13.真剣勝負

 相変わらず、兄の墓にはあの時のままのアマリリス。実際には奏多に引っ張られて霊園に来たあの時の花とは違うだろう。枯れる前に新しい花に替えてあるんだろうと思う。

 兄の婚約者だった美緒さんは、もう新しいパートナーがいるのに、なぜまだ兄の墓にくるのだろう。

 私が許さないと言ったから?

 罪滅ぼしのつもり?

 そうだとしたら、ずっと兄を想っていてくれたらいいのに。中途半端にこんなことされたって。



 この前、奏多が走らなくなった理由を聞かされ、私にもなにか出来るのではないかと思った。明確な理由などないけれど、とにかく彼と話したい。けれど芹沢先生が言っていたように、彼はなかなか捕まらない。電話にはもちろん出てくれない。

 姿を見かけてもするりとかわされるし、だからと言って教室まで押し掛ける勇気もなく、昨日はことごとく失敗に終わった。

 今日は部活を休み、授業が終わってすぐ自転車置き場で張り込みをしていた。正門のすぐ近くにあるここにいれば、自然と正門が張り込めると思ったのに…なぜか空振り。

 いつまでたっても彼が現れることはなかった。いつも奏多といる取り巻き男子たちに聞くと、もう帰ったと言われ、私は仕方なく彼の寄りそうな場所を探していた。

 公園、霊園から、ゲーセンにも寄ってみたが、いなかった。聞き込みも情報なし。

 今日もダメだったか、と落ち込みながらゲーセンをでて駅通りに向かう。

 次は…と考えていると見えてきたのは、

1高のグランド。あ、と思い何故だか自然と足が向く。

 道路に面した裏門からこっそり覗くと、あの時と同じようにひとり走り込む悠生さんの姿があった。陸上部やサッカー部員たちが群れて練習するその片隅で、ひとり。

 痛みが走るのか、時々足を抑え立ち止ってしまう事があったが、言われなければ彼にハンデがあるようには見えなかった。

 ここにいる誰よりも真剣に、ひたすら何かに向かっていこうとする姿は本当にカッコ良く見えた。奏多の走りに一目惚れしたあの瞬間のように。

 しばらくぽけーっとに見とれていた私は、「おい」っと突然ワイシャツの後ろ襟首を捕まれ、我にかえる。

「何してんだ」

 驚いて声の方を見ると、怪訝な顔の奏多がいた。

「こんなとこで、何してんだ?」

「か、奏多こそ!」

「俺は…べつに。何も」

 離してよ、と拘束を振りほどく。

 奏多は嘘つきだ。きっと悠生さんのことが気になって見に来たくせに。

「で、何?俺を探してたって聞いたけど」

「そーだった!選考会のこと」

 彼を探す事で精一杯で、危うく真の目的を忘れるところだった。

「その事なら、話すことはねぇな」

「どーして?最後の大会なのに」

「うるせぇよ」

 またふいっといなくなってしまいそうで、けれど、彼を説得させる術などない。

「天には関係ない」

「わかってる。でも…あの、悠生さんのこと」

「は?」

「あ!」

 あわてて口を閉じてももう遅かった。

「何で悠生のこと…新奈か」

「う、うん」

「選考会も悠生のことも、天には関係ないだろ。放っとけ」

 冷たく言い放つと、彼は私から離れていく。

「待って奏多…ねぇ!奏多!」

 呼んでも届かない。叫んでも響かない。

 なんとか引き止めたくて、何が言いたいのか自分でもよくわからないけれど、

「奏多佑李ー!……あれ?」

 力一杯彼の背にぶつけると、思いの外簡単にピタ、と足が止まった。

 瞬時に踵を返し、今度はこちらに向かってズンズンと突進してきた。ポッケに手を入れ、凄んだ顔で、

「おい!」

 もうだだのチンピラだ。

「は、はい?」

「名前で呼ぶなって言ってんだろ!!」

 マジな怒鳴り声。

「ご、ごめんなさい」

 新奈さんには呼ばせてるくせに。

「まだ、何か?」

「えーっと…」

 何も思い付かなくて、普段使わない思考回路を必死に稼働させて捻り出したのは、

「勝負しよ!」

「あ?」

「100メートル1本勝負!私が勝ったら…選考会に出て」

「……バカかお前は。正気か?」

 本当にバカ、とため息混じりに何度かディスられたけれど、私は咄嗟に出た案とはいえ、大真面目だった。



「で?ハンデはどうする?」

 ぶっきらぼう、と言うか投げやりと言うか…そうと決まったら淡々と仕切りはじめる奏多。

 きっと、やっつけ仕事としか思っていないのだろう。

 1高前で口論に近いやり取りを続けるのも迷惑になるので、場所を変えようと彼が言い出した。公園でいいだろ、と一言。

 本当は、勝負をするならしっかりとした場所で、第3者に見届けてもらいたかったのに。

 もう、すっかり夕暮れ。

 チカチカ、と街灯が灯り始めていた。

 公園にはもう子供たちの姿もなく、とても静かで寂しげにも感じる。

 住宅街にポツンとある狭い公園だが、デコボコな地面と砂場も含め、端から端まで斜めに直線距離で100メール近くはあるだろう。

「ハンデは、半分!」

「アホか」

 奏多はすかさず突っ込みながらも、なんだかんだで結局半分弱のハンデをもらった。

 彼にはブランクがあるとはいえ、仮にも昨年全国2位の相手。鼻で笑われてしまうくらい無茶な話かもしれない。

 けれど、やってみなくてはわからないから。

「一発勝負だからな」

 互いに制服のまま。

「わかってる」

「てか、俺が勝ったら何か特あるわけ?」

「…ない」

「アホか」

「だよね。奏多が決めて」

「んーそーだなー」

 と呟きながら、奏多は適当に決めたスタート地点に石ころで線を引く。

「お前はここからな。…で、俺はこの辺かな」

 彼は、私から砂場を挟んだ更に奥まで行き、道路とを隔てるフェンスの前で軽く手足のストレッチを始めた。

「ゴールは入り口の木だからな」

「わかったけど、奏多が勝ったら?」

「いいから、前向いて確認しろ」

 言われた通りにしてから、私も軽く準備運動をする。

「俺が勝ったら…そうだなぁ」

 しばらく考えるように間を置いて、

「……もう、俺に関わるな」

 なんとなく、そう言われる気がしていた。

 首肯だけで答えて、気合いを入れ直す。

「準備はいいか?」

「はい」

 彼の合図で、スタートを切る――。


 勝負は、一瞬。

 いける!とゴール間際で確信し、伸ばした手よりも彼が先か、ほぼ同時だったか。

 たったこれだけの距離でも息があがってしまい、その場に倒れ込むようにして膝をつく。負けた、と思ったら一気に力尽きてしまった。

 奏多はゴールとしていた木にもたれ掛かるように背を預けながら、ゆっくり呼吸を整えていた。  

「サボってるとホント体がなまるなー」

「私、負けた?」

「つーか、本気で俺に勝つ気でいたわけ?」

「……」

 思っていなければしない。私だって最近調子が良いし、ハンデもあるしもしかしたら、と。

 ずっと黙っていた私を見て、突然彼が声をあげて笑いだした。

「え?何」

「いや、なんかすげーな、と思って」

 何が面白いのか、腹を抱えて大笑いしていた奏多は涙を拭うように目を擦りながら、

「わかったよ。選考会には、出る」

「え?だって今のは」

「同時だろ」

 そう見えたけど、きっと僅かに彼が勝っていたと思う。 

「だから、出る」

 やったぁ!!と歓声を上げた私に、

「でも、」

 と続ける。

「同時なんだから、お前も俺の言うことを聞けよ?」

 つまりもう、関わるなということ。

「……わかった」

 もう一度、彼の真剣な走りを見ることが出来るのなら、それでも構わないと思った。




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