出会い

 彼はあの時の事を忘れないだろう。その理由は実に単純、いきなり隣に来たと思えば歌い始めたのだから誰でもそうなる。しかも彼しか知らない曲に詞までつけて。


 彼はどんなクソ野郎かと思って睨み付けてやったが、仰天したような表情で隣に居る者を見とれてしまう。初めて見る異国風の服装に整った顔、さらりとした肩より少し長い黒髪、身長は自分より頭一個分程小さい。そして何より、声が綺麗だった。


 彼は文句の一つでも言ってやろうかと思っていたらしいが、そんな考えはすぐ霧散する。今は少しでも長くこいつの歌を聴いていたい、頭の中はただそれだけだった。


 ギターは鳴り止み、歌が止まった。そうすると何処からともなく拍手が聞こえる。


「いやぁ良い歌だったよ。宿場町でこんなのが聴けるとは思わなかった」


 彼は俺のギターじゃない事に不貞腐れつつも、正直な所同じ気持ちだったらしい。ただその張本人はというと、聴いてた客の方へずっと頭を下げたままだった。身体もカタカタと小刻みに震わせている、最初にその様子を見た時、彼は嬉しさのあまり感極まっているのかと思ったらしく瑞樹の顔をちらりと覗き込んだが、どちらかといえばその真逆。今にも恐怖と不安に潰されそうなその顔は、少し触れただけでも壊れそうな危うささえ感じてしまう程だった。


 客もいなくなり一通り片付けも終わったところで、じっと待っていた、というより動けなかった瑞樹に彼は意を決した様子で話しかけてみる。


「…なぁあんた誰なんだ?見た所ここらの人間じゃないみたいだけど、どっから来た?」


「…」


 瑞樹は話しかけられても口をぎゅっと噤み、俯いたままだった。


「ハァ…おいあんたこれから何処かに行く当てはあんのか?」


「……無いです」


 消え入るような声で瑞樹は答える。表情は変わらずとても不安そうで、今にも崩れ落ちそうだった。そんな様子の瑞樹を見かねたのか、それともまた別の思惑があるのかは定かで無いが、その男は頭をバリバリと掻きむしりながら、じろりと瑞樹の方を睨み付ける。


「っち、しょうがねえなぁ。とりあえず着いてきな、今日は家に泊めてやるよ」


「………ありがとございます」


 漸く彼と向き合った瑞樹の瞳は、おぞましさを覚える程どす黒く濁っており、僅かな光さえも感じられない。彼は正直自身の発言を後悔したようだが時既に遅し、さながら化け物に取りつかれたようにぴったりと付いてくる瑞樹。


 彼は何か厄介なものを拾ってしまったのではと不安を覚えるが、仕方無く帰宅を優先する。こうして一人の男と一人の女のように見える男は、運命的な出会いを果たした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る