第10話
「うわわわわわわっ!!」
どこまでも広がる青い空。
比喩ではなく上下左右に物体は存在せずただ青空としか形容できない空間を、俺は落下していた。
全身で風を切る音が耳に響く。
なんで!?俺は異世界へ向かうゲートに入ったはずじゃあ……!
「コウ!」
俺の名を呼ぶ声と共に、誰かが右手を掴んだ。
「イルミア!」
「落ち着いて、この手を離さないでね!」
俺同じ様に、命綱もなくただ落下し続けているにも関わらずイルミアはずいぶんと冷静だ。
「こ、このままじゃあオレたちぃぃ……!!?」
「大丈夫、これはきみが認識しただけの世界さ。まぶたを閉じてごらん」
一体何をと思いながらも、俺は機械的にイルミアの言葉に従う。
すると、これまで鳴り響いていた風の音が突如として消え去る。
「え……!?」
おそるおそる、再び目を開いてみると俺の眼の前には田んぼが広がっていた。
正確には目に前には窓ガラスがはめられていて、高速で移動している俺はそれを座って眺めている。
「電車だ……」
「デンシャ……?それが君には見えてるんだね、具合はどうだい」
間隔をあけて起きる振動と音、そして隣にはイルミアがいた。
俺たちは二人がけの座席に仲良く腰掛けている。
「イルミア、これは一体……?」
「僕たちは今、世界と世界の狭間を移動しているんだ。君にはその光景を認識することができないから、勝手にそれっぽい風景を見ているんだろう」
なんてこった、でたらめすぎる。
俺はイルミアと二人っきりで電車に揺られるという素敵シチュエーションをロクに楽しみもせず、思わず天を仰いだ。
そして、音が消える。
「あ……」
そして目を開けるとまた俺は珍妙な景色に放りだされていた。
車、水の中、エスカレーター、鳥の背中。
まばたきの度にすり替わってゆく景色を最初こそ楽しんでいたものの、やがて吐き気に見舞われるようになる。
「ウップ……!」
「もう、調子に乗るからだよ。少し目を閉じてジっとしておいで。そう時間はかからないから」
「ああ……そうするよ」
イルミアに背中を擦られながら歩く自分の姿に若干の自己嫌悪を覚えつつも、おとなしく言葉に従う。
しかし、目を閉じている間広がる真っ暗で無音の世界もどうにも気味が悪い。
しばらくはその空間を甘んじて受け入れていたものの、俺は半ば無意識的に再びまぶたを開いてしまった。
「うぉっ……と!」
突然両足が地面の感覚を覚える。
バランスを崩しかけた俺をイルミアが必死に支える。
「ちょっと……!どうしたの?」
「ごめん、また変なところに出ちゃったみたいだ。しかしこれは……洞窟?」
俺達がいるのはトンネル状の空間だった。
前と後ろに道が続き、それ以外にはなにもない。
足元は硬い岩壁のようで、蹴ってみてもビクともしない。
光源もないというのに、どうしてここまで視界が確保されているのかという疑問に少し首を傾げる。
だが、こんな状況だ。すぐに考えるだけ無駄だと思い直す。
「ふぅん……?それじゃあいこうか」
相変わらずイルミアにはこの景色が見えていないらしい。
特に何も言わずイルミアは俺を引っ張って歩きはじめる。
その躊躇いのなさに、俺は首をもたげた弱気の芽を押し込める。
そのまま釣られて歩き始めるが、存外これが具合いい。
やはり人間自分の足で歩くのが性に合う。へたに視界を変えてまた落下し続けるよりこの方が吐き気も抑えられる。
幸いこの場所では目が乾くなんて生理現象も無縁のようだった。
俺はしばらくこの洞窟をイルミアと二人で歩くのだった。
●●●
「もうすぐだよ!」
単調な景色にボーっとしている中、イルミアのあげた声が意識を覚醒へと導いた。
「…………おお!マジか!!」
前を見ると、延々と続いていた暗闇に針で突いたような小さい小さい光が見える。
「おおおおおお!」
テンションが上がり、自然と二人の歩みは早まった。
グングン景色は進み、光の穴は広がっていく。
そしてある瞬間、洞窟の岸壁に亀裂が入ったかと思うと世界は一気に崩壊した。
純白の世界に投げ出される俺とイルミアだったが、今度は俺もなんとか狼狽せずにすんだ。
日に何度もこんな経験をするなんてめったにないはずだ。この能力が生かされる日は果たしてくるのだろうか……?
そんなことを思っていると、視界の端で何かとすれ違った。
「ん……?」
振り返ってみるが、後ろにはもう何も見えない。
「イルミア今のって!」
俺はイルミアに確認をとるが、答えはなかった。
気がつくと、俺の手を握るイルミアの力がどんどんと強まっている。
はためくイルミアの後ろ髪だけでも、イルミアが今何かをしているのだということが伝わってきた。
うん、そっとしておこう。
元々本当にいたかどうかも怪しいのだ。そんなことでイルミアの集中を途切れさせる訳にはいかない。
俺は無事この移動が完了することを祈りながら、静かに目を閉じた。
すると次の瞬間、あのゲートに取り込まれたときのように足元から感覚が消え始めた。
慣れたくもないその感覚に俺はよけいに目を閉じ、ジっと耐える。
そしてゆっくりと感覚は消えていき、俺の全身を飲み込んだ!
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