10.彼の気持ち

 今日は朝からずっと気分が上がらず、ぼーっとしているうちに時間だけが過ぎていった。何の授業があったかすら、はっきりと思い出せない。

「部活か~嫌だな~」

 奏多のいない部活なんて何の意味もない。彼はまともに走りはしないが、筋トレや、基礎練習はしていたし、顔だけはほぼ毎日出していたのに。

「天ーもう行くよ?遅れちゃう」

「朝希~私部活やめるわ」

「は?何言ってんの?だいたいあんたはねー」

 放課後の教室。机に突っ伏している私に降りかかる朝希の説教。

「先輩がいたから部活やってたの?あんたは」

「はい!」

「そ、そーなんだ!素直だなーでもダメ!先に行ってるから、ちゃんと来てね!」

 絶対だよ!と強めに言い残し教室を出てった彼女。さすがマネージャー。

 私はもう、めんどくさい、だるい、そんな負の感情しか出てこない。

 着替えなきゃいけないし。借りていた本も返さなきゃだし。でも朝希に怒られたくないし…と、ようやく重い腰をあげ、とりあえず部室に行くことにした。

 今さら急いでも仕方ないので、私は2階の渡り廊下を抜けてすぐの図書室に寄った。貸出し時間は過ぎてるからもう誰もいないかな、と返却ボックスの中に本を入れようとした時、

「もー絶対終わらないー」

 と図書室の奥から聞き覚えのある声がした。

 たぶん図書委員の海吏の声。

 ひとりで頑張っているのかな?とドアを開けると、もうひとつの声が、

「だからー手伝ってやってんだろー?」

 私は瞬時に反応してしまう。その声音にどきっとしながらも、息をひそめる。

 乱暴な口調の方は、間違いなく奏多だ。

 また彼に見て見ぬふりをされたらきっと立ち直れない。

「いつも先輩がさぼるから、仕事がたまりにたまってるんですわ」

「うるせーな。なんで俺がやらなきゃなんねんだよ」

「だからー今週は先輩と俺が当番なんですよ!そんなんで就職先なんて見つかるんですかね」

「うるせぇな」

 どうやらふたりは、ドアの開く音に気づかなかったようだ。ほっ、と胸を撫で下ろす。

 奏多は就職志望なのか、と貴重な情報をゲットしたところで、後は会話を邪魔しないようにそーっと帰ろうとすると、

「あ、そーいえば先輩、天とケンカでもしたんですか?」

「は?別に」

「でも朝、明らかにシカトしてませんでした?」

 海吏は何でそんな余計な事を言ってるのだろう?もうやめてー!と思っても顔を出すわけにもいかず、でも少し気になって聞き耳をたてる。

「海吏、どーでもいいこと言ってねぇで仕事しろ」

「どーでもよくないっす。俺にとっては」

「おい、おい、ムキになってどーしたよ」

 あれあれ?ふたりの会話の方向がおかしくないかな?彼らの姿は見えないまま、余計に雲行きが怪しくなっていくように感じる。

「先輩!この際だから聞きますけど、天のことどう思ってるんすか」

 海吏はまた!もうこの場から消えてなくなりたかった。答えはわかってるから。

「先輩?」

「どうとも思ってねーよ。…なんだよお前、天が好きなのか」

「はい、好きです」

 即答した海吏。

 バカー!と大声で叫びたかった。どっちに言いたかったかははっきりしないけど、心の中で叫びすぎて半分漏れていたかもしれない。

 やば、っと口元を押さえて心の声を鎮めた変わりに、手に持っていたはずの本が、音を立てて床に落ちた。

「あ」

 バカは私だ。

 気付いたふたりが奥から顔を出す。

「天!」

「あ、いや、その」

 私はなんとかごまかそうと、

「本を返却にきて、それでえーっと…何も聞いてません!」

「バカかお前は…。良かったなー天。海吏がお前のこと好きだってよ」

 相変わらずチャラさ全開。けれど、私をまともに見ようとはしない。

「俺はもう伝えてあります。先輩はどうなんですか?」

「海吏!もうやめてよ」

 海吏の手首を掴んで、奏多に正面から向き合っている形の彼を引き離す。

「天は知りたくないの?」

「いいからやめて」

 もうわかるから、聞きたくなかった。それなのに、

「先輩、答えてください」

「は?俺は、天のことなんて好きでもなんでもねーよ」

 冷たい奏多の声。強めの。

「ただの遊び相手に本気になるかよフツー。天もわかってた事だろ?」

「……」

 わかってた、はずだったのに。

 何も言い返せないでいる私を見て、海吏がかばうように間にはいる。

「先輩、じゃあ俺がもらってもいんですね?」

「は?俺に許可なんているかよ。くだらねぇ恋愛ごっこでもしてればいいだろ、ガキがッ!」

 最後はもう怒鳴るように言って、整理していたはずの本を何冊かぶちまけて出ていった奏多。

 しばらくの沈黙の後で、海吏が絞り出すように「ごめん」と呟いた。

 私にはもう、涙すら出てこなかった。

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