失ったもの

「辛いこともたくさんあっただろうけど、私たちはあなたたちを決して悲しい気持ちにさせないわ」

「あなたたちは望まれて生まれてきた子。生きていてもいいのよ・・・」

「大丈夫。私たちはあなたを見捨てない」


違う、その言葉は嘘だ。


そうやってボクたちを安心させておいて、あとで殺すんでしょ?

知ってる、わかってる。

浮かべるその笑顔も、

差し出してくる手も、

安心させようとかけるその言葉も、

すべて偽りだって。


「・・・けて」

どこからか声が聞こえる。

ひどく不安そうな声。

「助けて・・・」

今度ははっきりと聞こえた。その声の方へ向かう。


「夢・・・か」

あまり良くない目覚めだった。

真っ白な壁と床、清潔なベッドが視界に飛び込んできて、一瞬ここがどこだか分からなかった。数秒眺めて、ようやくここが孤児院ということを思い出した。

母さんを亡くし、父さんは逃げ、頼るところの無いボクたちを、とりあえず餓死させないように、と言うように取り計らわれ、孤児院に来た。

ボクたちと同じ年齢の子がほとんどで、だいたいが育児放棄や心中で親を失ってしまったらしい。

まだ起床時間まで充分に時間がある。

もう一度寝ようかと思ったところに、別の場所から布団の擦れる音が聞こえた。隣を見ると、妹が虚ろな目をして天井を眺めている。その頬は涙の跡が色濃く残っていた。

「起きてたの?」

妹に問いかけられ、うなづいた。

「あたしも悪い夢見ちゃって。寝てる時も、起きてる時も、いつだってあの光景が浮かんでくるの。それが嫌だ」

妹は、静かに長いため息をついた。

「ねぇ、お兄ちゃん。笑うってどうやるの?」

妹の言ってることが理解出来なくて、思わず、え?と言ってしまった。

「どうやったら笑えるのかが分からなくなっちゃった。ううん、感情自体が分からなくなっちゃった。あの光景を見る度に、前は身体から力が抜けて、もう見たくないって思ってたけど・・・。最近は感じなくなった。もうどうでもいいっていうか」


妹も、とうとう感情を失った。

うまく笑えないや、と言う妹の顔は失望感が滲んでいた。

「何から何まで失って。神様って本当に不公平。もうさ、神様は死んでほしいのかな、あたしに。お母さんと波音のところに行っていいってことなのかな?」

ボクはそれに答えられなかった。

ボクだってそれは幾度となく考えた。

これだけ奪えるものを奪っておきながら、何か引き換えに与えてくれるものは何もないし、返してくれるわけでもない。

生きるということに意味を見いだせなかった。

「今すぐにでも世界が終わればいいのに」

窓から見える東雲の空をうらめしく思った。



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