第5話
翌朝7時30分。
「おはようございます!」
「おはよ〜」
木曜班のAD(加古川、港、宮野、時枝)が全員揃う。
「それじゃあ、それぞれ作業を始めようかね」
「は〜い」
「ともちゃんは、今日はみやのんが教えてくれるからね」
「みやのん先輩、よろしくお願いします」
「いじめちゃダメだからね!みやのん」
「はいはい。それじゃあ…時枝さん、始めようか」
「はい」
出社後、まずはじめたのは、全国紙とスポーツ紙の朝刊チェック。
翌日のOAに備え、現在までに入っている情報を集めるための作業だ。
「前日に、CDの桂木さんが仮項目っていうのを作ってるんだけど…」
「仮項目?」
「え〜っとね、『こんなネタやろうと考えてますよ』っていうのを
書いた紙のことなんだけど…」
ネタ目名が書かれたA4サイズの紙を指差しながら、宮野さんは説明を続ける。
「ここに書いているネタを、朝刊全紙に目を通して、
関連記事があったら文面をペンで囲んで、コピーする。
コピーした記事に新聞名と日付を書いたら、
こうやって、ネタごとにダブルクリップで留めて、
それぞれのデスクトレーに入れる!OK?」
「はい、わかりました!」
コピー機の上に新聞を広げ、関連記事を探す。
20年ほど生きてきたけど、これほどまでに真剣に、
新聞を読んだことがあっただろうか…。
無意識に、目に力が入る。
「ん〜…」
私がやっと1枚目をめくる頃、宮野さんはもう2紙目を読んでいた。
指をさしながら次々と新聞をめくって、記事を探している。
そんなので、本当に読めているのか…疑いたくなる速さだ。
「…ん?どうした?」
「い、いえ。速いなあと思って」
「あ〜…。歴の差だね」
「…」
「ウソ嘘。まあ…、あながち嘘じゃないけど、
慣れてくれば新聞を斜め読みできるようになるから」
「ナナメ読み…」
朝刊チェックが終わると、今度はフロアの中心にある円卓の片付け。
資料として使った新聞記事やコーヒーを飲んだ紙コップなどが散乱している。
それらを片付けながら、宮野さんが言う。
「あと10分ぐらいでDが来ちゃうから、その前にココを片付けます!」
「はい!」
急ごうと、紙資料を一気に寄せ集め、ひとまとめにしようとした時
「あ〜!っと、ここの資料は、OA資料だからぐちゃぐちゃにしないで」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、そもそも雑然と置いてあるから、そうしちゃう気持ちもわかるけど
今日のOA班のDが使ってた資料だから、放送中に何かあった時のために
キレイにまとめておこう!それで、ここにあると今日の作業の邪魔になるので
水曜班のAD席に置いておきます」
「はい!わかりました」
覚えることは、意外と多い。細かいことを忘れないように、
急いでメモを取りながら作業をする。
そうこうしているうちに、Dが続々と出社してきた。
「おはようございま〜す」
「おはようございます!!」
8時になり、フロアの中心にある円卓に集合がかかった。
「じゃあ、朝の会議始めます」
木曜班CDの桂木さんが、それぞれのDにネタを振り分けていく。
大ネタ、企画ネタ、ショートニュース…ネタの大きさによって、
それに関わるDの数も変わる。
注目度の高い大ネタは3人のDで、ショートニュースは1人で。
ネタの大きさは違えど、電波に乗せることに変わりはない。
裏取りと丁寧な取材をすることが求められる。
「…てな感じで、本日もよろし…」
ピー!ピー!
CDの桂木さんの声を遮るように、速報を知らせる大きな音がなった。
円卓近くのスピーカーから速報のアナウンスが流れる。
『ニュース速報をお伝えします。●●県●●市の商業施設で
大規模な火災が発生し、複数の負傷者がいる模様…』
それを聞くや否や、桂木さんがDに指示を出し始めた。
「吉田さん、消防に詳細の確認をお願いできます?」
「了解!」
「浅川〜、●●県に急行〜」
「わかりました!」
「もしかしたら、長期戦になるかもしれないから、パソコン持ってけ!」
「は〜い」
それを聞きながら、加古川さんも指示を出す。
「みやのん、今の聞いてた?」
「はい」
「港くんに飛行機のチケットとホテル予約お願いしたから、
ロケセットの準備お願いしていいかな?」
「わかりました〜。時枝さん!」
「はい!」
「Dが1人でロケに出ることになったら、ロケセットを準備します」
「ロケセット?」
「まずは…ハンディカメラと、予備のバッテリーと収録用カード。
加古川さんがネットで記事探してるから、それをコピーして、
で、このノートパソコンと一緒にDに渡す!」
「パソコンですか」
パソコンと共に、必要なケーブルがあるかを確認をしながら
宮野さんは続ける。
「これはね、ロケが長期間になりそうな場合や日帰りできない場合に
取材した映像を局に送るために使います」
「なるほど」
ロケセットを1つのバッグに入れ終え、準備は完了。
ロケの支度を整えた浅川Dが宮野さんを呼んだ。
「宮野〜!それ貰っていい?」
「あ、はい!大丈夫です!どうぞ。いってらっしゃい」
「あ〜い」
「浅川さ〜ん、ストップ。チケット!チケット〜!」
「あ、すまん。すまん。じゃ、行ってくるわ」
臨機応変に対応しながら、バタバタと午前中が過ぎていった。
お昼になり、社内に残ってるDの昼食を買いに社員食堂へ。
両手にいっぱいにお弁当を抱えてフロアへ持ち帰り、Dへ配給。
雑務ではあるけれど、まだ教えてもらってばかりの私にとっては、
自分の力でできる大事な仕事だ。
「ともちゃんも食べられるうちに、食べるんだよ」
「そーだぞ!食いっぱぐれると、明日の朝まで何も食べられないぞ」
親子丼を口にかき込みながら、港さんが言う。
「港さん、汚い」
「うっせえわ」
「お二人は、仲がいいんですね?」
「そーかあ?」
「フリですよ、フリ」
「おい!いま何つったよ?」
港さんと宮野さんは、1年違いでこの番組に配属されたらしい。
最初は、2人とも絶対仲良くなれないと思ったそうだが、
23歳(宮野)と24歳(港)で年齢も近く、
お互いの家が徒歩圏内と知ってから、一緒に飲むようになり、
なんだかんだで、こんな感じになったと加古川さんが教えてくれた。
そんな話をしているうちに夕方になり、ニュースが始まった。
「ともちゃん、OAをよく見ておいて!
浅川Dが行ってる●●県の火災やっているかも」
「あ〜、やっぱ、やってんな〜」
「僕、報道部の素材調べてきます」
「ともちゃん、このニュースが終わったら、
昨日教えた報道部のデスクに許諾を取りに行こう!」
「はい!」
「みやのんが一緒に報道部には行くから、許諾用紙を書いてね」
「わかりました!」
映像使用のための許諾用紙を記入し、ダビング用のテープを持って、
宮野さんと一緒に報道部へ。
火災ネタの映像を使わせてもらうため、社会部デスクの元へ向かった。
宮野さん曰く、社会部デスクの高知さんは、他のデスクに比べて
情報部に寛容な人らしい。
「お忙しいところ申し訳ありません。『オープン・ザ・サン』の宮野です。
こちらの映像を使用させていただきたく、許諾をいただきたいのですが…」
「なに〜、情報さんも、火災ネタやるの?」
「はい」
「使ってもいいんだけど、注意事項あるみたいだから、
VTRの取り扱いは気をつけてね」
「わかりました」
高知さんは、許諾用紙に目を通し終えると、確認印を押してくれた。
「それにしても、今日は、えらく畏まってるね、宮ちゃん」
「あ、そうですか?」
「ん?後ろにいるのは?」
「ウチに新しく入った子で…」
初対面の人と話す時は、掴みが大事。
首からかけたボードを両手で掴み、高知さんに元気よく挨拶をした。
「時枝ともと申します!趣味は、苺大福をたらふく食べることです」
「ぷっはは!!いいね。面白いね、キミ」
「ありがとうございます。これから、お世話になりますので、
よろしくお願い致します」
「は〜い、よろしくね〜」
「よろしくお願いします!」
「では、失礼致します」
報道部のダビング室へ向かう途中、宮野さんが急に私の方を振り返った。
「よかったんじゃない?さっきの」
「え?」
「高知さん笑ってたし、気に入ってもらえたと思うよ」
「はあ〜…よかったあ」
「それじゃあ、この許諾を持って、映像を借りに行こうか」
報道部のダビング室で映像をダビングしてもらい、
情報部のフロアへ戻ると、ニコニコしながら、加古川さんが出迎えてくれた。
「おかえり〜。どうだった?」
「掴みはバッチリだったと思いますよ」
「緊張しました〜」
「よかったね〜。みやのんが言うなら間違いないね」
加古川さんに話をしながら、宮野さんが情報部のフロアを見渡す。
「…今日は、平穏な感じですね」
「そうね〜。火災以外は、大きなニュースもなさそうだし。
このまま行ってくれたら平和に朝を迎えられるんだけど」
「そうなんですか?」
「そうだよ〜。大きなネタが入ると、トイレも行けないぐらい
一気に忙しくなるんだから!」
「まあ…今日はそれは無さそうっすね」
「時枝さんも、いずれ経験すると思うから」
「いずれ…」
「宮野、そういう言い方すんなよ。怯えるだろ」
「あ、ごめんね」
「いえ…」
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