信じられない

孤児院に入って1ヶ月がたった。

大人の人達は、はやくボクたちを安心させようと笑顔を浮かべて話しかけてくる。

でも、もう大人のことを信じられなくなっていた。

妹はほとんど言葉を発さなくなり、窓から見える空をぼーっと眺めていた。

ボクも笑顔が怖くて、話しかけられてもうまく答えられなかった。

そんな状況が1ヶ月続き、疲れも出てきたのか、ボクたちの世話をしている孤児院の人が、陰で愚痴を吐いていた。

「なんなのあの子たち。確かに状況が大変だったのは分かるわ。でもあの子たち13歳と15歳よ?なんであんなに・・・。ここにはあの子たちよりも小さい子がいるのに・・・、その子たちの方が聞き分けがいいってどういうことよ?」

「落ち着いて。親が両方とも近くにいないのよ。それで命を落とした子も少なくないんだから・・・。どんなに小さな命でも、いらないって言われても守るのが私たちの役目でしょ?」

もう1人がなだめる。ボクはやっぱり、と目を閉じた。

わかってる、もう大人なんて信じられない。所詮嘘だらけでできてるんだ。

信じられないとは言っても、ほんの少しだけ希望を見出してしまっていた。

そんな自分に諦めをつけさせるため、自己暗示をかけた。



その夜、なかなか寝付けなくて、施設内を少し歩き回った。すると、何かかすかな音が聞こえた。人のむせび泣くような声と、秒針が時を刻むような音。その音のする方に行くと、妹がいた。

「どうしてお兄ちゃんがここにいるの・・・」

泣き腫らした目をした妹の右手には、カッターが握られていた。

先端が赤く染まっていて、それは床に一滴、また一滴と流れ落ちていた。そして、左手首が同じように赤く染まっていた。

さっきの秒針のような音は、カッターの音だったらしい。

「何してるの・・・」

分かりきったことなのに、ボクは聞いてしまった。妹は、ため息をつき、虚ろな表情を浮かべたまま乾いた声で笑った。

「もう生きてる意味を見いだせないの。助けて、助けてって言っても誰も助けてくれない。最愛の家族も失った。自分も信じられない。じゃあ何にすがればいいのよ!?・・・なにもないでしょ?こんなところにいて新しい家族と暮らすとしても、その親まで私たちに暴力をふるってきたらどうする?

今度こそ死ぬかもしれない。

もうそんなどうでもいい思いに囚われるのは嫌なのよ・・・。この1ヶ月、どうしたら死ねるんだろうってそればっかり考えてた。リストカットだってこれが初めてじゃない。・・・首だって吊ろうとした」

そう言って、長袖で隠れていた右手首と、首をボクに見えるようにゆっくりと見せた。

右手首にはまだ血の跡が残り、首には縄の跡が痣となって痛々しく残っていた。

「これだけやってもまだ死なない。あたし、何か悪いことしたの?ねぇ、お兄ちゃん、教えてよ。あたし悪いことしたの?」

ボクは何も答えられなかった。妹は諦めたような顔をして、

「今度は頸動脈を傷つければいいかな。これなら死ねるよね・・・」

そう言いながら、躊躇なくカッターを首に当てた。


妹は本当に辛い思いをしているから、このまま楽にさせてあげてもいいんじゃないか。


という思いが一瞬だけ頭をよぎってしまい、止めるかどうか一瞬迷ってしまった。

その途端、サッと血しぶきが飛び、妹はゆっくりと僕の目の前で倒れた。

「お兄ちゃん、も・・・。来たい時に、おいで・・・。みんな、待ってる、から・・・」

「フユネ!」

名前を呼んだけど、もう遅すぎるほどに遅かった。

ボクは後悔の波に襲われた。どうして妹の命を見殺しにしてしまったんだろう。


その夜は、全く寝付けなかった。

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