21.和解
あれからしばらく経つけれど、奏多と一度も話していない。
それは彼の過去を知ったからでもなんでもなくて……会うのはもちろん部活のみで、指導はいつも通り。
私も普通にしているつもりだったけれど、心なしか以前より避けられている気がした。
「天ちゃん、こっちー!」
「声が大きいですよ!悠生さん」
学校の正門前。ニコニコ顔で手を振る男性を捕まえて人混みから少し外れる。
ただでさえ1高の制服でうろつかれては目立ってしょうがないのに。
最近正門で不審者目撃情報があったけど、もしかして?
人目のつかない自転車置き場の隅まで彼を誘導し、ボリュームを下げるようにお願いした。
「ごめん、ごめん。急に呼び出して悪かったね」
「いえ」
悠生さんは、“今でも佑李や新奈が大切”だと言っていた。だからこそ関わらないと決めた、と。
でもそんなのは間違っているから。彼らには仲直りしてほしいから。
以前悠生さんに会ったとき連絡先を交換していたので、奏多と話をして欲しいと何度かお願いしてみたけれど、良い返事がなかった。だから、半ば諦めていたのに。
「最近よく不審者がいるって聞きましたけど、悠生さんですか?」
「まさか!まぁ何日かうろついてはいたけどさ」
「やっぱり」
「天ちゃんが連絡くれてからいろいろ考えてたけど、なかなか決心がつかなくてさ」
「そうですよね。すみません、図々しくて」
「いやいや。図々しいついでに、天ちゃんから佑李に言ってくれない?」
「はい?何をですか?無理ですよ!」
「だって勇気いるじゃん、天ちゃんお願い!うまく俺たちの間を取り持ってよ」
「嫌ですよ!私だって奏多に関わるな、って言われてる身ですし、今は…かなり気まずいので」
「そこをなんとか!」
手を握られすがるような目で見つめられる。
つい先日のようにすぐに折れるわけにもいかないが、振りほどく程の力もない。
「や、やめてください」
その時、
「おい、その手を離せよ」
突然割り込んできた乱暴な声に、悠生さんは素直に従う。
「これは、失礼」
「奏多!」
彼は一瞬私を見て、
「悠生てめぇ」
いきなり悠生さんに掴みかかる。
「違うの、奏多やめて!」
「そうだよ、誤解だよ佑李。天ちゃんとはただの友達だから。ね、天ちゃん!」
「は、はい」
「口説いてるわけじゃないから、安心してよ、佑李」
「…べつに関係ねぇし」
掴んだ胸ぐらを押すように離し、ムスとふてくされる奏多。
「1高の奴が女子に声かけまくってるって聞いて、すぐに悠生のことだと思ったよ」
「あははは」
「軽い奴だな、お前は」
それはお互い様だと思うけど…。
「悠生さんは奏多に会いに来たんでしょ?」
「えーっとまぁ……」
「ちょっと待て、天、お前何か悠生に言ったか?」
「え?ご、ごめんなさい」
「やっぱり」
「違うよ、佑李。俺が無理に聞き出したんだよ」
「そうか。……で、なんだよ悠生、殴りにでも来たか?」
「奏多!そんなわけないでしょ」
「いいんだよ、天ちゃんありがとう」
悠生さんは優しく言ってくれたけれど、やんわりと口を挟むなと制された気がした。
「殴りたい気持ちもあるからさ」
「やれよ。そんなんで許されようとなんて思ってないけど」
ケンカになったらどうしようと心配になったけれど、睨み合うふたりの間にはとても入れない。
「足で、勝負しよう」
「は?俺が走れない事聞いたんだろ?」
「だって天ちゃんとは勝負したんでしょ?」
「あれは、流しただけだし。マジに走ろうとすると体が言うこと効かなくなるから」
「そっか」
「ん?」
私との勝負はお遊びだったということ?
と一瞬口を挟もうとしたが空気を読み、諦めた。
ハンデがあったにしろほぼ同着なんてあり得ないか。
ひとりで落ち込んでいると、
突然くすくすと笑い出す悠生さん。
「何か悔しいなー」
「は?」
「佑李が俺のせいで腐ってるんだと思ってたのに……その割りには良い顔してるなーって。もう別のものを見つけたのかな?」
「まぁ…なんとか」
良かったー、と奏多の肩を叩く悠生さん。その一瞬で打ち解けたのか、ふたりは肩を組んで普通に話始めた。
私は完全に茅の外で勝手に盛り上がっがっている。
何があったの?
と言える状況でもなく狼狽していると、
「佑李は新しい目標を見つけたってことよ」
「え?」
静かに後ろから声をかけてきたのは、
「新奈さん!」
「気になって、奏多を着けて来ちゃった」
「そ、そうだったんですね。…修羅場になるかと思ってヒヤヒヤしてました」
「天ちゃん、あの事故のこと聞いたのね。悠生はたぶん、佑李の経歴を傷つけたくなくて事故現場からすぐにいなくなるように言ったの。直接事故に関わっていなくても、悪い仲間と夜遊びしていた事実はあるからね」
新奈さんの目は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだった。彼女はきっとこんな風にふたりがまた仲良く話している姿を見るの日を心待にしていたに違いない。
「あれ?新奈?」
盛り上がっていた悠生さんと奏多がこっちに気づいた。
「ほら、悠生」
奏多が言って、悠生さんの背中をひょい、と押した。
「あ、えーっと新奈、久しぶり」
新奈さんの目の前に押し出された悠生さんは思わぬ展開にあたふたしている。
「そうね、久しぶり」
「あのーそのー」
もじもじしている彼はちょっと可愛かった。しかし意を決したように、よし、と気合いをいれる悠生さん。
「俺は、健常者よりも早く走ることが目標で、そのための道を突き進むつもりだ!!でもまたふらふら、っと道をそれてしまうかもしれないし、迷惑かけると思うけど、やっぱり俺には新奈が必要なんだ」
新奈さんは黙って聞いていた。
「だから、結婚しよう」
ちょっと気が早いと思うけどな、と思ってしまったが、新奈さんは、はい、と即答した。
抱き合うふたりを見て嬉しさで涙が出た。
よかったよかった、と感激していると、
「おい、そこのふたり」
「え?」
悠生さんは新奈さんの背にまわした手を、私たちに向かって無言でシッシッ、と払った。
「バイトだろ?早く行け」
気を使えずすみませんでした、と奏多とふたり急いでその場を離れた。
そしてふたりきりになり、ちょっと気まずい雰囲気も漂いつつ校舎へと戻る。
あえてあのことには触れない。
「奏多ってバイトしてたんだ」
「あぁ、まぁな。おじさんがやってる体育教室で良いように使われてるだけ。デート中によく呼び出されたりしてたろ?」
「知らなかった。何で黙ってたの?」
「別に聞かれなかったし」
「女の子からの呼び出しだと思ってた」
「信用ねーな、俺。でもまぁそれもあったけどな」
「ん?」
「いや、何でもない」
「そーいえば、いいの?新奈さんとられちゃったけど」
「アホか、元々悠生のもんだし。別に新奈は女として見てねーし」
「そーなの?」
「余計な心配してんな」
「ごめん」
謝ってはみたものの新事実の意味に気づいてまた悲しくなる。
新奈さんが好きだから私を捨てたんじゃない、って事。ただ、私が要らなくなっただけ。
「ありがとな」
奏多が急に立ち止まり、かしこまる。
「俺、進学することにした」
「え?」
「たぶん県外になるだろうけど…」
「もう、会えなくなるの?」
「まぁ、そうなるか。これから猛勉強だけどな」
イヤだって言いたいけど、彼の心はもう決まっている。まっすぐで力強い自信に溢れた瞳には何も届かない、効果はないから。
「そっか。頑張って。……ねぇ、奏多」
「何だよ」
「私も、佑李って呼びたい!」
「は?絶対ダメ」
「何で私だけダメなの」
「うるせぇ」
「残念。……じゃぁ、私の気持ちの整理がついたら、ひとつだけお願い聞いてくれる?」
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