16.文化祭
いよいよ文化祭当日。
文化祭と言っても最初の頃は大々的でなく、小さな規模で行われていたらしいが、なんとなくライバル意識のある1高に対抗するべく年々派手になっているらしく、先生や先輩たち学校全体が張り切っているように感じた。
私たちのクラスは、多数決でタピオカドリンクになった。原価が安く簡単で根強い人気のため他のクラスとの争奪戦の末ようやく勝ち取った。第2候補のお化け屋敷にならなくて本当に良かった。
模擬店は体育館の一画で固められ、その他の出し物は1、2階の教室に割り当てられている。
「天~休憩行こぉ。交代交代~」
「うん。結構疲れたね」
やはり女子人気が強く、ドリンクの売れ行きは好調で、ずらっと並んでいた行列もやっと一段落した。
販売係りで朝から忙しかった私と朝希にようやく来た交代時間。エプロンを脱ぎ、次の当番さんにバトンタッチして、今日の仕事はオシマイ!
初めての文化祭だというのに楽しむこともできず、昼過ぎまでずっと働きっぱなしだった。
「あ、海吏も暇そうだね~」
「は?」
屋台裏で売上金を計算していた海吏は手を止める。
「どう見たら暇そうに見えるんだよ朝希ー。あ~また最初から数え直しだし」
わーと頭を掻きながら悩む海吏。
「そんなの後にしてさ、一緒に行こうよ」
「俺はいいよ。すげー忙しいから」
「へーそう?じゃぁ天、新奈先輩のクラスいこー?」
「え?な、何で」
新奈さんのクラス=奏多のクラスということ。
「先輩のクラス、ホストクラブとメイド喫茶だよ?行くに決まってるでしょ」
「ホスト?!」
「ね?行こうよ天。海吏は行けないみたいだから、かっこいい先輩を見に、ふたりで!」
奏多のホスト…確かに見たい!でも見てしまったら最後、癒えつつある心がまたまた逆戻りしてしまうかもしれない。不安がほとんどだけれど、興味本意もあり完全に拒否できない。
「あー朝希、やっぱり俺も行ってもいいかなー」
「海吏は忙しいんでしょ!」
「ぜひ!行かせてください!」
海吏は急にどうしたのだろう?態度がコロッと変わり、結局3人で奏多のクラスに行くことになった。妙な組み合わせだが、
「ちょっと偵察に行くだけね、朝希」
「えー奏多先輩をじっくり拝まなきゃ」
「ババアか」
すかさず海吏のツッコミが入る。
私だって拝みたいよ!とは言えない。
「あ、新奈先輩だ」
体育館から3年生の教室に向かうとすぐ、客引きをしているメイド姿の新奈さんを見つけた。
「新奈センパーイ!」
朝希が先に駆け寄ると、にこやかないつもの新奈さんがいて、黒のヒラヒラスカートを翻してこちらにも手をふってくれた。
「天ちゃん、久しぶりね」
「はい」
あの選考会以来、新奈さんとも奏多とも、まともに話をしていなかったから、本当は彼女と会うのも少し不安だった。
しかし新奈さんはやっぱり大人。何事もなかったように接してくれる。
スカートは見慣れているけれど、白いフリルがたくさんついた黒スカートの甘々メイド服はひと味違う。
「新奈先輩すっごくかわいいです。似合う~」
「うんうん!」
誰もがうっとりとしてしまうくらい、かわいい!
朝希の言う通り本当によく似合っていて、美しい。海吏も見とれているようだった。
「そう?ありがとう。ね!寄っていかない?本当に暇で暇で」
「えー?どうしてですか?すごく人気だと思ったのに」
「最初はすごかったんだけどね。ちょっと…」
「そうだ!新奈先輩、ホスト姿の奏多先輩に会いたいです」
「あーごめんね朝希ちゃん。奏多はホスト役じゃないのよ」
「えー残念だね、天」
「え?あ、いや」
突然振られて驚いたが、ちょっとホッとした。ホストの奏多を冷静に直視できる自信はないから。
「奏多先輩いないなら意味ないじゃん。……私、ダーリンと約束あるから行くわ!」
「え?」
じゃぁね、と行ってしまった朝希。
「ちょっとまって、」
言いかけた時、ドン!
「痛っ」
教室から飛び出してきたメイドさんと肩がぶつかりよろめいた。
「ごめんなさい」
と彼女に声をかけると、「いや、大丈夫か?」と顔を上げたメイドさん。
「え?」
「げ!」
一拍おいて、
「えー!?」
海吏と私はほぼ同時に叫んだ。
「奏多?!」
「先輩?!」
「お、お前ら!…最悪だ」
メイド服を身に纏い、茶髪ロングのカツラをつけた奏多が恥ずかしそうに顔を背けた。
か、かわいい!
「また逃げ出そうとしてるわね」
「新奈!もーやってられんねーよ」
隣を見ると、海吏は必死に、必死に笑いを堪えている。奏多がそれに気付き、
「よぉー海吏」
「せ、先輩、お、オハヨーゴザイマス」
もう堪えきれていない。明らかに彼を見ないように視線をわざと外しているのが目に見えてわかる。
「もう昼過ぎてる。おはよーじゃねーだろ!」
「す、すんませーん。こんちわッス!!」
「てめぇ、言いたい事あるなら言えよ」
「いや、特には…」
何を言ってもキレるんだろうけど、海吏の態度にイラっとしてふん、とふて腐れる奏多。
「天!てめーもいつまで笑ってんだ」
「は、はい。すみません」
奏多の格好がおかしくて笑いが止まらないわけではなかった。むしろ彼は整った顔立ちをしているから、喋らなければ私なんかよりよっぽど綺麗。
だから、ホストの奏多を想像して勝手にドキドキしていた自分がバカみたいで。
「女子がホストで、男子がメイドってすごく良いアイディアだと思わない?」
新奈さんがため息混じりに言う。
「何がダメだったのかな?」
「でも客引きしてる新奈さんがメイド姿って…」
小声で海吏に「詐欺だよね?」というと、彼はうんうん、と頷く。
新奈さん目当てに中に入ると、女装した男子に接客されるなんて、最悪だ。悪夢だ。
「こんな調子だから誰も来ないのよ」
私も海吏も確かに!と納得してしまった。
せっかくのイケメンメイドも性格に難ありでは台無しだ。
「あー奏多先輩!見つけましたよぉ」
和やかな雰囲気を壊すように、女子がふたり彼に駆け寄る。ネクタイの学年カラーで2年生だと分かる。
「休憩時間一緒まわろう、て約束したじゃないですか」
「そーだっけ?」
メイド姿の彼に制服女子が腕をからめる。なんとも奇妙な光景。
「そうですー早く着替えてきてくださいよぉ」
「あーわかった」
奏多は照れるでも悪びれるでもなく、私になどお構い無しに淡々としていた。
何の縛りもないんだから、当たり前か。
彼女たちに急かされてそのまま教室に入ろうとする奏多を、先輩!と海吏が呼び止める。
「あ?」
肩越しに振り返える奏多。
「やっぱ、すっげーお似合いッス!!」
海吏は力強くそう言って、
「天、行くよ!」
「え?」
少し乱暴に手を掴まれ、答える間もなく歩き出した彼。後ろから「またねー」と新奈さんの声が聞こえたけれど、返事もできないまま力に従う。
「海吏、どこ行くの?」
「教室」
手を引かれるままに早足で歩いた。
奏多は見ているだろうか。私と海吏が手を繋いでどう思っただろう。なんて、そんなことばかり考えてしまう。
「海吏、こっち行き止まりだよ」
「え?い、いいから」
「ねぇ戻ろうよ」
「ダメ!」
「海吏?」
長い廊下を突き当たったところの非常口から外に出て、ゴミ捨て場の脇を通って非常階段まで来た時、私はもう一度彼の名を呼んだ。
「ねぇ痛いよ」
握られた手のあまりの強さに耐えかね、振りほどこうとしてみても、ムリだった。
「あ、ご、ごめん」
気づいた海吏がようやく足を止め、パッと手を離したと思ったら急にうなだれる。
「ホントごめん!つい…夢中で」
やっちまったーと、片手で目を覆うように隠しながら顔を背ける海吏。そのままひとりで階段を上がっていこうとする彼の耳が真っ赤なのに気づいて、つい可笑しくなる。
「へ?」
思いがけない笑い声に、海吏は頓狂な顔で振り返った。
「ありがとう、海吏」
「何が?」
「助けてくれて」
きっと私が泣かないように、あの場から連れ出してくれた。
「私もう、大丈夫だよ」
にこ、と笑ってみせると、海吏は逆に眉根を寄せ難しい顔になった。
「海吏?」
どうしたのだろう?
名を呼ぶと突然体が引き寄せられ、ぎゅっと私を抱き締める腕に力が込められる。
やっぱりちょっと力が強くて痛いけれど、少しだけ暖かい気持ちになった。
「ありがとう」
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