12.ライバル
ふられた。
完全に終わった……。
大きな存在をなくし、悲しみにくれる日々が始まる。
かと思っていたけれど、案外、そうでもなかった。
というのも、奏多に言われた事が大きいが、目標があるのとないのでは気持ちの持ちようが違う。
しっかりと部活に出るようになって数日。
どんなに頑張っても結果が伴わず、くすぶっていた時期とは違い、なぜかやればやるほど力が付くようで楽しかった。
彼のアドバイス通り筋トレもしっかりして筋肉もつき、女子にしては喜ばしくない体形に近づきつつある。
「天~帰ろぉ」
「ごめん。もう少しやってく」
部活が終わってからの自主練。
もう2.3本走り込みたくて朝希には先に帰ってもらった。日が落ちた今からが一番体が動く気がしたから。
大会まであと僅か。週末には最終選考会が待っていた。1年で大会に出られる人はほとんどいないらしいけれど、奏多が見ていてくれるような気がしたから、なんとか頑張りたかった。
「天ちゃん、お疲れ様」
クールダウンがてらストレッチをしていると、誰もいないと思っていた部室から顔を出したのは、新奈さん。
「そろそろ部室閉めてもい?」
「あ、ごめんなさい!」
「最近調子良いみたいね。何か、あったの?」
「いえ、特には。す、すぐ着替えます」
いろいろあったが、彼女には言いづらい。
「ゆっくりでいいわ」
そうは言っても、先輩を待たせるわけにはいかなかった。部室に戻り、汗を適当に拭いて制服に着替える。
部室の外で待ってくれている新奈さんに再度謝って、施錠してもらった。
「最近何かと物騒だからね」
一緒に帰ろうか、とふたりで歩き出した時、
「あーいたいた、新奈さーん!」
校舎の方から走ってきた陸上部顧問の
「どうしたんですか?先生」
「奏多くん、選考会本気で出ないのかな?」
「たぶん…でないと思います」
「やっぱりそーだよね。なんとか説得しようとしてるけど彼はホントに逃げ足が早くて」
確かに!新奈さんより先に納得してしまった私。
「もう少し頑張ってみるけど、新奈さんからもよろしくね」
先生は新奈さんから部室の鍵を受け取り、それだけ言うとまた校舎の方に戻っていった。
「奏多はもう、部活にも来ないんでしょうか」
「そう、かもしれない」
「新奈さん何か知ってるんですか?」
ケガなんてしてないことはわかっているから。
「えーと……奏多には言うなって言われてるんだけど」
新奈さんは躊躇したようにその先を言い淀み、少し間を置いてから切りだした。
「私と奏多、悠生は幼なじみなの。すごく仲が良くて、奏多と悠生は何でも競い合う良きライバルだったわ」
帰り道、自然と同じ歩幅で、速度に会わせてゆっくりと話す新奈さん。
「高校が違っても陸上で競ってた。唯一奏多が勝てない相手が悠生」
奏多は、陸上大会の100、200メートル共に2位だった。1位はもしかして、悠生さん?
「きっと奏多にとっては大会なんてどうでもいいの。悠生に勝つ事だけが目標だったんじゃないかと思うわ」
悠生さんが事故に遭い、奏多も陸上をやる意味を無くしたと。
「そんな…」
「直接聞いた訳じゃないけど」
並んで歩く新奈さんの横顔をちらりと盗み見ると、伏し目がちでどこか物思いにふけっているよう。
奏多は新奈さんにとってどのような存在なのだろう。彼女が幸せになれば、奏多は私に振り向いてくれるだろうか。
「新奈さんは、悠生さんに気持ち伝えないんですか?」
「どうしたの、突然」
「私、奏多にふられました」
「え?」
ホントに?と、足を止め私を見た新奈さん。
「本当です。ちゃんと好きだって言って…ごめん、て言われて」
彼女はもう何も言わなかった。だからなのか、何だか腹がたって、
「新奈さんは悠生さんのこと忘れられるんですか?まだ好きなら好きってどうして言わないんですか?」
また徐々に俯いてしまった新奈さん。
悠生さんのことを話してくれた時、彼女は
『彼にはきっと、もっと大事なものがあるんだと思うわ』
そう言って悲しげに笑っていた。大事なものが人なのか物なのか、もっと別の何かなのかはわからないが、新奈さんはきっと見守るだけで、それ以上踏み込もうとはしない。
「悠生さんの大事なものに負けるのが怖いんですか?自分の気持ちを抑えるなんて間違ってますよ!」
言うと、はっとしたように一瞬目を泳がせたように見えた新奈さん。
見えただけで、実際は何もなかったのかもしれない。
「そう、かも…しれないわ」
顔を上げた新奈さんはもう綺麗に笑えていたから。
「みんなが天ちゃんみたいに素直だったら世の中もっとうまく行くんじゃないかしらね」
いつもより、早口だった。私が口を挟むよりも先に「でも、」と続ける。
「そんな人ばかりじゃないの。時には言わない方が良い事もあるし、越えない方が良い領域だってある」
ピシャっと言われたのに、私はその意味を全く理解してなかった。
あの時ちゃんとわかっていたなら、もう引き返せないほど彼を傷つけることなんてなかったかもしれない。
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