第11話
背中に広がる、硬い感触。重い瞼はそのままに、無造作に投げ出した両手を数回叩くように動かしてみる。
硬く、そして広い。僅かに宿る暖かな熱量は、陽の光だろうか。
黒いカーテンの向こう側から、優しくこちらを撫ぜるそれは、ともすればいつまでもそのままでいることができそうなほど、心地よく暖かなものだった。
俺は、何をしていたんだっけ。
いつも通り、ネットゲームをしていたはずだ。
いや違う、その後四日が現れて……。
その瞬間、記憶の導線に火が付いた。
「イルミア!」
頭を覆う白い靄を振り払うように、俺は勢いよく飛び起きた。
それと同時に背中の方で、何かが剥がれ落ちるような不気味な音が鳴る。
思わず身をすくめ、それが何なのかを確かめようとした。
陽に眩みそれがなんなのか判別することはできないが、ぼやけた輪郭がどんな色をしているかは見て取れる。
周囲に広がる灰色と……俺を中心に広がる赤。
「あ、ああ……⁉」
背筋を震わす俺の想像の答え合わせをするように、徐々に視界がクリアになっていく。
俺は巨大で平たい岩の上、血だまりの上で横たわっていた。
俺の血なのか。
俺は自分の存在を確かめるかのように全身を触った。
感触は、ある。
「痛ッ……‼」
それは脚に触れたときだった。
引きつるような痛みにつられ、そこに目をやると細かな切り傷擦り傷がいくつも広がっている。あまり見たくもない有様だ。
その傷からの出血なのか、俺には判断することはできないがとりあえず確かなことが一つ。
「生きてる、生きてるよな……⁉」
脚の痛みが消えたわけではないが、動かさずにいればなんとか耐えられる。いや、早急な治療はお願いしたいのだが。
恐る恐る、周囲の血に触れてみた。
だが予想に反して、それらは手をベットリと染めるようなことはしなかった。
「乾いてる……」
俺は安堵した。
とりあえず、すぐさま命に関わるような状況ではないようだ。
荒くなっていた息を整えながら、俺は周囲の景色を見渡した。
穏やかな風に揺れる木々の中心に存在する祭壇のようなこの場所に、幸いにもその姿はすぐ近くに捉えることができた。
体二つ分ほど離れた場所に、彼女は仰向けで倒れていた。
しかし様子がおかしい。イルミアの胸は荒く上下を繰り返し、グッタリと力無い。
そちらへ向かおうと力を入れた両足に、鋭い痛みが走った。
くそっ、そうだった……‼
両足から力が抜けその場に倒れ込む。
数秒痛みに呻いた後、両手をつっかえ棒のように使うことでなんとかイルミアの元へ這い寄った。
「イルミア、しっかりしろ!」
そう呼びかけるが返事はない。
イルミアの顔は苦悶に染まり、胸は荒く上下している。
イルミアの髪の輝きが、一層増していた。
陽の反射ではない、彼女自身が発しているその光は全身へと広がりゆっくりと明滅を繰り返す。
不安を隠しきれない俺は必死になってイルミアの名前を呼び続けた。
「コウ……大丈夫、心配しないで……」
「イルミア!」
するとほどなくしてイルミアが意識を取り戻した。しかし俺を安心させようとしてか、無理に笑顔を作ろうとして苦痛に歪みその表情は痛々しい。
「よかった……!辛いなら、無理はしないでくれ」
「大丈夫……随分と、無茶をしたからね……。じきにおさまる……ウッ!」
言葉に反して苦悶の声を漏らすイルミアを前に気が気ではなかったが、そんな俺にイルミアは何度も何度も大丈夫と繰り返した。
時間が経つにつれ、その言葉の通りイルミアの呼吸は落ち着いていった。
輝きもだんだんと薄れてゆき、やがては消える。
訪れる静寂に、吹き込んだ風が耳の後ろを撫でていった。
「コウ、そこにいる……?」
「あ、ああ!いる、ここだよ」
目を閉じたまま、そう尋ねるイルミアがとても儚げに見え俺は過剰なほど慌ててその声に答えた。
何をしたらいい、俺に何ができる。そう聞きたくてしょうがなかった。
だが結局何も言えないまま、俺はイルミアの言葉を待ち続ける。
「あのね、お願いがあるんだ」
その言葉に心臓が一つ大きく跳ねる。
「何だ!?」
自分が動揺しているのがよくわかった。
彼女が一つ言葉を発するたび、体を包む安心感を求め俺は次なる言葉を待つ。
「手を握ってほしい」
「手を……」
手、手。
そうか、そんなことか。
俺はゆっくりと彼女に手を伸ばそうとして、ふと思いとどまる。
手って、どうやって握ればいいんだ……?
右手?左手?両手を握れば良いのか?
こっちは片手で良いのか?親愛の情を込めて両手で……!?
「コウ……?」
「はいっ!!」
イルミアの呼びかけに背筋に電流が走り、俺はその勢いのまま彼女の小さなその手を両手でガッシリと掴んだ。
やわらかい。
すこしつめたくて、ぷにぷにしている。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
その想像以上の心地よさに語彙力が瞬時に弾け飛ぶ。
というか先程までさんざんつないでいただろうに!!
地球人初世界間移動の衝撃に飲まれまるで気にすることのなかったオンナノコの感触に俺は、感動で打ち震えた。
「フフッ……」
イルミアが笑った。
なにか、不手際があっただろうか……!?
なにしろ女の子との手の握り方なんて経験値はこれっぽっちも持っていない。
今すぐこの手を離すべきかと思案したところでイルミアが示した反応は、またしても俺の予想の斜め上をいくものだった。
「コウ、君はここにいるんだね……」
「ああ……ってイルミア……!!?」
イルミアの目尻から、一筋の雫が流れ落ちた。
泣くほど嫌な握り方をしてしまったのだろうか、安心と動揺のシャトルランを繰り返しすぎてしまったせいで、俺ももうそろそろ泣きたくなってきた。
「アハ、アハハッ、ハハハハハッ!!やった、ボクやったよ……!!」
しかしイルミアは穏やかな表情を浮かべたまま、再び笑みを浮かべた。徐々にその笑い声は大きくなり、何かを噛みしめるようにやったやったと繰り返した。
正直少し怖かったので、その様子を黙って見つめること数分。
イルミアは深く息を吸ったかと思うと、目を閉じ呼吸を止めた。
「イルミア……?」
次の瞬間、突然イルミアの両目が見開かれ勢いよく全身が飛び跳ねた。
「ふっっかぁーーーつ!!」
「うわぁぁ!?」
ニートが主人公になるために @YumesigotoZ
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