第5話
そうだ、山で暮らそう。
そう思い立った俺は駅から離れバスを使い、大型スポーツ用品店にやってきていた。
ここまで俺の行動を見続けてきた危篤な奴がもしいたとしたら、きっと俺の頭はついにおかしくなったと思うだろう。
実際、正常な精神状態ではなかった。
突然の放逐に始まり公園での野宿を経て、駅前での出来事にてついに俺は人間社会での生活を諦めることにした。
街へ出て仕事を探すにせよなんのアテもない。
よしんば見つかったとして、元級友の顔を見ただけであのザマなのだ。
ならばいっそのこと人と関わらずに生きていけば。
そう思った俺は、引きこもり時代に好んで見ていた野営や狩りを行う動画のことを思い出した。
そして手元にある十万円という金額。
どうせ普通に生活を送るには到底足りない額だ。
しかし野営道具一式を揃えることならば幾分現実味があるのではないか。
彼らはテント一つのキャンプ地から食料をどこからともなく見つけだし、生活を成立させていた。
だが別に、俺はそんな縛りプレイをする必要はない。
食料を事前に用意してもいいし、定期的に下山するのもアリだ。
そうするあいだに、自前で畑を作ってしまえばいい。
なんとかなるのではないだろうか。
頭の中では、既に充実した野外生活が完成している。
後はそれに向かって行動すればいいだけだ。
いける、いけるぞこれは!
山での秘密基地的自給自足生活。
その響きは俺の男心をたいそうくすぐり、この場所へと足を運ばせたのだった。
●●●
結局俺は1人用のテント、サバイバルナイフ、コンロと燃料、数種類の野菜の種、リュックを買い、今後の食料費を残し手切れ金をほぼ使い切った。
会計時に怖気付きそうになる自分を勢いで誤魔化し、もう戻らないと奮い立たせなんとか購入したその装備は、俺の両肩と背中に重くのしかかった。
再びバスを使い、俺は来た方角へと戻ることにする。
俺が住んでいた町は、山を切り開いてできた町だ。
そんな経緯から、少し奥へ進むと誰も近寄らないような森林地帯が延々と広がっている。
そこならば、誰の目にもつくことない良い土地が見つかるだろう。
しばらくバスに揺られることになる。
大荷物を降ろし、疲労感を少しでも消そうと目を閉じた。
ボーッとする頭の中に、終点のバス停にある森林博物館のことが浮かんだ。
小学生の頃、何度か行ったことがあった。
森の生態系やら、この辺りで伝わってた山神信仰なんかをアトラクションを使って学ぶ施設。
頻繁に紹介される虫やら蛇やらを四日が怖がるのを宥めながら、俺は普段とは違う場所で遊べる喜びにはしゃいでいた。
思い出したくないことが多すぎて、大部分を黒く塗りつぶした俺の記憶帳の前半部分。
そこに少しだけ残っていた幸せな記憶に浸っているうち、時間は矢のように流れ、すぐに終点へと到着してしまった。
バスから降りると、目の前に建っている件の博物館を眺める。
記憶より幾分寂れた印象のその施設は、今日も元気に営業しているらしい。
一瞬寄っていこうかとも思ったが、両肩と背中にズッシリとした重量で存在を主張する荷物を思い出し、諦める。
まずは、近くに流れる川へと向かった。
記憶では川には降りれたはずで、子供たちの遊び場になっていたはずだ。そして実際にそれは可能であった。
両岸には石が転がり、足場は悪いが歩けない程ではない。
そのまま岩場はずうっと上流のほうまで続いており、登っていくこともできるだろう。
流石にここをキャンプ地とするには目立ちすぎる、移動が必要だ。
一眠りして疲労も感じない。
これが東雲甲自給自足生活の第一歩だ。
いっちょやってやるか!
そんな意気込みと共に、俺は上流へと一歩を踏み出した。
そして2時間ほどが経ち…
「ウッ…グスッ…ア"ーッ"ア"ア"ーッ!!」
川辺に怪鳥の鳴き声がこだまする。
まあ俺なんだけども。
この重装備での川上りは正直無理があった。
重量を考え水をあまり確保できなかったため、水の確保を最優先に考え川岸を進むことにした。
しかし石だらけの川辺ではスーツケースはただの棺桶に成り下がり、上流になるにつれ悪くなる足場によりせっかくバスで休めた体力はまたたくまに目減りしていった。
先程から10分に一度は休んでいるため、1~2km進めたかも怪しい。
しかし、その程度の距離でも周りから人工的な風景は急激に薄まっていった。もう近くに道路も見えない。
更にしばらく歩くと、比較的なだらかにな河原にたどり着いた。
「ダメだ……もう歩けねぇ!この辺りで十分だろう」
俺は根をあげ、ここをベース地とすることに決めた。いざテントを建てる段になり、設営できるかが不安であったが、最近のキャンプ用品は素晴らしい。
お一人様でもらくらく設営の謳い文句に釣られ購入した一人用のテントは、全くの素人の俺でもなんとか形にすることができるものであった。
テント内に荷物を運び、寝袋を敷く。
「疲れたぁ」
そんな独り言と共に寝袋の上に寝転がる。
石のデコボコした感触が寝袋越しにも伝わってきた。
しまった……だが我慢できないほどでもない。
ここはあくまで仮拠点ということにして、また違う場所を探せばいい。
寝床の快適さと面倒臭さを天秤にかけ後者を選んだ俺は、買っておいた携帯食料を取り出し食らう。
これからしばらくお世話になるんだ。今日の分くらい、コンビニ弁当でも用意しておくべきだったかもしれない。
口の中に広がるモサモサとした感覚をうけそんなことを考えていると、耳慣れない音が響いた。
テントを小刻みに叩きつづけるその音の正体に、ほどなくして気づく。
雨だ。
テントの設営を終わらせておいて正解だった。
そんなことを思いながらテントから出ることもできなくなり、自然と俺は睡魔に襲われる。
自分の住処を一人で確保した。そんな充実感に浸りながら、俺は夢の世界へと旅立つ。
今日は久しぶりに頑張ったよ、俺。
後は任せた、明日の俺。
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