第6話 森へ
洞窟の外に一歩踏み出せば、眼前には鮮やかな緑眩しい広大な森が広がっていた。洞窟の前は柔草生い茂る広場となっており、踏み出した足を踝まで優しく沈み込ませる。
燦燦と差し込む陽光は、艶やかに繁る広葉に受け止められ優しく散乱する。そんな光景を前に、私は少なからぬ動揺を胸に立ち尽くす。
―――そんな………今は、いつ?
目覚めて衣服が失われていた時点で懸想すべきだったこと。それは、意識を失った時は森は色を失い、枯れ色に沈む時節だったはずで、肌寒さを感じるべきだったのだ。
だというのに、いま目にしている森は麗らかな陽光はじく豊かな緑に満ち、周囲は生え伸びる新緑の息吹が感じられる。
少なくとも、意識を失った季節と、目覚めた季節が同じとは思えない。
そして何より、歩きだして更に明確になった疑念。
―――私の身体は、どうなってしまったの………?
生まれてから共にしたはずの身体は、一挙手一投足に至るまで、壮絶な違和感を感じさせる。動かそうと思えば、指先まで動かせないところはない。けれど、微細な違和感が体の各所から返り、其々が共鳴し増幅しておかしい、おかしいと合唱を始めるのだ。
致命的なものが、視線の高さ。わずかにだが、挙動を起こすたびにわずかに世界が沈むような感覚を覚えさせる。
初めに気付いた明確な違いだった髪色なんて、些細なものだった。髪色も、髪の長さも、一時どうでもいいと思えたものは、私という存在を根底から揺るがす大問題であった。私の手は、足は、本当に私のものなのか、確証が得られない。
今や、一歩踏み出すのさえ空恐ろしく感じる。小春日和ともいえる柔らかい陽光の下、体がまるで凍えているかのように震えだす。
―――怖い。怖い。怖い。
今すぐ、洞窟に取って返して蜘蛛の糸にくるまれてそのまま意識を手放してしまいたくなる。目覚められる確約が得られずとも。
自身の存在すら疑わしい。現状を明らかにする確証も何一つなく、唯一すがれるのは手にした杖にのみ。
けれど、
「あぁ、なんて美しい………」
眼前に広がる豊かな森をして自然と湧き上がり、胸を突くこの感情は何だろう?
自身の喉が囀る声色すら、覚えのない響きを返すが、最早、考えることすら無駄であるように思えてきた。
―――もしかしたら、これは全部夢なのかもしれない。
全てが不明瞭な今、思考を諦めた私は、半ば自暴自棄に、湧き上がる情動のままに、真実の欠片を求め歩き出す。
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