さよなら
次の日、ボクと妹で母さんと弟のもとを訪れた。
先に母さんのお見舞いに行った。
さっき病院から連絡が来た。
「お母様は、先程容態が急変し、お亡くなりになられました・・・」
妹に言えないまま、ボクはここへ来てしまった。罪悪感に駆られつつも、部屋の扉を開けた。
寒いくらい涼しい部屋に母さんはいた。チューブや機械も無く、まだ少し赤い頬を見ると、生きているようだった。
妹は、真っ先に母さんの元に駆け寄ったけれど、手を握った途端、体を硬直させた。そして、ボクの方を見て一瞬だけ泣きそうなくらい顔を歪ませた。
「痛いよね・・・」
妹が母さんの手を握る。ボクはそれを遠巻きに見ていた。
何も感じなくなったボクは、痛いとか悲しいとかそんな感情がどんなものだったかも分からなくなっていた。
けれど、心が苦しくなるのを感じた。
締め付けられるような感覚がボクを離さない。それに耐えられなくなって、ボクは病室をそっと抜け出した。
扉を挟んでいても、妹のすすり泣きが聞こえた。
次に、弟のお見舞いに行った。
細い体にたくさんのチューブが刺さり、首にはまだ色濃く首を絞められた跡が残っている。
不規則に刻む機械の音が、体と命を蜘蛛の糸でかろうじて繋げている状態を物語った。
「ソラ・・・」
弟の名前を呼んでみる。
「ソラ・・・」
母さんにしたように、妹は手を握った。
それでも、2人とも充分すぎるほどに分かってた。
どれだけ手を繋いでも、
どれだけ名前を呼び続けても、
どれだけ体を揺すっても、
泣いても、
笑っても、
弟はきっと帰ってこないことを。
妹は、ふぅ・・・と息をついた。
「ごめんね。辛かったよね、痛かったよね。
1人で行かせてごめんね・・・。
もう、もう頑張らなくてもいいから。
ゆっくり休んでいいよ・・・」
妹の頬をとめどなく涙が伝っていく。
拭うこともせず、泣き続けていた。
ボクも、妹と同じように手を握った。
「波音、もういいよ。これ以上辛い思いをして生きる必要なんて無い。もう充分頑張ったよ」
すると、目覚めるはずのない弟が、ほんの一瞬だけ目を開けた。
「波音!」
ボクと妹は弟を覗き込んだ。
弟は、一瞬だけ微笑んだような顔を見せた。
「ありがとう」
弟は目を閉じた。
そして、旅立ちのベルが鳴った。
弟の顔には一筋の涙と、やわらかな笑顔が浮かんでいた。
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