真実

帰りたい、と思いながら重い足取りで学校へ行き、呪文を唱えるように喋り、黒板に板書をする先生の授業をぼーっと6時間目まで受けた。

つまり、1日の半分をぼーっと過ごしたことになる。


なんと無駄なことか。


やっとのことで家に着き、玄関で盛大に溜息をついた。

「ただいまー…」

「おかえりー…。あ、なーんだ。お兄ちゃんか」

「相変わらずひどいなー、まぁ俺も"何だよ兄貴か!"って思ったけど」

弟と妹が玄関まで来たかと思えば、帰って来たのがボクということに落胆している。ひどい話だ。

「なに、お父さんかお母さんに用があった感じ?」

「そうなの。お小遣い欲しいなーって思って。今ね、どうしても買いたいものがあるの!」

「俺も。友達と遊びに行くことになったからさ」

「2人ともまさかの金目当てか…」

妹と弟はそろってにんまりと笑みを浮かべた。

「そういえば、今日って流れ星が見えるらしいよ!なんだっけ、アウグーリオ流星群?何百?何千?とかそれくらいに一度だから貴重なんだって。つまり、地球に初来訪の流星群ってことらしいけど。あたしのクラスの先生が言ってた。その流星群は、ひとの魂が形になったとかいう伝説があるみたい」

「へぇー。んじゃあ今日見に行こうぜ」

ボクは外に出るのがあまり好きじゃないから断ろうと口を開いた途端、弟にチッチッチッ、と指を振られた。

「当然、兄貴もだからな?保護者同伴じゃないと、夜は危ないもんなー」

一足先に先手を打たれてしまった。



そうこうしてるうちに両親が家に帰って来た。けれど、なにやら空気がおかしかった。冷たい空気が流れている。

2人が喧嘩することは夜中にしょっちゅうあったから、今回もその予兆だろうと思った。

「やれやれ、この後喧嘩になりそうだね」

ボクが呟くと、妹と弟も賛同して来た。

「あーあ、食べ終わったら即座に2階に避難しないとね。いまのうちにあたしはお菓子を用意しておこうと思う」

すると、突如階下から音がした。

ボクは妹と弟に、見て来るから、と言って階下へ降りていった。

互いを罵り合う声とともに、今度はドサッという音が聞こえた。

「…!?」

目の前の光景に、ボクは力が抜けて床にぺたんと座り込んだ。


母さんはお腹の部分を抑えて床に倒れ、顔は恐怖に滲んでいる。

父さんは片手に光るものを握りしめ、それは先端が少し赤く染まっていた。

狂気に満ちた顔をして。


異変に気付いたらしい妹と弟も階下に降りて来て同じ光景を目にした。

妹は、その場に硬直したまま動かなくなった。ただ、一筋の涙が頬を伝った。

「嘘だろ…!?おい、父さん!何やってんだよ!目の前にいる母さんを見ろよ!!!」

弟が勢いよく父さんに掴みかかった。

母さんは、声にならない声で口を動かしていた。


「ここから、逃げて…」


母さんのいうことは誰も聞かなかった。ボクも、妹も、弟も、母さんを見捨てて逃げることはしなかった。父さんは力を込めて弟の首を掴んだ。弟の手に力が無くなり、やがて腕が首元からだらりと落ちた。

「だまれ…、何も知らねぇ癖していちいち口出ししてくるんじゃねえよ!!」

父さんは、怒りに任せる様に片手に握りしめていたナイフをサッと振った。

ジャッという肉を切り裂く音と、それに続いてドサッという鈍い音を立てて弟は床に倒れた。

虚ろな目は閉じることなく、開かれたまま、まばたきひとつしなかった。


その瞬間、ボクは全てを失った気がした。

感情がどんどん凍りついて行く。

さっきまでの恐怖も薄れていき、やがて無くなった。


父さんはナイフを捨て、家を出た。


おそろしく長く感じた沈黙の後に、

「お兄ちゃん…」

妹が怯えた様な、すがる様な目でボクを見た。

ボクはゆっくりと首を振った。

ボクたちにはどうすることもできない。


2人が病院に搬送されて、妹と2人きりになった。

妹は、おもむろに窓を開けた。

涼しい風が部屋の中に入ってくる。

「ねぇ」

妹が空を指差した。

「流れ星、すごく綺麗だよ…」

一つ、また一つと流れていく流星群は眩しいくらいに夜空を彩っている。

それは、言葉で言い表せないほど綺麗だった。


「みんなで見たかったのに…」

ぽつりと呟いた妹の一言は、流星群の中に静かに消えていった。

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