第19話 森で・4
振るった前肢は見えない緩衝材を蹴ったかのように押しとどめられ、蹴り飛ばされそうになったシルファラはというと、しりもちをついた姿勢で目をぱちくりとさせていた。ユルグの脚先が届く前に、間の空気がはじけたのだ。
意識を刈り取る一撃を妨げた存在に、ユルグは激昂する。
「邪魔をするな精霊風情が!」
力を使い消耗した風精がシルファラの頭上でふらふらと揺れていた。この、と風精ごと踏み抜こうと再び前肢を振るいかけた瞬間、
『まぁまぁ、ユルグ、落ち着きなよ。それに精霊風情だなんて言ってくれるなよ。我様悲しいなぁ』
落ち着いた声がゆるりとユルグを押しとどめる。シルファラが茫洋とした表情のままに、つらつらとしゃべる様は、ひどくちぐはぐな印象を与えた。
「む、精霊姫か。………失言であったかもしれぬ。しかし、止めてくれるな。我が今に邪霊を調伏してみせよう」
『だから落ち着きなって。君の解決法はちょっと短絡的で、暴力的に過ぎるんじゃないかな。そんなだからこの子がでしゃばってまで君を留めたのさ』
「………いや、お主がけしかけたのではないのか?」
心外だなぁ、と口調だけ愉快そうに、口の端を歪めただけのぎこちない笑いをシルファラが浮かべる。
『精霊は気まぐれなんだよ。風精は特にね。どうやら、この子はもっと穏やかな気質が好みの様だ』
「戯言を」
『だからシルファラについていかせてあげるとしよう。我様全面後押し』
「正気か?そも、ヒト風情に精霊が従うものか」
『そんなだから、愛想をつかされるんだよ。やぁ、落ち着きなって、冗談だよ。君に従いたいと思う精霊はごまんといるのは確かなんだから。ちょっと付いていくのを君からヒトに変える子がいるだけだよ。
それにこれはちょっとしたサービス。ようやく我様の存在を気にかけてくれたみたいだからね』
「無意味なことを………。我が今ここで御霊と邪霊、二霊を下してくれよう」
ぐるる、とすごむユルグに、シルファラが尻もちをついたままに嘆息し、ユルグを見据えた。
『ユルグ、邪霊を今度こそ完膚なきまでに叩きのめしたいみたいだけど、それじゃあ器が壊れてしまう。我様の苦労を無駄にするつもりかい?ついでに色々と試して調べてみたけれど、やはり邪霊を御するのはどうにも易くない。余計な刺激を与えると、反発が強くなっていざというときに制することもままならなくなるかもしれない。
それに、今一番森の脅威なのは誰あろう間違いなく君だよ、ユルグ』
放たれた言葉に、ぐぅと呻く。少なからず、自覚があったからだ。
『確かに異質な存在に怯えてもいるさ。今だって、皆遠巻きに様子を窺っているのはわかっているだろう?邪霊もあらわでないのに、ここ数日で森中が緊張に強張っているじゃないか。御霊も、我様たちも衰弱するばかりで、おちおち器の治療に専念できない。それに………どうやらヒトの身体の欲するところはやはりヒトの世で得るのが一番みたいだ。このままじゃ何もかもが疲弊する。駄目になる。旅立つにはいささか心許ないけれど、この身はもうこの森に置くべきじゃない。
………故に、我様は提案する。ユルグ、シルファラを森の外まで送り出しておくれ。
風精は、旅立つ器への餞別と思って、ね』
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