25.亡霊

 夏休みと言っても、外は暑くて積極的に出たいとは思わないし、空を見ただけで溶けてしまいそうになるから、できるだけ遊びもデートも室内に限る。

「それはさ、天の反応で奏多先輩のことをまだ忘れてないって思っちゃったんだろうね」

「私は普通だったと思うけど」

 先日の海吏との出来事を朝希に話した。

 そんなに気にすることではないが、あれからずっとモヤモヤと晴れなかった。

 奏多(似た人?)を見たからなのか、海吏の態度がおかしいからなのか…モヤモヤはどちらのものかよくわからないけれど。

 朝希に半ば強引に呼び出され、朝からずっとファミレスに入り浸っていた。フリードリンクだけで数時間は居座る厄介者。

「たまたまちょっと前に、奏多に似た人を見たばっかりだったからさ、ついドキッとしちゃって」

「先輩の亡霊恐ろしいね」

「死んでないから!」

「ずいぶん会ってない元カレに嫉妬するなんて海吏もまだまだ子どもだね~」

 と言いながら、子どもみたいにグラスの氷をストローでつついて遊ぶ朝希。カラカラと涼しげな音をたてる。

「朝希は元ダーリンのことどう思う?」

「はぁ?別になんとも」

「だって昔、指輪とかもらって嬉しそうにしてたじゃん」

「そりゃー当時はね。ホントに好きだったしずっと一緒だと思ってたし」

「でも朝希がふったんでしょ?」

「だって今のダーリンと出会っちゃったから」

「なんか美化してない?」

「確かに。でも好きになる気持ちは抑えられないし、嘘をつくのも嫌だったから。指輪は…どこいったかな?」

「そんなもんかねー」

 よく考えたら、私は奏多からもらったものなんて何もない。幸せエピソードや人から羨ましがられるような事なんてひとつも。

 本当の恋人同士ってわけじゃなかったから当たり前か。だったら何で忘れられないんだろう。

「海吏とはうまくいってるんでしょ?」

「え?まぁ」

 海吏とは正式に付き合って1年弱。

 花見をしたり、山や海に行ったり、映画、買い物、遊園地、動物園…考えられるデートスポットは行きつくした。

 逆に奏多とは数ヵ月の付き合いでしかなく、ほとんどデートらしいデートもしていない。今度行こう、とそればかりで結局何も。

「私だって、元ダーリンが新しい彼女と歩いてるの見たらちょっと妬くかもしれないし、突然名前を聞いたらドキッとするかもしれないよ。だって好きだった人だもん」

「そう、だよね」

「だからといって今も元ダーリンが好きだというのと違うと思うよ。ただそれだけのことだから…亡霊のことなんて忘れなよ」

「わかってる。ありがと」


 この1年、海吏と作ってきた平穏な日常が一気に崩れていく気がした。

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