第73話 彰人、魔族の国へ向かう

「くっ!? まさか人族があんなに跳べるなんて……」


 俺が飛竜から蹴り落とした魔族は、地面に叩きつけられながらも、まだ意識があるようで、必死に身体を起こそうとしている。


 他の4人は完全に意識がないから、話し合うには今やこの1人だけが頼りだ。

 俺がそいつの前に着地すると、そいつは顔を上げて俺を見た。


 おっ! この魔族は女性だったのか。それもなかなかの美人だ。

 そういえば、魔族の女性って、今まで美人しか見てないな。男はイケメンから、そうでないのまで揃っているのに。


 美人は基本的に話が通じる。この人なら、きっと話し合いに応じてくれる筈だ。


《無事で何よりだね。ということで、今から平和的に話し合おうじゃないか》


 俺は好感度を上げるためにも、これ以上ないフレンドリーな笑顔を作って、その魔族に優しく話し掛けた。


「『話し合い』だと!? ふざけるな! キサマのその邪悪な笑み…… 我らを拷問して情報を聞き出すつもりだろうが、我らは人族などに屈しはせんぞ!」


 何だと!? 俺の会心のスマイルを『邪悪』とぬかしやがったのか!?

 俺は思わず怒りで頬をヒクヒク震わせる。


「邪悪な本性が顔に表れているわ!『キワゴレは人族の始まり』という諺があるくらいだからな!」


 魔族の女の目は、完全に俺に対する敵意で満ちているが、『キワゴレ』って何だよ?


「マスター、キワゴレとは『嘘吐き』という意味だぞ。覚えておけ」


『嘘吐きは人族の始まり』って、魔族の中での人族の評価は、最悪に近いようだ。


「キサマは『勇者』を名告るジョベホンの仲間だろ? どうなんだ!」


 魔族の女は、まるで非難するかのような強い口調で俺に質問してきたが、『ジョベホン』って何だよ?


「マスター、ジョベホとは『外道』のことだ。覚えておけ」


 魔族が『外道共』というくらいだから、この世界に召喚された勇者共も、やっぱり外道行為を行っているということか……


 俺は、学校から転移させられた『あの5人』がこの世界にいるかもしれない、と思ってここにやって来た。そして、この世界の勇者こそ『あの5人』かもしれない、と思っているのだ。


《お前が勇者共のことを知っているなら、そいつらのことを教えてくれないか?》


 俺は魔族の女の目を真っ直ぐに見つめて、誠実さをアピールしながら頼んだ。これなら、この魔族も心を開いてくれる筈だ。


「何をとぼける! お前もアイツらの仲間だろ! あの5人のように、罪もない魔族の同胞を殺すつもりなのだろ! お前の目はアイツらと同じ―― 外道その者の目だ!」


 俺を怒鳴りつける魔族の女―― って、おかしいだろ!? 何でお前は俺を外道と決めつける? 俺の目のどこが『外道その者』なんだよ!?


 美人なら話が通じると思ったが、エレーヌやアメルダの例があった。通じないのもいることを思い出したわ。

 まあ、俺は平和的に話し合うつもりだから、この程度のことで怒りはしないけど。


 しかし、『あの5人』ってことは、やっぱりアイツらが『外道勇者』なのだろうか?


 確かに、野蛮3人なら外道行為を行っていても不思議じゃないし、冬華と宮坂にしても『善人』って感じじゃないからな。

 冬華には痛い目に合わされたことがあるし、宮坂はいつも俺を冷やかな目で見ている…… 思い起こすと、アイツらも外道行為を行っている可能性は十分にある。否、絶対に外道行為をしている筈だ!


 これは助ける必要ないな……

 俺は、あの5人を見捨てるつもりになっていた。


 俺がそんなことを考えていると


「油断したな! 愚かな人族め!」


 魔族の女はいきなり立ち上がって、ラミオンの後ろに移動した。右手は短刀を握り、切っ先はラミオンの首に突きつけている。


 しまった…… 油断した……


「フフフ、これで立場逆転だ。仲間は返してもらうぞ!」


 ラミオンには大人しく見ておくように頼んでおいたから、まだじっとしているが、この状況では……


「この小娘の命が惜しければ、絶対に動くなよ」


 バキン! バラバラ……


 ラミオンが短刀を粉々に握りつぶした。


「ラミオンを小娘と言った。許さない」


 ラミオンの言葉が聞こえた次の瞬間には、魔族の女は壁にめり込んでいたのだった……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お、おい…… コイツら、魔族だろ? 何でここにいるんだよ?」


 尋問室に入ってきたゴミデフが、ビビりながら俺に聞いてきた。


 この詰所にいた兵士達は、魔族の襲撃に恐れをなして、一番安全な地下室に全員で隠れていたらしい。2時間程経ってから、上の様子を伺ったら攻撃の気配がなかったから、ここまで上がってきたようだ。


《今から話し合いをするところだ》


「人族と話し合うつもりなどないわ!」


 怒声を出したのは、俺が棍でタコ殴りにして危うく殺しかけた魔族の男だ。ついさっきまで気絶していた割りに、威勢がいい。


「ひいーっ!?」


 魔族の男の迫力に、ゴミデフは縮こまってブルブルと震える。顔だけ見れば、お前の方がよっぽど恐そうなのに、随分臆病な奴だ。


《で、話し合わないなら、どうする気だ?》


 俺の言葉が挑発的に聞こえたのか、魔族の男から俺に向かって殺気が放たれる。


「殺ってやる!」


「アワワワワ……」


 ゴミデフ、汚ねえな…… 殺気の余波に耐えきれず、漏らしやがった。

 殺気はどうってことないが、この臭気は堪らない。


《ゴミデフ、さっさと始末しろ!》


「何!? この男が俺を『始末する』というのか!?」


 魔族の男の殺気が、今度はゴミデフに直撃する。


「ギャアアアァァァ!」


 ゴミデフは叫び声を上げると、口から泡を吹いて気絶してしまった。

 参ったな…… これじゃあ、この部屋にはいられないな。


《部屋を出るぞ。付いてこい》


「外で戦うというのだな!? 1度まぐれで勝ったからといって、いい気になるなよ! 我が真の実力ちからを思い知らせてくれる!」


 臭いから部屋を代えるだけだというのに、何故そんなに殺気立つ?

 やれやれ…… これだから何でも暴力で解決しようとする野蛮人の相手は困る。


 俺が尋問室を出ようとしたとき、俺の横で正座していたラミオンが立ち上がった。


「おいザコ共。時間の無駄だから、お前らの国を攻めているという、勇者を名告る連中の所まで案内しろ」


 ラミオンの言葉を聞いて、部屋の奥で座っていた魔族4人が一斉に立ち上がった!


 ラミオンのその言い方では、流石にコイツらも怒るよな。

 まさか、こんな狭い場所で戦闘になるのか? と思ったが


「わ、分かりました。案内させて頂きます」


 魔族4人は直立不動で返事した。


「お前ら、何を言ってるんだ? まさか、眠らされている間にこいつにクレポヨされたのか?」


 魔族の男は仲間4人の反応に動揺しているようだが、『クレポヨ』って何だよ?


「マスター、クレポヨとは『洗脳』という意味だ。その足りない脳にしっかり記憶しておけ」


「くそっ! 洗脳までするとは、この外道め…… 絶対に許さん!」


 殺気どころか激しい憎悪の目で睨まれる俺…… 言っとくが、俺には洗脳する能力なんてないし、憎悪を向けるならラミオンにしてくれ。


「おい、マスターにボコられたザコ。お前も大人しく案内しろ」


「な、何だと! この俺をザコ扱いするとは! キサマのせいだ…… キサマは絶対にぶち殺す!」


 またしても、俺に怒りをぶつけてくる魔族の男。何もかも『俺のせい』って、


《お前は俺に恨みでもあるのか!?》


「当たり前だ! キサマに殴られた頭の痛みを、100倍にして返す!」


 コイツ、俺に殴られたことを根に持っていたのか? これは失敗したな…… どうせなら、完全に俺に殴られた記憶をなくす程のダメージを与えておくべきだった。

 或いはラミオンみたいに、恨みよりも恐怖を感じさせるのが良かったかもな…… って、いかん! その思考は完全に野蛮人のものだ。俺は常に冷静で理知的だというのに、俺の周りの連中に毒されてきたのかもしれない。気を付けないといけないな。


「どうした、野蛮人! キサマのその知性の欠片も無い顔を、俺の真の力で恐怖に変えてやる!」


《何だと!? 誰が『知性の欠片も無い顔』だ!?》


 ブチン!? 俺の中の何かが切れた。


……


「マスター、そのくらいで止めておけ」


 ラミオンに声を掛けられて、俺はようやく正気を取り戻した。

 流石に温厚な俺も、あの言葉に怒りで我を忘れてしまっていたようだ。


 俺の目の前には、ボロ雑巾のように見るも無残な姿になって横たわる、魔族の男が!


 どうやら、興奮しすぎて、やりすぎたようだ。後ろにいる他の魔族連中も、ちょっと怯えているような…… ここは、軽くフォローをいれておかなくては!


《じゃあ、勇者の所まで、案内していただけますか、ね?》


「ヒーッ!? 分かったから、それ以上近付かないでくれ!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



《それじゃあ、勇者共のいるという町まで案内してくれ》


「わ、分かりました…… それでは、お二人は私と一緒にこの飛竜にお乗りください」


 俺とラミオンは、女魔族Aの操る飛竜に乗って、他の魔族の乗る飛竜の後ろから、付いていくことになった。


 行き先は、魔族領の【ガイゼロン】という町だ。

 3日前に、勇者共が軍隊を引き連れて、その町に現れたらしい。


 魔族側に油断があったこともあり、迎え撃った魔族軍は、勇者の前に成すすべもなく全滅したという。

 それで、魔族側も人族の町に報復攻撃に出てきたのだとか。


 泥沼の報復合戦の様相を呈しているようで、このままでは、この世界は人族と魔族の全面戦争で滅んでしまうかもしれない。


 しかもその原因が、俺の世界から召喚された『勇者共』で、そいつらは俺の『知り合い』の可能性が高い、となるとこのまま無視して帰るのも寝覚めが悪い。


 それにしても…… 飛竜の飛行速度、遅いな! ラミオンの第2形態に比べて1/5も出てないぞ。


《この飛竜、もっと速く飛べないのか?》


「済みません。これで目一杯です」


《この速度で、目的地までどれくらいかかるんだ?》


「6時間あれば着ける筈です」


 思ったより遠いんだな。それに、勇者共に会った後はどうしよう? 外道に成り果てた連中を、元の世界に戻しても、まともな生活を送れないだろうし、この世界に置いておくわけにもいかないし……


「それにしても、お二人は何者なのです? 人族とは思えないその強さは、あの外道共以上かもしれません。それなのに、我らを殺そうとはしなかった…… 否、殺されかけましたが、拷問にかけようとはしませんでしたね」


《当然だ。俺は暴力では何も解決できないことを知っている。とことん話し合って、お互いの腹の中をさらけ出すことで、信頼が生まれるんだ。だから俺達は争いを好まない》


「話し合って信頼が生まれる? そう言いながら…… お二人共、暴力しか使っていなかった気がしますが?」


 そんなことはないぞ! 少なくとも俺は話し合おうと努力していた筈だ。最終的に暴力に頼ったけどな…… ってことは、解決したのは『暴力』だけか!? おかしい…… 暴力では何も解決できない筈なのに、暴力でしか解決できていないなんて!


 俺が自己矛盾に苦しんでいると


「その召喚された勇者共の裏には、必ず奴らが潜んでいる。だから、ラミオンは奴らの計画を阻止して、奴らを引きずり出さなければならない」


 えっ!? 今ラミオンが、すごく重大っぽいことを言ったぞ?


「ラミオン…… 今の話、どういうことだ?

『奴ら』って一体?」


「マスターには関係ないから、まだ知らなくていい」


 否、目茶苦茶気になるから、教えてほしいのですが…… それに、『関係ない』ってことないよな。前回の勇者に今回の勇者―― もうドップリ関係している気がするぞ!


 でも、ラミオンはそれ以上答えてくれなかった。


 俺はガイゼロンの町に近付くにつれて、何となく嫌な予感が強くなってくるのを感じていた。

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