19.罰
吹く風はすっかり冷え込み、ブレザーの下に薄手のセーターを着込んでもまだ足りない程の季節になっていた。
ここ最近は天候も悪く、部活は室内練習ばかり。週2で半分借りている体育館での練習以外は、廊下や階段でのドリルが基本だった。
そんな中で昨日、階段から足を踏み外し、ゲガをしてしまった私は部活を休みかかりつけの整形外科で検査を受けた。
もちろん基本の体力作りも大切だったが、私はきっと練習に身が入っていなかったんだと思う。
幸いただの捻挫で済んだのだが、しばらく部活はしない方がいいと言われショックを受けた。
ぼーっとしてたから怪我したなんて朝希にバレたら怒られるだろうな、なんて考えながら受付で会計を済ませ、外に出ようとした時、足元に落ちている財布に気づく。
「あれ?」
私のではないし、だとすると今出て行った人の?
慌てて拾い、痛めた左足をかばいながら追いかけようとすると、持ち主らしき男の人が戻ってきた。
「あ、財布落としました?」
「うん。よかったーありがとう」
ジャージ姿の男性が安心したように一息ついてから、財布を落とした経緯を話始めた。
「あ、あーそうなんですね。よかったです」
面倒なのに捕まったなと、さっさと財布を渡して帰ろうとすると、
「どこかで会ったこと、なかった?」
「は?」
やっぱり面倒くさい。
「んーあ、そうだ!佑李の彼女でしょ?」
「違いますよ!…え?もしかして」
奏多のことを、佑李って言えるのは新奈さんと、
「悠生さんですか?」
「いやー本当に天ちゃんみたいなかわいい子に拾ってもらってよかったよ」
「なんか、逆にすみません。奢っていただいて」
普段友達と食べるチョコレートパフェより少し高い(値段も、高さも)パフェを注文し、とりあえず写真を撮ってからいただく。
何でも好きなもの奢るよ、と言ってくれたけど高級なお店も知らないし、咄嗟に思い付く店はいつものファミレスしかなかった。
「でもどうして私の事を?」
「半年くらい前だったかなー?1高の裏門前で佑李とイチャついてたよね?」
「イチャついてません」
選考会に出るよう説得していたあの時、見られていたのか。でもイチャイチャ要素は何一つなかったはず。
私は彼に会うのは3回目(うち2回は勝手に見てただけ)だけれど、顔を見ても全くわからなかった。走っている姿を遠くから見ていただけだからかもしれないが、降っている雨にも気付かないくらいストイックにただ前だけを見て走っていたあの時の悠生さんはすごくカッコ良かった。
「ぼーっとして大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。なんかイメージが全然違うのでびっくりしちゃって」
「そう?」
「新奈さんがあなたに振り回されていたんだと思うと、ちょっと面白いなって」
意外だ。悠生さんは真面目で無口な人だと勝手に思い込んでいただけに、ギャップがありすぎる。奏多に似てチャラいし。
「新奈とも仲良いのかー」
「同じ陸上部なのでよく話しかけてれるだけです」
「へー天ちゃんも陸上やってるんだね」
悠生さんは頼んだホットケーキには手をつけず、まずはコップの水をぐーっと一気に飲み干してから言った。
「足の具合、大丈夫?」
「ただの捻挫ですから大丈夫です。悠生さんも病院に?」
「うん、俺は定期的な検診とリハビリ。あ、俺の足の事聞いてる?」
「はい。新奈さんから」
バイク事故で片足を無くし、義足で厳しいリハビリに耐えていると。
「新奈が?」
「はい」
「ホントに?嬉しいなーまだ俺のこと覚えててくれたんだなー」
「当たり前ですよ!新奈さんはまだ…」
また余計なことを言ってしまう気がしてあわてて思い止まり、代わりにパフェの生クリームをたっぷり頬張る。
新奈さんは悠生さんをまだ好きだろうし、奏多もこの人の事を心配しているに違いない。
「佑李は、元気?」
「あ…ごめんなさい、奏多には全然会ってなくて」
「そっか。あいつ、ゲガして陸上やめたんだっけ?今年の大会出てなかったしなー」
「ケガ…というか」
またまた返答に困ってしまう。自分でもよくわからない事を人に言うのもオカシイし、ライバル視している彼に弱点を教えるのも違う気がした。
「残念だったな」
彼は本当に悔しそうなしかめっ面で、切り分けたホットケーキにグサッとフォークをつき刺した。
「あのふたり、進路も決めたかなぁ?」
何か不思議だった。奏多は悠生さんのことを語りたがらなかったからライバルとして敵視している部分があるのだと思っていたけれど、悠生さんの方は、全くないようだ。
むしろ心配で仕方ないような。
「奏多は就職するみたいですよ。新奈さんは知りませんけど、2高の卒業生は大半が進学ですからね」
「まぁそうなるか。佑李は勉強は割りとできるけど、よほどの目的でもない限り進学はないしな」
「どうしてそう思うんですか?」
「まだ幼い弟がいるし母子家庭でしょ?あいつのことだから負担かけたくないと思うだろうし。バイト代だけじゃねぇ」
「え?」
ちょっと待って……弟、母子家庭、バイト?
「中学の頃だったかなぁある日を境にピタリとまわりの仲間と付き合いが悪くなって、家族優先になったのは。きっと母親の苦労に気づいたんだろうな」
「そう、ですか」
私は何も知らなった。彼はよく小中学校での話をしてくれたけど、その3つのキーワードはまったく出てこなかった。私なんかに言う必要もなかったということか。
「悠生さんたちは仲が悪いんだと思ってたのに違うんですね。だったらどうして奏多に直接聞かないんですか?」
そんなに心配し、大切に思うならなぜ気持ちを伝えないのか。なぜ新奈さんに別れを告げたのか。
「それは……」
今度は私が返答しづらい質問をしたようで、彼は困ったように大きなため息をついた。
「まーそういう固いこと言わないでさ。食べなさい食べなさい!もうひとつパフェ食べるかい?」
「もう十分です」
自分の気持ちを押し殺してまで何を守りたいと言うのだろう。
余計なことを言わないように言わないようにと、心の中で唱えながら最後にとっておいたひとくちをぱくり。
そんな私を見て彼は、
「俺は今でも…新奈や佑李が大切だよ」
呟くように言った。きっと私なんて見ていない。大事な人を思い浮かべている顔をしているから。
さっき面倒くさい人だと思った時とはとても同じ人だと思えないくらい鋭く大人びた表情。
「でも、だからこそ…もう関わらないって決めたんだ」
自分に言い聞かせるようにゆっくりと言って、自嘲気味にふ、と笑ったようにも見えた。
「どうして」
「それが俺の、罰だから」
どこかで聞いたようなセリフ。こんな風に悲しげに聞こえてきて…
「そういえば、奏多も…そんなこと言ってました」
奏多が選考会で倒れたあの日。保健室で、新奈さんと話をしていた時、
『これが俺のーー』
私にはよく聞こえず意味もわからなかったけど、悠生さんのように、罰、とそう言ったのかもしれない。
「佑李が?どうして」
「えーっと…私にもよくわからないんですけど。いろいろありまして…」
「天ちゃんその話詳しく聞かせて!」
いろいろと濁しておけば、察して突っ込んでこないと踏んだが、そんな甘さは通用しなかった。間髪いれずに言われる。
「お願い!知ってるだけでいいから」
必死に合掌して懇願され、まわりの目も気になりだしたのもあって、私は折れてしまった。
言っていいのか悪いのかはわからないし、また怒られるかもしれないけれど、また幼なじみの3人が仲良くなれるなら、と勝手に決めつけ私は彼に奏多のことを話した。
私が入学してから1度も彼がまともに走っている姿を見ていないこと。
選考会で走る前に倒れたこと。
去年の大会後から走らなくなったこと。
そして新奈さんと話していた、罰のこと。
「『俺なんかが走って良いわけない』って言ってました」
「……」
悠生さんはしばらく何も言わなかった。
黙ったまま一点を見つめていたかと思うと、今度はガク、と見るからに落ち込んだ。
「悠生さん?」
「そういうことか」
思い詰めたように固まる彼からこぼれた声。とても聞き返せるような雰囲気じゃなくて、私は静かに次の言葉を待った。
「俺はただ、佑李のために……」
結局詳しく話してくれなかったけれど、奏多を想う悠生さんの気持ちが、私には痛いくらいに伝わってきた。
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