26.進路

「天っ!夏休みだからってダラダラしてないの」

 適度に冷房の効いた部屋で、自然と心地の良い微睡まどろみの中に誘われようか否かという瞬間、突然部屋に入ってきた母の怒鳴り声で一気に現実に引き戻される。

「進路は決まったの?」 

「んーまぁ」

 至福の瞬間を邪魔されてベッドから起き上がる気もしない。

「ねぇ天?天っ!」

「もー!天、天うるさいなー変な名前なんだから連呼しないでよ」

「その変な名前は、縁がつけたのよー」

「え?お兄ちゃんが?」

 半身だけを起こし母を見る。

「そうよ。あんたがお腹にいる時から『てん、てん』って呼びかけてたからそのまま天にしたのよ」

「へー知らなかった。というか、他に考えるのめんどくさかっただけでしょ」

「あはははは」

 アハハじゃないよ!と突っ込むのも忘れ、急に愛しくなった自分の名前。

 昔から兄だけ凝った名前で、なんで私は天なんだろうと思っていたけれど、9歳離れた兄が考えてくれたんだと思うとちょっと嬉しかった。

「お兄ちゃんって美術大学行ってたんだよね?」

「あの子はあんたと違って芸術肌だったし、昔から絵が上手だったからね」

「ふぅん。私には何もないしなー」

「ま、とりあえず将来元気にまともな生活を送ってくれたら私たちは何も言いませんから」

「まともね~」

 だからそうなるために、今悩んでるんだけどな……と思ったけど、母の言葉で少しだけ楽になった気がした。


 


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