第13話 森中の幕間 2

「何故そう思う?」

『戦ってる最中にも、何度か喋り掛けていたでしょ?』

「確かに何か喚いていたか。ふむ」

『うん、全く知らない言語だけど、解読できれば話し合いが可能かもしれない。それに、言いたいことの幾らかはなんとなく解ったんだ。でね、まず、この森を一目見たときに、感動してた。はっきりとじゃないけど、大切に感じてくれてたみたいなんだよね』

「………真か?不確かなのではないか?信を置くわけにはいかぬ。我らは邪霊を毛先程も理解できておらぬ。見せた一面がどれほどの割合を占めるか知れたものではない。そも、表面だけかもしれぬ」

 知らぬところで毛皮を誉めていた相手に爪立てていた、いうことになる。殺意さえぶつけて嬲った手前、素直に、おうそうかとも言い難く、さらに複雑な心地となる。胃袋が重くなった気さえする。

『それでも、我様は、賭けようと思うんだ。肉体を同じくし、御霊を通じることでいくらか邪霊のことを知れるかもしれない。しばらくは、このままこの器に納めておくことにしようと思うね。これは、絶好の機会かも』

「ふむ……なるほどな」

『………いざとというときに祓うことが出来るか、ちょっとわからないんだけど。

 けどま、そうと決まれば、このまま計画を実行に移すとしよう。我様自身が動けないことは残念だけど、いずれかは変化があるだろうさ』

「………早急が過ぎるのではないか。しばし、経過を見るべきであろう」

『きっと大丈夫だって。どうやら器の制御権は、元来の主の御霊のほうが強いらしい。それに、我様よりも、御霊に任せたほうが、人の世にすんなりと入り込めるだろうし、もしかすると、この状態は有用かもしれない。主導権を得るのは見極めてからでも遅くない』

「人の世においては、御霊は役立つかもしれぬが………邪霊を留めるが有用かは疑わしい。こそこそ逃げ回ることは得意だったようだが、それだけでは生き残れまい」

『あれだけ盛大にやりあっておきながらよく言えたものだよね………』

「所詮はヒトの雌に過ぎぬ。結局のところ、自らの力で我に傷一つつけられておらぬ。主導権を握る以前に逃げられぬ相手に目をつけられては、此度のように消耗して終わりよ」

 ふん、とそっぽを向き、鼻息一つ。と、湧いた不快感を覚えて嘔吐く。

 げへ、かは。

 久しぶりに小回りを意識して体を捩ったせいかと、なんとは無しに咽たつもりだったが、えずいた瞬間、喉をついてこみ上げて来たモノをあったので吐き出す。

 黒ずんだ血塊を、べしゃり、と。

 横たわるシルファラの目が見開かれ驚愕に染まるのが滑稽であった。顔くらいは動かせるのか、とか、いや、驚いているが、その身に覚えがあるだろうと、心中で突っ込みを入れていると、喉を抜け鼻を衝く血の味が、遅れて実感をもたらした。

「………毒か?」

『いや、ヒトは毒をもっては………。そんなものを打ち込んでは、なかったと思うけどね。………そもそも、ユルグ、君って毒効くの?死にそう?」

「見くびるでない。しかし、うむ………。いや、妙な間のある突きがあったではないか?」

『竜樹の枝を介してね。でも、毒気に侵されてもないみたい………。うーん、ま、それもおいおいわかるさ、きっとね。何はともあれ、邪霊を知るいい機会には違いない。

 先ずは、我様は器の修復に専念するぞー。外側もそうなんだけど、内側がそれ以上にやばい、ぐちゃぐちゃの一歩手前だからね。ま、抑え込むことが出来たのも、そのおかげなんだけど。ユルグが本気を出せてたら、それこそ修復できなかったろうさ』

「ぬぅ、素直には受け取れぬ評価だな………」

 治療に専念するためだろう、精霊姫は笑い声と共にシルファラのうちに沈みこんだ。ユルグは盛大に嘆息し、さて、どう運んだものかと思案する。口に銜えて運ぶも、先のことを思い出せば、うっかり噛み砕きかねない。

 と、木陰からそろそろと八つ手が顔をのぞかせたことを、視界の端に認める。瞬間、咽喉を衝いた唸りに、八つ手が身を縮めて姿を隠した。ユルグの胸中には、あまりにも複雑な思考が渦巻き、唸りは徐々に低く大きく森の荒れた空間を震わせる。木の陰からは、動揺のあまりに慌てふためく八つ手の脚のちらちらと覗き、いよいよ逃げ出そうとした瞬間、ユルグは唸るのを止め、盛大な嘆息を再び零して諦観と共に呟いた。

「………一目で見抜けなんだは我も同じよ」

 木陰で八つ手の脚が弛緩したのか、ゆるりと揺れた。

「常々そばだち、此度は急ぎ報告に赴いたこと、まずは苦労であった。結果的に今器が朽ちず砕けずあるのも、そが日ごろの働きがあればこそ…」ぎりりビクリ「何はともあれ、次の段階へ我らは踏み出す。今しばらく全霊の献身を捧げよ」

 後は八つ手に任せることに決め、地に倒れ伏したシルファラを一瞥、後足で木っ端をかけ、ユルグは身を翻す。立ち去る直前、一つだけ八つ手に告げた。

「邪霊が目覚め暴れるようならば、即座に我を呼べ。今度こそは噛み砕いてくれる」

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