4.気遣い

  部活を終えて部室に戻った頃にはもう、最近長くなった陽が傾き始めていた。

 部室と言っても、やたらと声がでかい野球部とサッカー部に挟まれた狭い部室。

 そこを男女で半分に分けられたさらに狭いスペースしかない。

 私は誰もいなくなった部室で、汗をかいた身体を入念に手入れして、制服に着替える。

 今日はめずらしく、『一緒に帰ろうか』なんて奏多が言い出したから、変に意識してしまって、何だか部活も身が入らない状態だった。

 普通の恋人同士なら、当然のことなのかも知れないけれど、奏多との関係はそんな甘いものではないから。

 そんな普通のことさえも、私には嬉しくて。

  その時、部室の外で物音がする。

「奏多?」

 私の呼びかけに返る声はなく、ギュィと錆び付いたような音の後にドアが開く。

「残念でした、私ですぅ。奏多先輩を待ってるのなら、来ないと思うよ」

「え?」

 現れたのは、笑顔の似合う親友。

 けれど今は、あの活発な笑顔が見られない。

「なんで?」

「えーと…もう帰ったんじゃないかなーって」

「そーなんだ」

「きっと急用じゃない?」

「いいよ、朝希。気を遣わないで。どーせ女の子といたんでしょ?チャラいから、あの人」

「うん。ねぇ天、何でそんな人と付き合ってるの?そんなに好きなの?確かにイケメンで頭も良いし男子からも人気あるけどさ」

「何で、って……そもそも付き合ってるのかな?よくわかんないけど」

「急に呼びつけられたと思ったら、用ができたからって平気で先に帰るし」

 初めて抱かれたあの時だって…。

 でも、離れられない。

「天」

 彼女は困ったように眉を顰める。

 恐らく気の利いた言葉を探して、そのまま俯いてしまった。

 どうせまた他の女と遊んでいるのだろう。そんなことは、わかっていた。

 それは、私たちの関係が始まった頃から、気付いていなくてはならなかったこと。

 でも、いつまで経っても慣れない。

 奏多のことが気になって仕方がないくせに、私には彼を探しに行くことはできない。

 その現場に乗り込んで“彼女”だと主張する勇気もない。

 心ではわかっていても、事実を目の当たりにするのは、怖いから。

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