必死の思いで逃げた。

痛みの残る身体にムチをうち、ただ遠くに、ただ遠くに逃げた。


どうせ望まれてきた命じゃない。

それに人の死亡率は誰だって100%。

縛られながら死ぬより、自由なところで死にたい。

その思いがボクの足を動かしていた。


すると、空が急に暗くなり、大きな水の粒がボクの手に落ちてきた。

激しく降る雨に、ボクは流石に走れなくなって、近くの大きな木の下に逃げ込んだ。

孤児院は人里から離れていたから、丘や海には人の手が入っていなかった。

ここでなら身も隠せるだろうと、ボクは背中を木の幹にあずけて座り込んだ。

雨の音が強さを増していく。

それにつれて、息が苦しくなってきた。

今になって過去が、"あの時"見ていた光景がボクの心に影を落とした。

逃げて、と息も絶え絶えにいう母さん。

助けようとしただけなのにボクの前で刺された弟。

2人を刺しても何も感じていなかった父さん。

足が動かなくて、その場に立ち尽くしたボク。

静かに息を引き取った母さん。

後を追うように、でも最後は笑った弟。

心の負担に耐えられなくなって自らの命を絶った妹。

それを止められなかったボク。


どうして、今は逃げられてよかったって思うはずなのに。


呼吸がどんどん早くなっていく。

言葉に表せないような思いが、どっとボクに押し寄せてきた。

もう気にならなくなったはずなのに。

感じなくなったはずなのに。

どうして、今になって。

「悲しい・・・」

冷たいものが頬を伝う。雨だと思っていたそれはとめどなく頬を伝っていく。


ボクは泣いていた。


もう一生泣くことは無いと思ってた。あの日、あの光景を見て凍りついた感情が再び目覚めた。


やっぱりボクはここにいちゃいけないんじゃないか。

生きていたらいけないんじゃないか。

弟も母さんも犠牲になって、妹も死んで、ボクだけが生きてる。

こんなの理不尽だ。

大雨の振りきしきる中、ボクは木の下から抜け出して走り出した。

すると、待ち構えていたかのように僕の目の前には崖があった。

高さは50mあるかないかくらい。

でも不幸中の幸い・・・いや、幸い中の不幸と言うべきか、ボクは泳げない。

飛び降りることが出来なくても溺死はできる。

あと一歩足を出せば落ちるところにいるというのに、心には迷いも怖さもなかった。

なのに。

ボクは次の瞬間足がすくんだように動けなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る