第72話 彰人、説得を試みる

「私は【テグタ】の町の衛兵長を務めている【ゴミデフ】という者ですが、貴方は先程から、私の質問を無視し続けておられるのは、どうしてですか? もう一度お尋ねしますが、貴方はあの少女を拐おうとしていたのに相違ありませんね?」


 俺はラミオンと共に【ジャメリオ】という異世界に来ている。

 俺は今回、この世界に救世主として来たわけではない。ラミオンの特権を利用して、ラミオンと一緒に扉を通ってこの世界にやって来たのだ。

 そのため、今の俺にはタマやキュウちんのような『世界の使い』がいないから、この世界の言葉は全く分からない筈だが―― 研究所製のこの『自動翻訳機』のお陰で、まず聞く方は何とかなりそうだ。

 自動翻訳機が相手の言葉を解析してニホン語に変換し、俺に念話で伝えてくれるのだ。


 来てすぐは言葉が全くわからないし、ボディランゲージも通じなくて苦労したが、数時間町を彷徨いていると、衛兵に職務質問され、あれよあれよと詰め所に連れていかれて尋問されているうちに、自動翻訳機が言葉を学習してくれたようだ。

 その結果、今俺はラミオン幼い子供を拐う『誘拐犯』と思われていることがわかった。


「今や人類一丸となって戦う必要があるという時に、貴方のような悪い人がこの町にいるなんて…… 何とも嘆かわしいことでございます!」


 とりあえず俺は、目の前の髭面で悪人顔の男の誤解を解くために会話することにした。翻訳機を使った初めての会話だから、まずはテストからだ。


《只今テスト中、聞こえますか?》


 俺が翻訳機に念話を送ると、同時に翻訳機が喋り出した。


「何ですか? その『テスト中』とはどういう意味なのでしょうか? それに貴方が今まで黙っておられたのはどうしてですか?」


 どうやら俺の言葉が相手に通じたようだ。

 これで問題なく会話できそうだが、翻訳機から聞こえてくる相手の言葉が丁寧過ぎて、どうも目の前の男の剣幕と一致しないな。声の感じも優しげな男性風で、男の発する不快な声とはかけ離れている。

 俺はバッグから翻訳機の取説を取り出して、声の設定を変更することにした。

 デフォルトでは相手の会話は『一般男性丁寧タイプ1』に設定されているが、『自動診断機能』をオンにすれば、相手の容姿や声の特徴から自動で設定を変更してくれるようだ。


「おい、キサマ! さっきからこの俺様を無視し続けやがって! 俺様をなめてやがるのか!?」


 自動で『チンピラタイプ3』に変更された為、声の違和感がなくなり、バッチリいい感じになった。

 因みに俺の声の設定は、『男性アイドル風爽やかタイプ1』にしておいた。


《別に無視してたんじゃないぞ。今まで言葉がわからなかったから、話さなかっただけだ。これから、いくらでも答えてやるぞ》


 俺が翻訳機に念話を送ったら、ほぼ同時に翻訳機が喋る。本当に念話通りに相手に通じているのかはわからないが、声のトーンは爽やかな心地好い響きだった。


「キサマはどこから町に入ったんだ!? 門兵に聞いても、キサマのような怪しい男を通した覚えがない、と言ってたぞ!」


 そりゃ、俺達は門を通ってないからな…… いきなり答えにくい質問をされて、俺は黙ってしまう。


「おい! 何を黙ってやがる! 俺様を本気で怒らせる気か!?」


 正直に「壁を飛び越えて町に入った」と言ったら、状況は更に悪くなりそうだし…… 困った。いっそのこと、このまま脱走してしまおうかな。


「マスター、そろそろここを離れて勇者とやらを探しに行くぞ」


 ラミオンもそう言ってるし、これ以上ここにいる必要はないな。自動翻訳機が思ってた以上に高性能であることもわかったし、これでどこへ行っても言葉の問題は何とかなりそうだ。


《悪いが俺達は急いでるんだ。ということで、この辺で帰らせてもらう》


 俺はゴミデフに告げて立ち上がると、


「ふ、ふざけるな! ここから逃がすと思ってるのか!? キサマには俺様のパプーをぶち込んで、ギーチョのピスマンさせるぞ!」


 所々意味不明の単語が出てきたのは、まだ解析できていない言葉だからか? もしかして、俺の方の言葉も意味不明の単語だらけになってる、ってことはないよな? ちょっと心配になってきた。


 俺がゴミデフを無視して、取調室から立ち去ろうとすると、慌てた兵士が1人、部屋に飛び込んできた。


「た、隊長、大変です! バポロが攻めてきました!」


「何だと! バポロがデグタに攻めてきただと!? 数は…… どれくらいの数が攻めてきたんだ?」


「は、はいっ! ご、5体でありましゅ!」


 この兵士は『一般男性モブタイプ24』に設定されていた。この翻訳機―― モブのタイプが充実しているようだ。


 モブ兵士の言葉を聞いて、ゴミデフは真っ青な顔になっている。


「なあラミオン、いったい何が攻めてきたんだ?」


「魔族だ。そのモブが言ってたろ」


 さっきのバポロって『魔族』のことだったのか。単語を登録しておかないとな。

 それにしても、5体の魔族だって? 俺には、8体の強い力の反応が感じられるんだが、どういうことだ?


「ラミオン。強い反応は8つあると思うんだが?」


「その内の3つは魔獣だ。反応からしておそらく飛竜だ」


 成る程、魔獣はカウントされてないのか。でもこの連中の慌てようが気になる。


《おい、何をそんなに怯えてるんだ? さっさと、その魔族を倒してきたらどうだ》


「何を言ってやがる!? デグタにいる兵はたったのエートン程なんだぞ! 魔族1体と戦うのがやっとの戦力だ…… 5体なんて、あっという間に全滅するだけだ……」


「ラミオン、エートンって何だ?」


「100のことだ。マスターは無知過ぎて話にならない」


 ラミオンのツッコミが厳しいな…… 異世界の言葉が話せる方が異常だということを理解してほしいぞ。言っても無駄だろうから言わないけど。


 しかし、たった5人の魔族に全滅されそうとは、コイツら弱すぎだろ! これだけ弱いくせに、人族から魔族に戦いを吹っ掛けたそうだから、この世界でも『勇者教団』に騙されている人々が大勢いる、ということで間違いなさそうだ。


「終わりだ…… 町も俺達も魔族に皆殺しにされるんだ…… クソー! こんなことなら、町に残らずにペクポンと一緒に魔族の国に赴くんだった!」


「ラミオン、ペクポンって何だ?」


「ペクポは勇者のことで、ンが付くと複数を意味する。マスターはそんなことも知らないで、恥ずかしくないのか?」


 ラミオンのツッコミが、いちいち俺の精神にダメージを与えてくれるが、グッと我慢して、とりあえず単語を登録する。『ペクポ=勇者』と。


 ドーン!!!


 外では爆発音が響いている。魔族の攻撃が本格的に始まったようだが、ゴミデフとモブ兵士は踞って震えているだけで、戦う気は全く無さそうだ。

 このままでは本当に町が全滅しそうだし、仕方ないな。ここは俺が出ていって、魔族の連中と話し合って、平和的解決を試みるしかなさそうだ。


 俺が部屋を立ち去ろうとしても、今度は誰も止めることはなかった。


……


 詰所から出た俺の目に、燃え盛る真っ赤な炎が飛び込んできた。

 丁度俺が詰所を出たところを狙って、魔族の乗った飛竜が炎を吐いたようだ。


「燃えろ燃えろ人族共! キサマらボルチョンパはこの汚れし町共々、全て消し去ってくれるわ! ハハハハハ――」


「ラミオン、ボルチョンパって何だ?」


「下等生物のことだ。こんな言葉も知らないマスターは、正にボルチョンパだ」


 ラミオンのツッコミが、どんどん酷いものになってくる。次に質問したら、どれ程厳しい言葉を食らうのだろうか? 俺はMじゃないから、心が耐えられるか心配だ。


「ば、バカな!? 何故人族が飛竜のブレスに耐えられるのだ!?」


 炎の中で平然と会話する俺達を見て、魔族の連中が驚いている。


「おーっと! もしや彼らが勇者なのか?」


「ならば、絶対にここで始末する必要がありますね」


 俺の前にいる魔族は3人。それぞれ『痛い男子タイプ6』『男性アナウンサータイプ3』『冷静女子タイプ1』に設定されている。


 どうやら、魔族の連中もこの町の人族と同じ言葉を使っているようだ。それならコミュニケーションが取れるだろうし、戦う前に話し合えば良いのに、何でも暴力で解決しようとするのは野蛮人の考えだ。

 当然、平和主義で文明人の俺は話し合いで解決を図ることにする。


《おい、魔族共。暴力では何も解決しないぞ。お互い腹を割って、話し合いで解決しようではないか!》


「この人族、何を言ってるのだ? ボリョクではカイケチュしない? ハラをさいて、話し合いでカイケチュする? どういう意味だ?」


 何!? 肝心な部分が相手に伝わっていないだと!? 翻訳機の言葉に、所々ニホン語っぽいのが入っているのは気付いていたが、解析できていない言葉はニホン語のままになっていたのか!


 俺が呆然としていると、ラミオンが魔族共に話し掛けた。


「魔族共、これ以上町を破壊するのは止めろ。この下等生物が、お前達と話し合いでソベトしたいらしいから、おとなしく話を聞いてやれ。嫌だと言うなら、ラミオンがジェンゴロで黙らせる」


 ラミオンが俺の代わりにコイツらと交渉してくれたのか? もしかして『下等生物』って俺のことか?


 ともかく、話の流れ的に『ソベト=解決』で『ジェンゴロ=暴力』という意味か…… もしかして、ラミオンが俺に教えてくれたのか? まさか、これは―― ツンデレ!?


 フハハハハ


 魔族共が一斉に笑いだした。


「人族の小娘が我らを黙らせるだと!? 我らを笑い死にさせる作戦か?」


 アハハハハハ


 魔族共…… これ以上笑うのは止めるんだ。ラミオンの魔力がどんどん圧縮されていることに気付かないのか!?

 ん? 飛竜が乗っていた魔族を振り落として、全速力で逃げ出したぞ。やっぱりこういうのは動物の方が敏感なようだ。

 魔族共は何が起きたのか理解できず、地面に墜落し呆けた顔を晒している。


「ラミオンを小娘と言った。許さない」


「ま、待つんだラミオン! 暴力では何も解決しな……」


 俺が喋り終わる前にラミオンは移動していた。ラミオンの超速の動きに全く付いていけなかった3人は、防御の構えさえ見せないまま、建物の壁にめり込んでいた。


……


 話し合いで解決する筈だったのに……

 否、まだ2人残っている。今度こそ話し合いで解決――


 ドーン!!


 上空から俺目掛けてエネルギー弾が降ってきた。俺はその攻撃を軽く横に跳んで避けたが、地面には大きな穴が空き、焦げた臭いが辺りに充満する。

 上空には2匹の飛竜と、それらに乗った2人の魔族が俺を睨んでいた。

 この2人が発する殺気…… 話し合いのできる雰囲気ではないが、


《暴力反対! 話し合いで解決しよう!》


 俺の魂の叫びは、魔族2人には通じなかった…… 攻撃体勢を取っている。


「バルベドフズリー!!」


 全く意味不明の叫び声と共に、無数の雷の矢が俺を襲う。


「マスター、今のは『サンダーアロー』という意味だぞ」


 少し離れた場所で冷静に通訳するラミオン―― ラミオンじゃなく、俺が狙われるのが理不尽だが、コイツらの仲間を倒したのが俺だと思われているに違いない。


 仕方なく俺は棍を取り出して、雷の矢を払い除けた。これで少しは俺の言葉に耳を傾ける筈…… って、続けざまに魔族は魔力を溜めている。まだ攻撃する気満々だ。


 流石に温厚な俺もイラッとしてきたぞ!


「100グードンバーボル!」


 今度は、強烈な電撃が俺を襲う!


「マスター、今のは10万ボルトの意味だ」


 魔族の叫び声を、ラミオンが通訳してくれた。


《お前は『ピカ●ュウ』か!》


 俺はツッコミを入れながらその電撃をかわし、棍を使って上空へ跳んだ。


「何だと!?」


 まさか俺が10m以上も跳躍するとは思っていなかったようで、俺は完全に魔族共の虚を付いて、飛竜に乗っていた魔族1人を蹴り飛ばした!

 もう1人の魔族が、剣を抜いて斬りかかってきたが、俺は軽々と斬撃を受け流して、バランスを崩した相手を棍でタコ殴りにした。


 結局俺は、安易に『暴力』で解決してしまった……

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