第3話

 ●●テレビの『オープン・ザ・サン』は

全国ネットで放送されている人気情報番組だ。

同時間帯にいくつも情報番組はあるが、抜きん出て視聴率が高いという。

テンポの良い進行と、わかりやすい解説がウリで、

主婦のみならず、若者にもファンは多い。

かく言う私も、この番組にチャンネルを合わせてよく見ていた1人。

まさかテレビで見ていた番組を担当することになるとは…。

なんとも言えない高揚感に包まれていた。


「ともちゃ〜ん?」

加古川さんが、手招きしながら私を呼ぶ。

「あ…、は、はい!」

「はい、これ」

手渡されたのは、色紙サイズの白いボードと太字用の油性ペンだった。

「名前と趣味を書いて、首から下げてね」

「…」

「新人ちゃんの通例なんだよね。

 それに、早く名前を覚えてもらった方が何かといいからね。

 大きく、わかりやすく、印象に残るような感じで!」

「は、はい!」

「…ともちゃんって綺麗な字だね〜。何か習ってたの?」

「習字をちょっと習っていたので」

 自分の書いた字を誉められたのは、何年ぶりだろう。

小学生の頃は、あまりの達筆ぶりに親が書いたのではないかと疑われ、

先生によく怒られていた記憶しかない。

だからか、自分が書く字はあまり好きではなかったが、

初対面の人に、綺麗だねと言われると悪い気はしなくて、

習字を習っていて良かったかもしれないと思った。

「字が綺麗な人はいいよ〜。得だよ〜。お仕事しやすいと思う!」

「ありがとうございます」

「はい、じゃあ、これに紐を通して…」

蛍光カラーのビニール紐を通して、首から下げた。

なんだか、自分の名前を触れ回っているようで、無性に恥ずかしい。

「恥ずかしいよね?でも、その恥ずかしさが、ちゃんとしなきゃっていう

 気持ちにさせてくれる。大体2ヶ月ぐらいかな。そしたら入局証が届くから

 それまでは、これを首からかけてお仕事してね」

「はい」

「さ〜て、今から、とても大事な話をしますよ」

「はい!」

ポケットからメモ帳を取り出す。

「ADにとって、一番大切なものは何でしょう?」

「大切なもの?」

「そう!”命より大事”っていう人もいるぐらい大切なものだよ」

「…情報を世に出す責任感でしょうか?」

「確かに!それも大切。何十、何万って人の目に触れるものだからね。

 でも、違うなあ。それと同じぐらい、大切なことだよ」

「ん〜、何だろう…」

「正解はね…取材テープです!」

「取材テープ」

「そう。局内に保管庫があるから、行ってみようか」

「はい!」

「港く〜ん、ちょっと席外すから、何かあったら携帯鳴らして〜」

「うい〜。了解っす〜!」

「じゃあ、行こうか」


 ●●テレビの局内には、取材テープのための大きな保管庫があるという。

加古川さんがカードキーで扉を開けてくれた。

保管庫内には、およそ10年分の取材テープが保管されているらしい。

例えるなら、図書館の地下にある書庫のような感じだろうか。

ボタンを押すと自動でスライドする棚があり、年月ごとに保管されている。

よく見ると、テープ1つ1つに、手書きのキャプションがつけられ、

収録内容が、こと細かに書かれていた。

「ここはね、いわば、宝の山だね」

「宝?」

「そう!ここに並ぶ取材テープは、世界に1つだけ。

 ”もう一度撮れ”と言われても同じものは絶対に撮れない貴重なものなんだよ」

「だから、宝!」

「そう!だから、ここに並んでいるものだけに限らず、

 取材から戻ってきたDに渡されたテープや、

 自分が取材に行った時のテープは絶対に無くしちゃいけないし、

 消してもいけない。何があっても、絶対にね。

 極端に言ったら、水中で沈みそうになっても、

 テープだけは片腕あげて守ちゃうぐらいね」

「あ〜、カメラマンさんが、カメラを守るのと同じですね」

「そうそう。よく覚えておいてね!」

「テープもいろいろな種類があるんですね?」

「歴史を感じるよね〜。このテープがね…」


 テレビ局で扱うビデオテープにはいろいろな種類がある。

β(ベー)カム、HDCAM、DVCAM、DVCPRO、XDCAMなど、

収録年代によって違う。古いものになればなるほど、貴重なものになる。

そのため保管庫への立ち入りや映像使用に許諾が必要になるらしい。

「そういう時に、字が綺麗な子は重宝されるんだよ〜。私が新人の時は

 字が汚すぎて読めないって突っ返されたことあったっけ…」

「加古川さんはいつ、ここに入られたんですか?」

「私はね、4年前。その時は、先輩たちがめちゃめちゃ厳しくてね〜。

 な〜んにも教えてくれなくて、”やれば覚える”って無茶ぶりされてたかな」

「やれば覚える…」

「まあ、そのおかげで今仕事ができているわけだけど。私は、できる限り、

 教えてあげたいんだよね。その方が、仕事の効率も多少は違うだろうしね」

「ありがとうございます!」

「いえいえ〜、じゃあ、次は、報道部さんに行きま〜す」

  

 テレビ局の花形と言われる報道部は、上層階にフロアがある。

朝、昼、夕方、夜、深夜と1日に起こるニュースを作っている部署。

ニュースキャスターの背後によく映っているのが、このフロアだ。

「全然、空気が違うんですね」

「そうだね〜」

 私服の情報部とは違い、フロアにいるほとんどの人がスーツを着用している。

現場に出て取材を行うのが記者、社内でまとめるのがデスクだ。

このデスクが、放送時間までに取材で上がってきたことをまとめて、

OAに乗せているらしい。

 政治部、社会部、地方部、海外部と、それぞれに担当デスクがいて、

報道の映像が必要な場合は、申請用紙を記入し、各デスクに許諾を貰うという。

「ウチの局は、昔から報道部と情報部で溝があってね。

 『お前らは、俺たちが必死に撮ってきたものっていう

 そのありがたさを本当にわかってるのか』って言ってくるデスクもいる。

 中には、露骨に嫌がって、難癖つけて許諾をくれないデスクもいる。

 でも、情報部が撮ってきたものは、すぐ借りて行っちゃうんだけどね…。

 花形の報道部さまには、頭が上がらないのですよ、情報部は…。

 とまあ、そんな事もあるけど、許諾を貰わないと使えないのは変わらないから

 先輩ADさんの許諾の貰い方を見て、許諾をもらうためのツボを学んでみてね」

「わかりました!」

「さ〜て、そろそろ、情報部へ戻ろうか」

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