなんですか?それなら何処かに行けば別の異世界人と会えたりしますか?」
瑞樹はもし本当にいるならば、例え自分の世界とは違う場所から来た人でも異世界に飛ばされた境遇同士仲良くしたい、というより自分を支えて欲しい一心で問いただしたが、ビリーの表情は残念ながら思わしくなく、困惑した様子で眉を顰めている。
「少なくとも今は無理だろうな。異世界から来た奴ってのは大抵特別な力を持ってるって話しでいろんな奴が重用したがるそうだ。だから大体は王様やら有力貴族やらの側近に召し抱えられるのさ……正直あんたは見たところ弱そうだしな、ちょっとばかし綺麗な見た目の女ってだけじゃ目にも止まらんだろうさ。」
「なるほど、分かりました。でもちょっと待って下さい、さっきなんて言いました?」
「あぁん? 事実だろ。弱そうな──」
「そこじゃなくてその次です」
「……綺麗な見た目の女って言ったが、なんだよ文句無いだろ?」
その言葉を聞いた途端、瑞樹ははぁと大きな溜め息を吐いた。ただそんな悲しい勘違いを生んだ原因はほぼ間違いなく瑞樹の方で、女声で中性的な服を着ていれば誰がどう見てもそう勘違いするのは致し方ない。瑞樹は心の中で男物の服を着ていれば良かったと思ったが時既に遅し、そもそも慣れているからといって女声を使っている時点で駄目なのだが、それに気付かない辺り色々残念な男である。
「あのビリーさん、勘違いさせて申し訳無いのですが私……いや俺は男なんですよ」
彼は瑞樹が異世界人であると知った時以上に目を丸くして驚き、先程瑞樹が吹き出した以上の勢いで齧っていたパンを吹き出す。吹き出されたパンの欠片が対面の瑞樹に直撃し、汚いだの何だのとぎゃんぎゃんと喚いているが、そのような些末事は微塵もビリーの耳に届かず口をぱくぱくとさせている。
「……あぁもう汚い……ちなみにこれが地声です」
確かにその声は男だが地声も声変わりする前の少年のような少し高めの声で、どうやらビリーは未だ納得していないらしく、じろりと瑞樹を睨んでいる。そんな彼の様子に埒が明かないと思ったのか、瑞樹は軽く溜め息を吐きながらとある提案をしてみた。
「納得出来ないなら触ってみますか?」
「ど、何処を?」
「喉仏ですよ」
その提案を聞いたビリーは何故か焦ったように目を泳がせていた。最初は一体何を焦っているのか瑞樹も分からなかったようだが、自分を女と勘違いして連れてきたんだからまぁ、と何となく察しはついたらしい。
「はあぁ……」
「何であんたが落ち込む必要あるんですか」
「いやだってなぁ……」
「どうせ下心丸出しで連れてきたんでしょ?」
「…あぁそうだよ悪いかチクショウ! よくもこの俺を騙しやがって!」
「あんたが勝手に勘違いしただけじゃないですか?俺は悪くないでしょ……出て行けというなら出て行くけど……」
瑞樹は僅かに強がって言ってみるが、感情が顔に出ていた。眉を寄せてとても悲しそうにしているのは、ビリーでもすぐ気が付く程には。
「あぁん?……良いよ今日は。言ったのを無かった事にするのも格好悪いしな」
瑞樹は先程の不安は何処へやら、顔を綻ばせながら少し気恥ずかしそうな彼の顔を見つめる。
「へぇ?中々カッコいいこと言うんですね」
「ちっ、男に誉められても嬉しくねぇよ」
「じゃあ…格好良いですよ? ビリーさん」
瑞樹は顔だけ近付けながらビリーの耳元で女声でそう囁くと、彼は後ろに思いっきりのけ反り最後はイスごと倒れ込んだ。そんなに驚かなくてもと瑞樹は思ったようだが悪びれる様子は無く、顔をぷるぷるとさせながら笑うのを堪えていた。
「いてて……」
「いやごめんなさい、そんなに驚くとは思わなかったです」
「次やったらぶっ飛ばすからな!」
ビリーは今にも飛び掛かりそうな勢いで瑞樹を怒鳴りつけるが、その顔は真っ赤になっていた。実は効果覿面だったらしい。
「分かりましたから、そんなに怒らないでくださいってば」
「はぁ疲れた。……そもそも何で急に私から俺に変わったんだ?初めっから男っぽくしてれば俺も勘違いしなくて済んだのによ」
「えっあぁ、女性物の服を着ているとつい癖で女声にしちゃうんです。それと私と俺とを使い分けているのは何というか……そう、心というか精神的な切り替えをしているんです」
「あぁ?」
「つまり、んん、私って言う時は大体女声で、俺って言う時は男声にしているんです」
瑞樹が声を変えながら話しかける様に、苛立っているビリーも感心したらしく「へぇ」と声を上げる。
「でも何で使い分ける必要があるんだ?面倒だし意味無いだろ」
「それはまぁ、昔ちょっと色々あって……」
訝しそうな面持ちでビリーが問いかけると、瑞樹はトラウマとなっているその当時を想起してしまったらしく、眉尻を下げながら苦しそうに答えた。するとビリーも彼の異変を察したようで、僅かに目を逸らす。
「まぁ良いや、お前の過去なんざ知っても意味無いし。ふぅ、今日はなんだか疲れちまったし寝るとするか。ほれ、これ使って適当に寝ろ」
ビリーは力なく頭を抱えながら小屋の奥にあるベッドにへたり込むように座ると、上に置いてあった毛布を瑞樹の方へ放り投げる。突然の事に少し慌てた様子で瑞樹はそれを何とか受け取ると、彼は既にベッドの上で横になっていた。
「ありがとうございます。それじゃあおやすみなさい」
「はいはいおやすみ」
瑞樹が椅ベッド代わりに椅子を並べ、その上で少し埃とビリーらしき匂いのする毛布にくるまった後、蝋燭が消され辺りが文字通り真っ暗になる。瑞樹は色々と考えたい事はあったようだが、精神的な疲労がかなり溜まっていたので休む事を優先した。
目を閉じる直前、瑞樹は暗がりの先に居るであろうビリーの方へ顔を向ける。その胸中はどこか遠い昔の記憶を想起しているようで、まるで痛みに耐えるように胸に手を当てていた。その記憶に今でも鮮明に残っている人物と、ビリーとでは全く似ても似つかない筈なのだがどこか面影を感じているのか、瑞樹はふるふると悲しそうに首を振りながら顔を背け、酷く浅い眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます