第12話 森中の幕間 1
「しかし、精霊姫はどこでなにをしている?せっかく手をかけて作り上げた器に邪霊が入り込んでいたというのに」
『ここここー』
「むっ」
『大丈夫、ユルグ、我様だよー』
かけられた声に見下ろせば、今しがた踏みつけていたシルファラが、倒れ伏したままに気安く呼びかけてきていた。
「………なんだ、中にいたのか。危うく、器ごと砕くところだったぞ。ふむ、しゃべれるようになったのだな。」
『なんとかね、動けないけど。まー、疲れ果てさせてくれたおかげで抑え込むことができたよー…。危ないところだったねぇ。にしし………う、痛ぅ』
「………危なげなど、微塵もなかったと思うがな」
『そうかなぁ?ユルグがあんなに高い声で啼き声をあげるの初めて聞いたよ』
「ぐ………、あれは………突端を突き立てられたのだ。仕方あるまい」
屈辱の瞬間が思い起こされ、歯ぎしりする。一度、牙に捉えたと思った瞬間、差し込まれた杖によって歯と歯茎の間の一点に自らの咬合の威力が突き立ったのだ。あたり一帯に怯え潜んでいた鳥獣が醜聞を耳に驚き散っていったことが悔やまれる。正直、今もジンジンとした痛みが抜けていないことが、臓腑を滾らせ、どんよりと沈み込む疲労感に腹底を重くさせていた。
『結構あちこちに、反撃をもらってたね。しっかりと中から見ていたよ』
「どれも些末な足掻きにすぎぬ。脅威足りえぬわ。しかし、抑え込んでいるといったか。追い出してしまえぬか?」
『あー、ダメ、無理かな。抑え込むのも、やっとだったから………』
「珍しいな、泣き言とは」
『なんかね、気付いたら入り込まれて、定着しちゃったみたい。我様驚愕』
うえーと呻く。
「しかし、すまんな。肉体を得た邪霊を甘く見たか。時間をかけたわ」
『だろうよねー、それこそ必死も必死に抗ってたからね。もう、酷使されつくしてボロボロ。全身余すところなく痛すぎて、動きたくもない。動かせないんだけどね。声を出せるようになったのも、奇跡的。原因不明。どうやら、今の我様じゃ駄目っぽい。くやしいー』
よく見れば、ユルグの歯牙が掠めたほかに駆けずり回りながら枝葉につけられたのか、細かく大量の傷跡が肌に浮かび血粒の線を浮かび上がらせていた、樹皮を纏ったままだった杖を振り回していた手のひらや、木っ端散る地を跳ねた足裏には、見るも痛々しい怪我で赤々と染まっていた。よくもまあそのような状態で、立ち回り続け猛攻をしのげたものだと、改めて驚嘆する。
「しかし、どうするのだ。その肉体は邪霊に侵されてしまった。我ら自らが呼び込んだ失態ではないか。危うく新たな脅威を生むところだ」
『かもねー。しかも、この邪霊、今ので全力を出せてなかったよ。いや、今もてる限りを出してはいたみたいだけど、意図する力は引き出せてはいなかったみたい』
「………そら恐ろしい話だな。我も全力は出しておらなかったが」
『大技も魔法も使わなかったからね。ま、激昂のあまりに我を忘れて気持ちに余裕がなかったが正解じゃない?結果、器を砕かないでおいてくれたことは感謝だけど』
「ぐむ………」
翻弄され続けた結果を評価され、複雑な、暗澹たる気持ちとなる。何故だか、腹底がうずきむかむかとするのだ。
『………ずっともどかしがってた。悲壮感と焦燥感が凄かったよ。』
「理解ったのか?」
『御霊を通じて、なんとなく。あ、シルファラだっけ。彼女はあまりの痛みに、途中で気を失ったよ。』
「では、なおのこと危険だな。已む無し、動けない今のうちにやはり器ごと砕くとしよう」
『まってまってー』
「………どうするというのだ」
『この邪霊、もしかしたら、話が通じるかもしれない。』
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