第2話
幼い頃から、テレビが大好きだった。
自分の知らない世界を映し出す大きな窓。
音で聞かせ、映像で観る者を惹きつける。
そこを覗けば、どんな場所にも行く事ができる…そんな気がしていた。
辛い時や悲しい時、テレビをつければ、心の苦しさを忘れさせてくれた。
『いつか、テレビをつくる人になりたい』
その夢は、大学に入ってからも変わることはなく、
卒業後、何の迷いもなく制作会社に入社。テレビの世界へ飛び込んだ。
入社して3ヶ月ほど社内研修を受けた後、
社長から●●テレビへの出向が命ぜられた。
翌日、会社のマネージャーと一緒に、お世話になる番組のCPを訪ねた。
「吉沢さん、本日からお世話になる、時枝です」
「君が、時枝さんね〜」
「本日から、よろしくお願いします!」
「よろしく〜」
「では、私はこれで。どうぞ、時枝をよろしくお願い致します」
「はい、お預かりします」
「じゃあ、ここからは、吉沢さんの指示に従って、頑張ってね!」
ポンポンと私の肩を叩き、マネージャーは会社へ帰って行った。
「それじゃあ、時枝さん!みんなに、挨拶しようか」
「は、はい!」
「加古川〜、みんなに声かけて〜」
「は〜い!」
10分後、40人ほどのスタッフが、
ぞろぞろとフロアの中心に集まってきた。
「え〜、制作会社W&Bから新しいADさんが入ったので、紹介しま〜す!
じゃ、自己紹介を、どうぞ!」
「えと、制作会社W&Bから参りました、時枝ともと申します。この春、
大学を卒業したばかりで、右も左もわからず、ご迷惑をおかけするかとは
思いますが、どうぞ、よろしくお願い致します!」
「は〜い、よろしく〜。わからないことがあったら、あそこにいる
ADチーフの加古川に聞いてね」
ニコニコしながら、私に手を振る女性が目に入った。
挨拶を終え、加古川さんに駆け寄る。
「時枝…ともさん。ともちゃんでいいかな?」
「はい!いかようにも、呼んでください!」
「ふふふ。私は、加古川ユカ。ここでは、曜日ごとに班分けされててね、
それぞれにチーフがいるんだけど、私は木曜班のチーフAD。よろしくね」
「お願いします!」
「ともちゃんは、この業界って初めて?」
「はい、そうなんです」
「じゃあ、まずは役職から説明していくね」
「はい!お願いします!!」
番組制作の現場には、それぞれ決まった役職がある。
役職ピラミッドの土台部分を担うのがAD(アシスタント・ディレクター)、
その上がD(ディレクター)、さらにその上がCD(チーフディレクター)、
さらに上にいるのが番組制作を統括するP(プロデューサー)と、
番組の金庫番AP(アシスタント・プロデューサー)、
そして番組の中で一番偉い人がCP(チーフプロデューサー)だ。
テレビ番組の企画・制作を底辺で支えるADは、その名の通り、
ディレクターのアシスタント業務を行う。
ディレクター1人に対して、ADが1人就く場合もあれば、
複数のディレクターに対して1人で就くこともある。
ADの基本的な業務は、新企画のリサーチや撮影に関する許諾、
必要機材の準備、交通手段の手配など、
現場でディレクターが滞りなく仕事ができるようにすることだ。
ネタによって、ディレクターと共に行動することが多くなることから、
“AD=あなた(ディレクター)の奴隷”と揶揄されることもあるが、
ある程度、ディレクターと仲良くなった方が、
学ベることが増えて仕事の幅も広がり、
結果として早くディレクターへの道が開けることもあるらしい。
「…って感じだね。どう、ともちゃん。何か今のところで質問ある?」
「いえ、ありがとうございます!」
「まあ、まずは、ADのみんなやディレクターさんたちの名前を
覚えるところからだね!頑張ろう!」
「はい!頑張ります!」
「加古川さ〜ん!!」
大量のHDCAMを抱え、男性ADの港さんがやってきた。
「また、すごい量のテープだね。港くん」
「本当ですよ!手伝ってくださいよ」
「それは港くんが請け負った仕事でしょーよ」
「あのディレクター、仕事の振り方がエゲツないんっすよ・・・」
「そんな大きな声で言ったら、ディレクターさんに聞こえるよ!
ほら、頑張れ、頑張れ」
「ちぇー…」
“AD”と聞くと『ディレクターの小間使い、ただの下っ端』という人がよくいる。
ディレクターにこき使われ、台本で頭を小突かれ、
怒鳴られ、疲れてデスクの椅子の上で寝ている…と
漫画やドラマなどで描かれることが多いからかもしれない。
しかし、“AD”と一言でいっても、
全員が同じ立場ではなく、序列なるものが存在している。
テレビ局や制作会社などによって呼び方が違う場合もあるが、
ADの中で一番偉いのがチーフAD、その次がセカンドAD、
そしてサードADと呼ばれている。
基本的にチーフADが各ディレクターから仕事を受け、
下へと仕事を振り分けるが、
ディレクターが直々に個人に仕事を振る場合もあるので、
その際は受けた本人が最後まで責任を持ってやらなければならない。
ちなみに、港さんは、加古川さんより1つ下のセカンドAD。
私は、入ったばかりということもあり、
セカンドAD、サードADの手が回らない、
上からこぼれ落ちてきた仕事をフォローする役を与えられた。
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