第71話 そのとき冬華達は……

 さて、これから俺はどうするべきか……


 学校で起きた転移事件の真相究明に乗り出すべきなんだろうが、いかんせん手がかりが少なすぎる。


 転移事件からもう5日経っているけど、あいつら無事だろうか?


 まさか、ベトラクーテの外道共みたいに、異世界で『ヒャッハー』してないだろうな?

 もしそうなっていて、あいつらの退治に異世界の救世主が呼ばれる―― なんてことが起こったら大変だ。


 頼むから羽目を外さずに、良識ある行動を取っていてくれよ。特に野蛮3人!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ドーン!


 小さな爆発音と同時に、大型のネズミのような生き物が倒れた。


「ヒャッハー!! 俺のファイヤーボールにかかりゃ、この程度の魔物なんか一発だぜ!」


 ネズミ型の魔物【チュゲム】を倒し、ガッツポーズする堀川優。


「マサル、やるじゃん! 俺も負けてられねぇぜ! いくぞ―― サンダーボール!」


 谷村賢佑の突き出した右手から、雷を纏った球体が飛び出した。


 バーン!


 球体がチュゲムに命中し、チュゲムは倒れた。


「どうだ! 俺にかかりゃ、こんなもんだぜ!」


 谷村は、得意気に後ろにいる黒田信二の方を向いてガッツポーズを取る。


「ウォーターウォール! タニケン、油断禁物だよ」


「えっ?」


 倒したと思っていたチュゲムが、谷村に向かって突進してきたのを、黒田の『水の壁』が防いでいた。


「ちっ! サンダーボール!」


 バーン!


 今度こそチュゲムは完全に動かなくなった。


 パチパチパチ―― 拍手しながら彼らに近付いてきたのは3人の男達。


「流石は勇者様。初めての魔物相手の戦闘でありながら、見事な連携です」


「この調子なら、直ぐに実戦に投入可能でしょう」


「本当に大したものです。もう少しチュゲム相手に訓練したら休憩にしましょう」


 男達3人は堀川達に戦闘を教える教育係であった。

 堀川を担当する赤髪の大柄の男【バルダン】は剣の達人、谷村を担当する青髪の中肉中背の男【ピグモ】は槍の達人、黒田を担当する緑髪の小柄な男【ゼロン】は弓の達人だ。


「しかし、魔法は魔族共の専売と思っておりましたが、勇者様は皆魔法が使えるのですな。これなら、魔族にも対向可能でしょう」


「バルダンさん、俺達が直ぐに強力な魔法を覚えて、魔族の連中を退治してみせますよ!」


「ああ! 俺達に任せてくださいよ!」


「そ、そうだね…… ところでゼロンさん。宮坂さんと近衛さんは、どうしてるか知っていますか?」


「あの2人は女性ですから、女騎士が教育係になって別の場所で訓練しています。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」


「そ、そうですか…… あの2人は、戦うことを嫌がってたから心配してたんです」


「大丈夫ですよ。教皇の説得に応じて、しっかり訓練している筈ですから。さあ、クロ様も訓練の続きといきましょう」


「う、うん。分かりましたゼロンさん」


「ヒャッハー!!」


 ドーン! バーン!


 堀川と谷村は、チュゲム狩りを再開していた。それを見て、黒田も2人に加わっていった。


……


「アイスジャベリン!」


 オオォォォン……


 狼の魔物【ウルフェン】が、宮坂みやさか聖美きよみの放った『氷の槍』に貫かれ、断末魔の悲鳴を上げて倒れた。


 宮坂から少し離れた場所では、近衛このえ冬華とうかがウルフェンと戦っている。


「ハッ!」


 ズバッ!


 剣で斬られたウルフェンの首が飛び、ウルフェンの身体が力なく倒れる。


 冬華は剣に付いた血糊を払い、剣を鞘に納めた。


「これで終わりのようですね」


「近衛さん、お疲れ様」


「宮坂さんも、お疲れ様です」


 ニッコリ微笑みあう2人―― 辺りにはウルフェンの死体が6つ横たわっていた。


「す、凄いですね、お二人共……」


 弱冠引き気味に話しかけてきたのは、赤髪の女騎士―― 冬華の教育係【アン】。


「本当に…… 今日が初めての魔物との戦闘でしたから、チュゲムあたりで様子見の筈でしたが、まさか、いきなりウルフェンを、しかも6頭も倒されるなど、信じられません……」


 もう1人の黒髪の女騎士―― 宮坂の教育係【ルイズ】も驚きの声をあげた。


「流石は勇者様です!」


 褒め称える女騎士達に、宮坂は苦笑いを浮かべる。


「私なんて大したことないわよ。全部この『鎧の力』だし…… この鎧さえ着れば、誰だって勇者に成れるわ」


「いえいえ、ご謙遜を! それに、その鎧は勇者様以外には着れませんし」


「アン、この後私達はどうすればいいですか?」


「そうですね…… トウカ様の剣技は既に完成されていて、我らが教えることは何もございません。キヨミ様はもう少し武器の扱い方を練習してから上がりましょうか」


「ええ? 私だけ居残りなの?」


 宮坂は唇を突きだして不満の声をあげたが、ルイズは意に介さず


「キヨミ様、始めますよ!」


 槍術の訓練を開始する。


 冬華は少し離れた木陰に腰を下ろして、2人の訓練の様子を眺める。


 今日で6日目か…… 師匠はどうしてるんだろう? 師匠なら、きっと助けに来てくれますよね……


 そんな事を思いながら、冬華はこの世界【ビレオン】に召喚されてからのことを思い出していた。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 私の意識が戻ったとき、周りには大勢の白いローブ姿の男達が立っていた。


「ここはどこなの?」

「こ、こいつら誰だよ?」

「一体何が起きたんだ?」

「ひいぃぃ!?」


 私以外の4人もここにいるようだ。


「おお! 目覚められましたか、勇者様!」


 状況を理解できない私達に向かって、自らを『勇者教団の教皇』と告げた男が話しかけてきた。


 !?


 しかし、早口で話す男の言葉は、私には全く理解できない内容だった。


 召喚? 神に選ばれた勇者?

 彼は一体何を話しているのだろうか?


 欧米の教会を思わせる建物、西洋人風の顔立ちで流暢なニホン語を話す胡散臭い男―― 私の警戒心は最高潮に達していた。


「ねえ、教皇さん。ところでここは何処なのかしら? さっきまで私達は学校に居た筈なんですが?」


 この状況にも一切怯まず、両腕を組んで堂々と相手を睨み付けながら宮坂さんは教皇に話し掛けた。


「これは失礼致しました。少々興奮してしまい、説明するのを忘れてしまいました。失礼をお許しください」


 教皇は頭を下げ、詳しい説明をするために場所を移動することを告げた。


「近衛さん、行きましょ…… っていうか、この変な鎧―― いつ着せられたの?

 あの連中、私達が眠ってる間に変なことしたんじゃないでしょうね!?」


 私は宮坂さんの度胸に驚かされる。

 周囲の状況に混乱していて、私は自分が鎧を着ていることに今まで気付いていなかった……


「お、おい…… 宮坂、あいつらに付いていって大丈夫なのかよ?」


 後ろでずっとビクビクして縮こまっている名前の知らない同級生の男達―― 彼らは師匠に土下座していた連中だから、私は彼らを『土下座3人衆』と呼ぶことにした。


「あんたらは、そこにずっと居たいわけ?」


「そ、そんなわけないだろ!」


「じゃあ行くしかないわ。ここでじっとしていても、何も状況は良くならないわ。だったら火中之栗を拾いにいく方がマシね!」


 宮坂さんはそう言うと、私の腕を引っ張って教皇達の後を追いかける。


「ま、待ってくれよ! 俺達も行くから」


 そう言って、土下座3人衆も私達の後を追いかけてきた。


……


 教皇の『説明』を聞いても、私には理解が追い付かず混乱が増すばかり……

 土下座3人衆もポカンと口を開けたままで、理解できていないようだ。


「そう…… ここは私達からすれば異世界で、私達は勇者としてこの世界に召喚された訳ね」


 唯1人―― 宮坂さんだけは自分の現状を理解し、これからどうするか考えているようだった。


「宮坂さん? 彼の言うことを信じているのですか?」


 異世界召喚などという、現実離れした妄言を信じることのできない私に対して


「勿論全部を信じたわけじゃないわ。でも、少なくとも『ここがニホンでない』ことは確かだと思う」


「えっ? でも彼はニホン語を話していましたよね?」


 ところが宮坂さんは横に首を振り


「違うわ。それは魔法か何かで、私達にはニホン語に聞こえるだけ…… 彼の口の動きを見れば、全然違う言葉を話しているのが分かるわ」


 私は宮坂さんの冷静な観察力に感心する。


「宮坂さんは、こんな状況で冷静でいられるなんて、凄いですね」


「べ、別に凄くなんかないわ。私、ラノベが好きで、異世界転生とか勇者召喚の話をよく読んでいたから……」


 宮坂さんは、ちょっと恥ずかしそうに照れているようだ。


「ラノベ? それには、今回のような不思議現象の解説が載っているのですか!?

 そんな凄い本を知ってるなんて、宮坂さん―― 貴女は何者なのですか?」


 元の世界に戻ったら、兄さん達に彼女のことを伝えないといけないな。


「ちょ…… ラノベは不思議現象の解説本じゃなくて、空想小説―― 只の作り話だから!」


「空想小説、ですか……」


 どうやら私の早とちりだった…… 私はあからさまに落胆した。


「近衛さん。兎に角私達は、この世界に仇なす『魔族』を退治するために、神によって召喚されたらしいのよ」


「宮坂さん、ところで『まぞく』とは何ですか?」


 宮坂さんは、私の知らない専門用語を次々と出してくる。当然のように質問したら、宮坂さんは凄く驚いた顔で


「そこから!? そりゃ、理解できなくて当然か……」


 宮坂さんは、何故か頭を抱えていた。

 私は何かおかしな事を聞いたのだろうか?


……


「俺達が『勇者様』だってさ!」

「ヘヘヘ。俺、頑張るぞ!」

「そ、そうだね。俺も頑張るよ」


 単純な土下座3人衆は、教皇のお世辞に乗せられて『その気』になっているようだ。

 しかし――


「私は嫌よ。そんな危険なことに巻き込まれるのは御免だわ」


 宮坂さんは当然拒絶する。そして――


「そうですね。私も宮坂さんと同意見です。現状の理解も覚束ないまま、戦闘に巻き込まれるのは反対です」


 勿論私も、勇者としてこの世界のために魔族などという訳のわからない者と戦う、なんてことは拒絶する。


 しかし、教皇はそんな私達を説得しようとする。


「確かに魔族との戦闘は、厳しく苦しいものになるでしょう。しかし、心配は無用です。神のご加護で、貴女方には最強になるための力が秘められているのです」


 教皇は神の加護について説明した。

 私達が着ているこの鎧が、神が勇者に与えた神具であり、神秘的な能力が秘められているそうだ。

 私達がニホン語で普通に会話できているのも、その神具の能力の1つだとか。

 その他にも、魔法が使えるとか―― 訓練を積んでレベルが上がっていくと、どんどん強力な魔法を使えるようになるとか、理解不能の能力があるそうだ。


 とりあえず私と宮坂さんは、返事を一旦保留することにした。


……


 私と宮坂さんには、2人で1つの部屋があてがわれ、土下座3人衆には3人で1部屋が用意された。


「宮坂さんは、あの教皇の話―― どう思いました?」


「はっきり言って『胡散臭い』わね」


 私も宮坂さんと同じで、教皇の話はそのまま受け入れることはできない。


「まず、私達を召喚した神―― これが信用できないわ。この加護付きの鎧が勇者に力を与えるのなら、この鎧を『この世界の人』に与えるべきよ!」


 宮坂さんは脱いだ鎧を膝の上に置いて、ペシペシ叩きながら愚痴った。


「確かにそうですね。何故、神はそうしないのでしょう?」


「ラノベじゃ、それがテンプレなんだけど、普通に考えたら変よね……」


 宮坂さんが言うには、ラノベでは『チート』という『反則紛いの能力』をニホン人が得るのがお約束らしい。

 神は魔族を退治して世界を救わせるために、ニホン人を召喚してチートを与えるのだそうだ。


 ラノベでも、魔族は『悪』として描かれることが多いそうで、魔族退治に勇者が召喚されることはラノベでは珍しくないらしいが、私には神が直接魔族を退治した方が楽だと思うのだが、神は『直接下界に手を出してはいけない』という謎の縛りルールがあるため、第3者を介して手を下すらしい。


 そのルールを誰が作ったんだ? という疑問が生まれるが、そこは作り話―― 物語を面白くする為の『ご都合主義』には目を瞑るのが、ラノベの正しい楽しみ方だそうだ。


 でも、それと同じことを現実にされたら


「つっこむしかないわね!

 それに、勇者に『あの3バカ』が選ばれた事があり得ないわ! あんな奴らを召喚した神は、絶対に『マヌケ』よ!」


 宮坂さんは物凄い剣幕で捲し立てる。


 3バカ―― うん! 『土下座3人衆』より短くて言い易いから、私も今後そう呼ぶことにしよう。


 私と宮坂さんは、教皇が何を企んでいるのかを掴むまで、とりあえず協力して、元の世界へ帰るための手段を探すことにした。


「それはそうと、神月君がいないのはどうしてかしら? 魔法陣が現れたとき一緒にいたはずなのに、彼だけ此方に来ていないのがおかしいわ…… まさか、彼が私達を拐った張本人じゃないでしょうね?」


 宮坂さんの想像力は、私にはとても付いていけない。


「流石にそれはないと思うよ」


「そうね、冗談よ。彼がいない理由は気になるから、元の世界へ戻ったら問い詰めるわ」


 宮坂さんって、思ったよりしつこそうだ。

 師匠、早く助けに来ないと大変なことになりますよ!


……


 翌日私達は王と謁見した。


「勇者諸君。そなたらが不安に感じるのは無理のないことです。しかし、放っておいても魔族との戦争は広がり、この都もいつまでも安全とは言えないのです。

 どうか、我らに力をお貸し願いたい」


 確実に私達は追い詰められていた。

 この状況で魔族との戦いに参加しないというと、絶対に王の不興を買うことになる。

 右も左も分からない異世界でそうなることは得策ではない。

 私と宮坂さんは、顔を見合わして頷いた。


「私達は戦闘に関して全くの素人です。魔族と戦えるだけの実力が付くまで、戦場へは出ないという条件で良いなら、この国の為に力をお貸しします」


……


 その日から、私と宮坂さんはアンとルイズの戦闘訓練を受けることになった。

 3バカも別の場所で戦闘訓練を受けているそうだ。


 魔族との戦争のことは抜きにしても、自分の身を守るために戦闘技術を身に付けて損はない。


 はっきり言って、私は戦闘にはそれなりに自信がある。小さい頃から、特殊な訓練を受けているし『能力』も持っている。


 そして、着ている者に神秘的な能力を与えるという鎧もある。

 私は、訓練中鎧から力が流れ込んでくるのを感じた。と同時に、頭に言葉が浮かぶ。


「ウイングカッター」


 右手を突き出して、浮かんだ言葉を発した瞬間、目の前にあった木が真っ二つになって倒れた。


「い、今のは魔法!?」

「なんという威力だ!」


 アンとルイズが驚いている。私は驚きよりも、何か得たいの知れない力に支配されたような気持ち悪さを感じた。


 この力は使い続けて大丈夫なのだろうか?

 たった1度の使用にも関わらず、私は言い知れぬ不安を覚えたのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「やっと解放されたわ!」


 訓練を終えた宮坂さんが、疲れた足取りで私の方へ歩いてきた。


「宮坂さん、お疲れ様」


「本当に疲れたわ」


 宮坂さんは、そう言って私の横に腰を下ろした。


「明日からはダンジョンに行くそうよ…… 正直、勘弁してほしいわ」


「ダンジョン? 私達、地下牢に入れられるのですか?」


「ち、違うから! ラノベでは、ダンジョンって言ったら、地下迷宮のことよ」


「地下迷宮なら『アンダーグラウンド・ラビリンス』ではないのですか?」


「そ、そうだけど…… ラノベではそう呼ぶのがお約束なのよ!」


 うーん? 言葉の意味が全く違うんだけど…… ラノベでは暗号のように隠語を使うということなのだろうか?


 兎に角、明日は牢屋に入れられないように注意しよう。

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