第11話 シルファラ戦

一瞬前までそこにいたはずのシルファラの姿はかき消え、まるで幻であったかの様。

 いや、確かにそこにいた証拠に反撃をもらっていた。

―――潜り込まれたか!

 留まることに危険を覚えとっさに地を蹴り、中空から見やれば、正しくそこには白い人影が杖を突き出す姿勢でこちらを見上げていた。姿を認めたその次の瞬間、腹下に鈍い感触を得る。

「馬鹿な………!」

 驚嘆に呻き声を漏らす。

 しかし、口をついてでた呻きはただ一つに収まらなかった。

「この………!」「………ちょこまかと!」「ぐぅ!もう容赦せぬぞ!」

 傍目に哀れに映るであろう明らかな体格差をして、手にした棒切れ一つを如何様に取り廻したものか、折れることも砕けることもせずにシルファラは猛攻に抗い続けた。それこそ、豊かに茂る森のあらゆる存在を利用しつくして、ともすれば俊敏に駆け回ることもできないのに、度々姿を見失わせる。張り出す枝葉が目線を遮った瞬間、間合いを切って向き直る刹那、腹下に潜り込み、死角に逃れ、一度など背に乗られた。

 木漏れ日に白く煌く髪靡かせる姿を何とか視界の端に捉え続けるなか、思い浮かぶものがあった。幼少の時分に雪解け後の野草が飛ばした綿毛にじゃれ付いていた記憶。風に乗って舞う綿毛は捉えどころがなく、まだ小さかった兄弟たちが飛び掛かる度、起こる気流に乗って舞い、牙も爪も真面に届かせることなく、やがて渡り風とともに浮かび空の彼方へと飛び去って行ったのだ。

 懐かしく穏やかな記憶と違い、眼前で舞う白いシルファラなる綿毛は煩わしくも暴風に晒されながら攻撃的に纏わりついてきた。手にした木の枝の杖で打ち、払い、突き、殴り、挿し、叩き、押し、薙ぎ振るう。

 しかして、ヒトの雌ごときの貧弱な打撃など、巨獣の纏う重厚な毛皮と筋肉が通さずはずもなく、いずれも僅かな痛痒に過ぎない。幾つかについては驚嘆に値すべきものはあったが。

 そもそも、ヒトの身は綿毛とは違い地に縛られ、風に乗って逃れることは叶わない。地を駆る獣から逃げられる道理もなく、間断なく降り注ぐ攻撃を受け続けざるを得ない。逃げられないことを悟っているからこそ、正面から立ち向かってきているのだろうが。

 むろん強大なる猛攻の全てを小細工ごときでごまかし切ることなど到底できるはずもなく、喰らいつき、蹴散らかし、叩きつける度、傷つき疲労し摩耗していく。皮膚が裂ける度に血の粒が散り、声高な悲鳴をこらえ、呻きと嗚咽を漏らしながら疲弊に喘ぎ、純白は徐々に赤く染まりゆく。

 やがて、地に立つも困難となり、そして頽れ倒れ伏した。

 わかり切っていた結末だというのに、最後の最後まで杖を構え続け前向きに崩れ落ちるさまを見やったとき、ようやく力尽きたか、と素直に嘆息があふれた。

 何故か仰向けに転がり、鼻先に杖の先端を突き付けられた状態であったが。

 どうしてその様な立ち位置となったのか?

―――………邪霊の瘴気に中てられたか幾らか記憶があいまいで、覚えておらぬな

 倒れ伏すと同時に邪霊の気配は薄まり弱まっていたが、起き上がってからじっくりと前肢で強めに踏みつける。一声高く呻き声をあげ意識を失ったことを確認して、二度目の嘆息を吐き出した。

 こうして、邪霊宿るシルファラとの勝負は決した。

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